2017年01月17日

●「閲兵で怯えの表情を見せる習主席」(EJ第4439号)

 2015年は、習近平国家主席が最も多く命を狙われた年とい
えます。まず、8月3日から始まった北載河会議の後、習主席は
幹部と一緒に列車で天津市へ移動したのです。この移動自体には
何も問題はなかったのですが、実はその列車に強力な爆弾を仕掛
けて、習主席と幹部を殺害する計画があったのです。
 実は、2012年の北載河会議でも、その会議室に時限爆弾が
仕掛けられていたのです。その後は厳重なチェックが行われ、こ
の列車爆破計画も事前に情報が漏れて、暗殺計画は失敗に終わっ
ています。
 しかし、犯人グループはその大量の爆弾の処理に困り、天津港
湾地区の国際物流センターでそれを爆発させたのです。8月12
日のことです。したがって、この列車爆破計画と天津大火災はつ
ながっていると考えられます。
 そして、9月3日に抗日戦争勝利70周年の軍事パレードが行
われています。人工的に作ったといわれる「パレードブルー」と
呼ばれる快晴の下、北京市中心部を東西に走る長安街の大通りを
約1万2千人の人民解放軍の兵士たちが軍靴を響かせて行進した
のです。200機を超える戦闘機の飛行や、初公開の兵器など、
500点強の軍装備を披露し、中国の軍事大国ぶりをイヤという
ほど内外に見せつけたのです。習主席にとってこの軍事パレード
は得意絶頂の瞬間だったはずです。
 しかし意外だったのは、このときの習主席の表情が冴えなかっ
たことです。どうしてなのでしょうか。この軍事パレードのこと
を書いた『月刊正論』/2015年11月号は、習主席について
次のように記述しています。
─────────────────────────────
 この日の主役である習近平国家主席は始終さえない表情をして
いた。車に乗って解放軍の隊列を検閲したときも、高揚感はまっ
たくなく、ひどく疲れた様子だった。国内のメディアを総動員し
て宣伝し、長い時間をかけて準備した大きなイベントにも関わら
ず、内外から多くの批判が寄せられ、欧米などの主要国に参加を
ボイコットされたことは習氏にとって想定外だったに違いない。
習氏の表情には、その悔しさが出ていたのかもしれない。
 一方、習氏と比べて、一緒に天安門楼上に並んだロシアのプー
チン大統領や、久々に表舞台に登場した江沢民元国家主席ら党長
老たちは、最後まで、リラックスした表情で手を振り、元気な姿
をみせ続けた。脇役であるはずの彼らは、今回の軍事パレードを
通じて習氏よりも多くのものを手に入れたからかもしれない。
           ──『月刊正論』/2015年11月号
                   http://bit.ly/2jljzUR
─────────────────────────────
 実は習主席は怯えていたのです。国家主席に就任以来、何回も
暗殺を仕掛けられていることや、北載河会議の後の列車爆破計画
や天津大爆発が起きた直後だったので、軍事パレードの間に何が
起きても不思議ではない状況だったからです。とくに、国のトッ
プによるこうした観兵式や軍事演習の視察は、相手が兵器を持っ
ているだけに、武器に実弾が入っていないか、厳重な点検が必要
だったのです。
 抗日戦争勝利70周年の軍事パレードで、習主席の眠そうな何
かに怯えた表情について、産経新聞のジャーナリスト野口裕之氏
は、次のように述べています。
─────────────────────────────
 複数の安全保障関係筋によると、観兵式前、将兵が携行する小
火器や動員する武装車輌/武装航空機に実弾が装填されていない
か、徹底的な「身体検査」を実施したもよう。展示飛行する航空
機の自爆テロを恐れ、地対空ミサイルまで配備したとの情報も在
る。いずれも、習氏暗殺を警戒しての防護措置。眠そうな習氏の
表情は、不安で前日一睡もできなかった結果だとの見方は、こう
した背景から浮上した。     ──「野口裕之の軍事情勢」
                   http://bit.ly/1PIgXXZ
─────────────────────────────
 また、軍事パレードで閲兵した習主席が左手で敬礼したことに
ついて、中国のメディアは奇妙な解釈をはじめたのです。中国の
古典を引用して、「吉事は左、凶事は右に属する。君子は左を貴
ぶ、用兵は右を貴ぶ」と紹介し、習主席が左手で敬礼をしたのは
「軍事パレードは戦争ではなく、武力を使用しない吉事である」
と説明しています。国家主席のやったことはどんなことであって
もミスであるとは認めないのです。
 本当のところどうであったのかは不明ですが、ある共産党関係
者によると、敬礼をする直前、陳情者と思われる男性が習主席に
駆け寄ろうとし、警戒に当たっていた警官に取り押さえられると
いう出来事があったのです。暗殺者に怯えていた習主席は、一瞬
動揺し、うっかり左手で敬礼をしてしまったというのです。
 習主席が暗殺に怯えているのは確かなことです。それは何度も
危ない目に遭っているからです。あるとき、健康診断のために共
産党の高官専用病院である北京の301病院に行ったとき、用意
されていた注射針のなかに毒を仕込んだものが発見されたことも
あったのです。
 301病院には“南楼”と呼ばれる病棟があり、そこには厳重
な警備が敷かれ、出入りには証明書の提示が必要です。ここが共
産党高官専用病院なのです。そういう場所でも毒入りの注射針が
仕掛けられるのですから、習主席が神経質になるのは十分理解で
きます。かつて何でもない風邪で301病院を訪れ、その後、亡
くなるケースは少なくないのです。つまり、政敵暗殺の目的で、
301病院が利用されることがあるのです。
 習近平国家主席がもし突然失脚するとしたら、一番大きな可能
性としては、権力抗争の結果などではなく、暗殺か、政変、クー
デターであると思われます。既にクーデターも起きていますが、
そのすべてが鎮圧されています。
             ──[米中戦争の可能性/009]

