と豊洲ありきの市場移転計画を聞いた石原知事は、結局、3ヶ月
後に築地市場を豊洲に移す決断をしたのです。宮城市場長の次の
言葉が知事の早期決断を促していたからです。再現します。
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豊洲の開発は、地権者との最終合意が平成13(2001)に
予定されており、それから逆算すると、平成11(1999)年
10月頃には結論を出さないといけない。 ──水谷和子著
「築地移転20年目の真実」/日刊ゲンダイ
http://bit.ly/2ulNulS
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宮城市場長は「1999年10頃まで」と石原知事に決断を求
めたのです。決断までには5ヶ月しかないのです。結局、石原知
事は3ヶ月で結論を出しています。そのとき、石原知事は、宮城
市場長らにどのような言葉で伝えたのでしょうか。
水谷和子氏は、1999年8月10日付の「Gブリ資料」と、
8月13日付の「Gブリ概要」を開示請求をして入手し、次の石
原知事の言葉を掴んでいます。「G」とはガバナーのG、つまり
知事、「ブリ」はブリーフィングのことです。
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・移すだけの話。多摩の方に行くわけじゃないんだよな
・移転の場合、豊洲はいつ頃から工事に入る予定か
・いまのアクセスではだめだろ。この地区だけ、環2を早く
つくればいいのでは
・予算の面が何より重要だな
・ローリング(築地市場を営業しながらの再整備)なんかで
やっていられない。移転しかないな
・築地市場には視察に行く ──石原慎太郎知事
──水谷和子著の前掲資料より
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このようにして、東京都の市場当局は、市場会計の帳尻合わせ
のために、青島知事に相談することなく、築地市場での再整備を
あきらめ、築地市場の売却を前提にその移転先を東京ガス豊洲工
場跡地しかないと決めたのです。そしてそのその決断を着任早々
の石原知事に求めたのです。
この一連の東京都の判断は、その後の都政に少なからぬ影響を
与えることになります。それは現在の小池都政でも「築地か豊洲
か」の論争を巻き起こしています。その問題点をまとめると、次
の4つになります。
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1.豊洲市場への移転を正当化するため築地市場の再整備が
困難であるとの嘘を宣伝をしたこと
2.安全・安心を考慮しないで、ガス製造工場の跡地に中央
卸売市場を移転させようとしたこと
3.市場会計の帳尻合わせのために価値のある築地市場の売
却を前提に移転させようとしたこと
4.都民には築地市場を現地で再整備すると宣言しているの
に実際には工事を行っていないこと
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石原知事が豊洲移転を決断し、東京ガスとの交渉を実際にはじ
めることにしたのは、知事就任の半年後の1999年11月24
日のことです。その日、福永正通副知事が東京ガスを訪問しまし
たが、東京ガス側は「ただちに移転ありきの検討はできない」と
断っています。これには少し事情があるのです。
石原慎太郎氏が都知事に就任する約6ヶ月前の1998年9月
21日のことですが、その日、東京都は東京ガスを訪問していま
す。このとき東京都は、ある事情について、東京ガス側に説明し
詫びを入れに行ったのです。どのような事情かについては、日本
共産党の赤旗編集局による著書から引用します。
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開示された資料をみると、1998年9月21日、最初の東京
ガスとの話し合いが始まりました。この記録を見ると、話し合い
の発端は、都にたいして、水面下で臨海部への移転の可能性につ
いて、三菱総研に委託して調査していたことを抗議するものでし
た。臨海部への移転の可能性について、都が、東京ガス豊洲工場
跡地もその対象の一つとして、東京ガスに許可もなく8月から調
査を行っていたことが発覚し、同年9月21日になって経緯の説
明に東京ガスに訪問しました。
東京ガス側は文書での謝罪も要求しました。このことが、築地
市場の移転との関連で問題になるのは、98年4月、市場業界6
団体から臨海部への移転可能性の調査・検討の要望が都に出され
て、水面下で都が具体的に動きだしていたということです。
──赤旗編集局著/日本共産党東京都議団監修
『徹底追及/築地市場の/豊洲移転/崩された
「食の安全・安心」/新日本出版社
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当時、業界団体と東京都との間では「築地市場再整備推進協議
会」という公式な協議の場があったのです。その第15回の協議
会が1999年2月に行われているのですが、そのときは、19
97年10月開催の第14回の協議で確認された「築地現在地で
の再整備案を出発点とする」ということが全員で再確認されてい
るのです。つまり、この時点ではあくまで築地再整備だったので
すが、都の市場当局は内心豊洲移転を決めていたのです。
そして1999年11月24日、福永副知事が東京ガスを訪問
し、豊洲の東京ガス跡地を買いたいと申し入れたのですが、東京
ガスは拒否しています。東京ガスとしては、東京都に対してよい
感情を持っていなかったと思われます。しかし、その後、石原知
事の命を受けた浜渦武生特別秘書が東京ガスを訪問し、水面下で
交渉を行うことが決まるのです。しかし両者が合意するまでには
2年の月日を要するのです。 ──[中央卸売市場論/012]
≪画像および関連情報≫
●東京都がひた隠す 豊洲汚染地・土地売買の深い闇
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これは犯罪だ。民間企業なら背任に問われる所業が、東京
都では野放しになっている。豊洲新市場の土地買収に責任を
負うのは誰なのか?汚染された土地の買収過程に疑問を抱い
た市民らが、高値で購入したのは、公金の違法支出だとして
「返還」を求めた裁判が佳境を迎えている。
豊洲新市場が立つ土地は、もとは東京ガスの工場跡地だっ
た。ガス精製過程で様々な毒物が出る。東京都は2001年
に豊洲への移転を決定。東京ガスは同年、土地に汚染が残る
ことを明らかにした。2007年に開かれた専門家会議では
基準値の4万3000倍ものベンゼンや860倍ものシアン
化合物が測定されたことが明らかになった。にもかかわらず
2011年に都は土地代金を払ってしまった。汚染を知りな
がら購入したのである。
原告団の証拠説明書によれば、東京ガスは汚染対策工事費
用100億円と、追加の78億円を支払っているが、そんな
金額では極度に汚染された豊洲の浄化は困難だった。都が支
払った土地代金は1859億円。だが都はさらに汚染対策費
849億円をつぎ込んだ。土地代の半分ほどに当たる。もっ
と安く買うこともできたはずだ。東京ガスは売り物にならな
い土地を高く売り抜けたことになる。
http://bit.ly/2cbDJOK
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石原元都知事


