2016年11月01日

●「9人のリンカーン暗殺事件共犯者」(EJ第4392号)

 リンカーンが暗殺されたことを受けて、陸軍長官エドウィン・
スタントンの下に、大規模な軍捜索隊──第16騎兵連隊基幹が
特別に編成されています。コンガー大佐とベーカー中尉を指揮官
として、そこにドハティ中尉を副官として加えた将校3名、下士
官・兵が26名、合計29名の部隊です。
 事件から12日後の4月25日から26日の早朝にかけて、ブ
ースの逃亡を手助けした元南軍兵士ほかの証言から、ブースらの
潜伏先──ある農場の納屋にブースらが潜んでいることを捜索隊
は突き止めたのです。
 その納屋にリンカーンの殺害犯ブースをはじめとして数人の共
犯者が潜んでおり、銃撃戦の結果、ブースは射殺されたのです。
リンカーン暗殺事件の犯人と協力者とされる9名が逮捕され、軍
法会議にかけられたのです。その審理は7週間に及び、366名
の証人が喚問されています。そして、1865年7月5日に次の
ような判決が下されています。
─────────────────────────────
 <絞首刑>
  ・デイヴッド・ヘロルド、ルイス・パウエル、ジョージ・ア
   ツェロット、メアリー・サラット
 <終身刑>
  ・マイケル・オローリン、サミュエル・アーノルド、サミュ
   エル・マッド
 <懲役6年>
  ・エドマン・スパングラー
 <無罪>
  ・ジョン・サラット(メアリー・サラットの息子)
─────────────────────────────
 ところが、この事件はこれで終わりではなかったのです。射殺
されたはずのバースが実は別人で、しかもその遺体は陸軍長官ス
タントンの指示によって、ある秘密の場所に埋葬され、その場所
については明かすことはできないとスタントンは言明します。ス
タントン長官は、なぜ秘密裏に埋葬したのか、なぜ場所を明かせ
ないのかについて次のように釈明しています。
─────────────────────────────
 ジョン・ウィルクス・ブースが、南部の人たちの間で、リンカ
ーン大統領を暗殺した英雄(ヒーロー)になることを防ぐためで
ある。         ──エドウィン・スタントン陸軍長官
─────────────────────────────
 いかに最高指揮官であるとはいえ、大統領暗殺犯の遺体をろく
に捜査もせずに秘密裏に埋葬するなど、絶対にやってはならない
ことです。スタントン長官は、何らかの事情でバースをはじめと
する暗殺隊と通じていて、リンカーン暗殺に加担している可能性
が濃厚です。そのため、スタントンは、バースであるとしている
遺体が本当はバースではないことを知られたくなかったものと思
われます。
 スタントンについての疑惑は多くあります。大統領暗殺を成功
させるために、劇場を変更し、鍵が故障しているブースに大統領
を案内させ、警備をわざと手薄にする。このようなことは陸軍長
官というスタントンの地位なくしてできることではないのです。
 1867年になって、当時の捜索隊指揮官を務めたベイカー氏
は、上梓した『諜報機関の歴史』という書籍のなかで、スタント
ン長官に指示されたバースとされる遺体の埋葬先を旧監獄の地下
監房の床の下に埋めたことを暴露します。捜査機関は直ちにその
場所の捜査を行い、遺体を発見しますが、その遺体がバースであ
るかどうかは判定できなかったのです。
 さらにスタントンはその遺体のポケットに入っていたブースの
日記を入手していたのですが、彼はそれを隠蔽していたのです。
軍法会議で、容疑者の証言でそれが明らかになると、スタントン
は一転してその存在を認め、ブースの日記を証拠として提出した
のです。
 ところが、その日記は、リンカーン暗殺当日前後の期間に相当
する24ページ分が破り取られており、裁判の証拠品としては役
に立たない代物になっていたのです。そもそもこの裁判は一般裁
判で行われるべきものなのに、軍法会議になったのもスタントン
長官の強い要請があったからといわれています。一般裁判と違い
軍法会議は、検事も弁護士もすべて軍人であり、軍の管理下にあ
るので、軍の高官の意見に影響を受ける可能性大です。
 このようにスタントン長官は、最高指揮官でありながら、意図
的にバースの逮捕を遅らせ、遺体を隠したり、証拠を隠蔽するな
ど多くの疑惑に包まれているものの、誰も彼を訴追することはで
きなかったのです。なお、スタントンは、リンカーンの副大統領
をしていたアンドリュー・ジョンソン17代大統領の下でも陸軍
長官を務めているのです。
 リンカーンが暗殺される半日以上前に、ワシントンD.C.から
遠く離れたミネソタ州のセント・ジョセフという小さな村で、次
のような奇怪な噂が広がったのです。
─────────────────────────────
     リンカーン大統領が暗殺されたらしい!
─────────────────────────────
 この噂は、ニューハンプシャー州にまで本当のニュースのよう
に広がり、ニューヨーク州ミドルタウンの地元新聞「ホイッグ・
プレス」の記事になったのです。もちろん事実でないことはすぐ
分かったのですが、リンカーン大統領の耳にも入ったのです。
 本来であれば、たとえ噂であってもこのような事態になれば、
大統領の側近はその日の夜の芝居見物を中止させるか、警備を厳
重にすべきですが、そのどちらもやっていないのです。流石にリ
ンカーンは部下に「本当は今晩はどこにも行きたくないのだが、
劇場や関係者に迷惑をかけるしね」といったといわれます。リン
カーンは、何となく身の危険を感じていたのです。
          ──[孤立主義化する米国/077]

≪画像および関連情報≫
 ●米国初の大統領暗殺の犠牲者、リンカーンの最後
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   米国はどんなテロにも屈しない。それが9.11からの方
  針だ。だが、これの困った所は、例えばゲリラやテロが出る
  国に行く米国人にも通じる。だから誘拐されてもFBI、家
  族も一切の犯人との接触を禁じられている。唯一交渉人が交
  渉にあたれると言うことになる。そんな大国になった米国に
  は過去に大統領の暗殺という悲劇がある。
   有名な所ではJFKだが、噂によると今出回っている暗殺
  時の様子もカットが入っており、事実が報道されていないと
  いう話もある。そのJFKより先、暗殺されたエイブラハム
  ・リンカーンがいる。米国で初めて暗殺された大統領でもあ
  る。「奴隷解放の父」と呼ばれている彼だが、最初から奴隷
  に対して特別の思想を持っていたわけではなかった。彼の成
  長過程で育まれて行ったもののようだ。それほど、白人と黒
  人と言うのは米国では違う人種として固定観念が定着してい
  たのだろう。
   この時代はもちろん1861年代だから、テレビもない。
  映像がない。やっと写真を撮るカメラが普及し始めたばかり
  の時代だ。と言っても今のように簡単に撮れたわけではなく
  長い時間がかかった。たいがいのリンカーンの写真が気難し
  顔をしているのは、撮影に時間がかかり過ぎたせいだと言わ
  れている。本来の彼はもっと陽気な人間だったらしい。
                   http://bit.ly/2e7Da7W
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刑が執行された旧アーセナルの刑務所.jpg
刑が執行された旧アーセナルの刑務所
posted by 平野 浩 at 00:00| Comment(0) | TrackBack(0) | 孤立主義化する米国 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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