≪画像および関連情報≫
 ●少なくとも6回の暗殺未遂を受けている習近平主席
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   香港メディアなどによれば、習近平はこれまで少なくとも
  6回、命が狙われたことがあったという。時間や場所、手口
  などの詳細が分かっているのは3回だ。
   共産党総書記に就任する直前の2012年夏、会議室に爆
  弾を仕掛けられたのが最初で、その直後に、健康診断のため
  に訪れた軍直属の病院で検査用の注射器に毒を入れられてい
  た。3回目は2013年夏、地方視察の際に乗る自動車が交
  通事故を起こすようにタイヤが細工された。いずれも事前検
  査で判明し、未然に防ぐことができたという。
   2014年4月30日にウルムチ南駅で起きた爆発事件も
  習近平暗殺が目的の可能性が高いといわれる。同月27日か
  ら新疆ウイグル自治区の視察に出かけていた習近平はこの日
  にウルムチから北京に戻る予定だった。夕方、ウルムチのタ
  ーミナル駅で突然、爆弾が炸裂し、3人が即死したほか70
  人以上が負傷した。
   中国当局はイスラム過激派のウイグル人による無差別テロ
  と発表したが、しかし、外国メディアが撮影した現場写真に
  は銃撃戦を思わせる銃弾跡が多くあり、手口はこれまでのウ
  イグル人が起こした暴力事件と大きく違っていた。
   治安当局の厳しい管理下にあるウイグル人たちは、それま
  で中国当局に抗議するために、ガソリンを積んだ自動車を建
  物に突っ込んだり、ナイフで通行人を切りつけたりするなど
  の事件を多く起こしたが、威力の高い爆弾や銃器を使った事
  はまずなかった。         http://bit.ly/2ipOSOT
  ───────────────────────────

左手で敬礼する習近平国家主席.jpg
左手で敬礼する習近平国家主席
posted by 平野 浩 at 00:00| Comment(0) | TrackBack(0) | 米中戦争の可能性 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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