2001年07月09日

●短期金融市場はどういう市場か(EJ第654号)

 日銀の問題を考えるとき、短期金融市場(以下、コール市場)
についての理解が必要になります。EJでは何度かやっています
が、今朝はこれをもう少し詳しく説明することにします。
 コール市場とは、金融機関の間で資金を融通し合う市場のこと
です。コール市場の「コール」という言葉は、呼べば直ちに戻っ
てくる資金(money at call )という意味で、ごく短期の資金を
意味しているのです。
 1997年11月17日に北海道拓殖銀行が、26日には徳陽
シティ銀行が破綻したのですが、直後に取り付け騒ぎが起こって
います。実は、その破綻の前にコール市場というプロの市場で取
り引き停止が起こっていたのです。コール市場で破綻両行は企業
としての信用を失い、資金繰りがつかなくなり、それが破綻の直
接の原因となったのです。
 それでは、コール市場と日銀はどういう関係にあるのでしょう
か。これを明らかにする必要があります。
 銀行は日銀に当座預金口座(日銀当座預金)を持っています。
日本の銀行は、銀行の銀行である日銀の当座預金に「準備預金」
というかたちで、一定のお金を預けることを義務付けられている
のです。これを準備預金制度といいます。
 準備預金は、銀行の預金量の割合に応じて決められています。
準備預金に金利はつかないので、各銀行は決められている額ぎり
ぎりしか積みません。毎月16日から翌月15日までの平均残高
でいくらというかたちなので、平均的に積むのか、最初はあまり
積まずあとからたくさん積むのか、あるいはその逆で行くのかは
銀行にまかされています。もし、所要額に達しないと「過怠金」
を納めさせられることになっています。
 われわれが銀行から預金を取り崩して現金を引き出すと、その
銀行は日銀当座預金から準備預金を引き落として対処します。年
末には多くの預金が引き出されるので、銀行は多額の現金を用意
する必要があります。
 日銀の地下の大金庫から各銀行に向けて紙幣が大量に運び出さ
れるのですが、これにより各銀行の準備預金は減少します。一定
の準備預金を積むことを義務づけられている銀行にとっては「資
金不足」の要因になります。
 さて、個人や企業が銀行預金を取り崩して税金を政府に納めれ
ば、銀行の準備預金は減少し、その代わり政府が日銀に預けてい
る預金が増加します。逆に政府が公共事業費などを民間に支払え
ば、政府預金が減少して、準備預金は増加します。
 経済全体の資金の過不足は、このように民間と銀行との現金の
やりとりと、税金の支払いによって変化するのです。こういう資
金の過不足は個々の銀行によって違いがあり、銀行同士での頻繁
な資金の融通が必要になります。この資金繰りを毎日行っている
のがコール市場なのです。
 このコール市場の金融コントロールを行うのは日銀です。市場
の資金過不足の状況を把握し、市場に資金を供給したり、回収し
たりするのです。この行動を「金融調節」といいます。法人税な
どの納付期限やボーナスの支給などの季節的要因による資金量の
変動を最小限にコントロールのも金融調節です。
 市場関係者が注目しているのは日銀の金利政策です。日銀は資
金供給を意図的に絞ったり、緩めたりして、政策意図を市場に伝
えます。日銀が短期金利を高くしようと思えば、資金供給の量を
絞り、銀行が準備預金を積み立てるペースを遅らせます。そうす
ると、銀行の資金繰りは苦しくなり、コール市場の需給は逼迫し
金利は上昇します。
 この金融調節で日銀が直接の誘導対象としているのは、翌日物
の「無担保コールレート」(オーバーナイトレート)です。この
金利を調節することによって銀行の貸出しを増減させることがで
きるのです。
 日銀による金融調節には、公定歩合での「日銀貸し出し」とい
う手段もあります。この「銀行貸し出し」は、銀行が金融市場か
ら調達するコールレートよりも公定歩合が低いときは銀行として
うまみがあったのです。例えば、公定歩合がコールレートよりも
1%低いとき、1000億円の貸し出しを受けると、年間10億
円儲かるのです。これは銀行の収益支援となります。
 日銀はそういう意味で銀行の生殺与奪の力を握っており、日銀
に協力的でない銀行は「日銀貸し出し」が受けられなかったり、
「日銀貸し出し」を引き上げられたり、準備預金が積み立て不足
のときに貸してくれなかったり、いろいろいじわるをされること
があるそうです。こういうぎりぎりの嫌がらせのことを日銀内で
は「焼き鳥」と呼んでいるのです。「東海銀行を焼き鳥にする」
などというのです。こういうところが日銀の不正の温床となって
いるのです。また、日銀と短資会社との癒着も取り沙汰されてい
ますが、これにについては明日お話しします。
 さて、北海道拓殖銀行破綻のさいの日銀の行動をチェックして
みます。1997年11月15日が土曜日であったこともあり、
14日の金曜日が日銀への準備預金の積み上げ最終日に当ってい
たのです。ところが拓銀は資金の調達はできず、100億円を超
す積み不足が生じていました。普通ならコール市場で金融機関か
ら融通できるのですが、すでにこの時点でコー市場において拓銀
向けに資金を出す金融機関はなくなっていたのです。
 しかし、日銀は14日の時点で拓銀が実質上債務超過にあるこ
とが分かっていたので、日銀は何もせず、翌15日に拓銀経営陣
は自力再建を断念するのです。拓銀が破綻を発表したのは17日
のことです。拓銀はすでにコール市場において破綻を宣告されて
いたのです。         −−[円の支配者日銀/04]
posted by 平野 浩 at 00:00| Comment(0) | TrackBack(0) | その他 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
コメントを書く
お名前: [必須入力]

メールアドレス: [必須入力]

ホームページアドレス:

コメント: [必須入力]


この記事へのトラックバック