力強化に力を入れ、空母3隻体制にこだわるのでしょうか。
その原因は1995年から96年の台湾海峡危機にあります。
きっかけは、1995年の夏に中国が最も台湾総統に就くことを
恐れていた李登輝氏が、母校の米コーネル大学で、台湾の民主化
について講演するという声明だったのです。次の年に台湾初めて
の総統直接選挙が行われることが決まっていたので、講演で李登
輝氏が「台湾独立支持」を表明するのではないかと中国は神経を
とがらせていたのです。
当然中国は米国に対して李登輝氏の講演を取りやめるよう働き
かけたのですが、米国は聞き入れず、講演は行われたのです。こ
れに抗議して中国は、1995年7月に、台湾の北端から60キ
ロしか離れていない場所でミサイルの発射実験を行ったのです。
そのミサイル実験はそれから断続的に続き、11月になると、そ
れが「台湾侵攻演習」に規模を拡大したのです。
事態を重視したクリントン米大統領は、12月に空母ニミッツ
を中心とする空母戦闘群を台湾海峡に送り込んだのです。空母を
中心とする米艦隊が台湾海峡をパトロールするのは1976年以
来のことです。これに驚いたのか、中国海軍はミサイルの発射を
いったん中止します。事態が収拾されたとみた米海軍は、空母ニ
ミッツをいったんペルシャ湾に引かせたのです。
しかし、この時点で中国海軍は、海戦が何たるか、まったく理
解していなかったのです。むしろ「米艦隊何するものぞ」と、米
海軍への対抗意識をむき出しにしていたといいます。
1996年3月に、台湾にとって初めての総統直接選挙が近づ
くと、中国は弾道ミサイルによる一連の威嚇射撃を皮切りに、台
湾近海で、大規模な「台湾侵攻演習」を再びはじめたのです。海
軍艦隊40隻、航空機260機、兵士15万人が参加するという
大規模な演習です。12月の演習では、ミサイルの着弾場所は海
上交通路を避けて行われていたのですが、今回は海上交通路に近
く、台湾海峡が事実上封鎖される事態になります。中国はもし台
湾が李登輝氏を選ぶのであれば、台湾を武力で侵攻するぞと威嚇
し、選挙を牽制しようとしたのです。
この事態にクリントン大統領は重大な決断をします。あらかじ
め、太平洋上で待機させていた米空母インディペンデンスとペル
シャ湾に停泊していた空母ニミッツに高速で台湾に戻るよう命じ
不測の事態に備えたのです。
このとき、中国人民解放軍は、はじめて2隻の空母による戦闘
群がどれほど強大であり、どれほど恐ろしいかを骨の髄まで思い
知ったのです。戦艦と戦闘機が、縦横無尽に海と空を動き回る空
母戦闘群に、人民解放軍は手も足も出なかったからです。また、
米国の台湾関係法の存在を中国が感じ取った瞬間でもあります。
台湾有事にはこのように米軍が出動することを知ったのです。
この台湾海峡危機が、李登輝氏の台湾総統直接選挙の得票率を
相対多数から過半数の54%にまで押し上げ、李登輝氏が総統に
就任します。中国が最も避けたかったことが実現してしまったこ
とになります。中国は、この事態に直面し、次の4つのことを学
習したのです。
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1.台湾は「島」であり、海軍の力が強大でないと、併合す
ることは困難である。
2.制海権と制空権の両方を掌握している軍隊には手も足も
出せないということ。
3.人民解放軍にも空母戦闘群が必要であり、戦闘機の近代
化も急ぐ必要がある。
4.台湾有事のさいには、米空母戦闘群が出動しないような
体制を構築すること。
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ピーター・ナヴァロ氏は、この台湾海峡危機についての問題を
読者に出しています。
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【問題】1995年〜96年の第三次台湾海峡危機によって、戦
略的重要性が浮き彫りにされたものを選べ。
「1」制空権
「2」制海権
「3」1と2の両方
──ピーター・ナヴァロ著/赤根洋子訳
『米中もし戦わば/戦争の地政学』/文藝春秋
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この問題の正解が「3」であることは、上記の事情からわかる
と思います。台湾近海で人民解放軍が制海権と制空権を握るには
米軍と戦うのではなく、台湾有事のさい、米軍の接近を阻止する
ことが重要であると悟るのです。「A2/AD」戦略です。しか
し、米中戦争の引き金になりそうな複数の要因のうち、その筆頭
はやはり台湾です。既出のトシ・ヨシハラ教授は、中国にとって
台湾の重要性について次のように述べています。
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中国は台湾を、屈辱の100年間に奪われた領土の中でまだ取
り戻していない、最後の1ピースとみなしている。だから、中国
から見れば、台湾を取り戻して祖国に再び受け入れることは聖な
る責務なのだ。中国は過去数十年間、台湾をめぐって戦う用意が
あると繰り返し言明しているのだから、米中という大国の間で戦
争が起きる可能性がある。 ──米国海軍大トシ・ヨシハラ教授
────ピーター・ナヴァロ著の前掲書より
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しかし、今や台湾はヨシハラ教授のいうように、中国にとって
「聖なる責務」どころか中国の野望を達成するための重要拠点に
なっています。台湾は米国にも日本にも、絶対に中国領にしては
ならないのです。 ──[米中戦争の可能性/041]
≪画像および関連情報≫
●米中衝突の可能性継続/防衛研究所が「安全保障レポート」
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防衛省のシンクタンク、防衛研究所は2月24日、中国の
中長期的な軍事動向を分析した年次報告書「中国安全保障レ
ポート2017」を公表した。今年は「変容を続ける中台関
係」がテーマで、中国にとって台湾は「統一すべき対象」の
ままだと警鐘を鳴らし、台湾をめぐる米中衝突の可能性につ
いても「冷戦期から継続している」と指摘。中国が台湾への
武力侵攻能力を獲得するとみられる2020年に向け、蔡英
文政権への圧力を高めていくと予測した。
報告書では、中台関係について「経済・貿易・観光などの
面で深化したものの、中国の台湾に対する軍事力強化をとど
めることにはならなかった」と分析。中国の海洋進出を「非
常に強硬」と言及し、「台湾が自衛に力を注がなくなると、
中国の行動がさらに拡張的となる可能性もある」と指摘。台
湾については有権者の大多数が中台関係の現状維持を望んで
いるとして、蔡政権は「現状維持の固定化」に進むとの見解
を示した。蔡政権が先住民族の権利を認めて謝罪したことは
「中国大陸とは異なる歴史と社会の下で発展してきた台湾の
存在を強調」して台湾と中国の歴史を切り離す可能性を秘め
ており、中国の警戒感は高いとも指摘した。一方で、米国は
中台関係を考える上で「欠かすことのできない存在」だと強
調。報告書はトランプ政権の成立に触れていないが、防衛研
究所関係者は「後ろ盾となる米国との関係は、台湾にとって
決定的に重要だ」と話した。 http://bit.ly/2lXig0c
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李登輝元台湾総統