2016年10月19日

●「独立戦争後における民主党の誕生」(EJ第4383号)

 米国の独立戦争が通常の国の独立運動と違う2つのポイントを
再現します。
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 1.独立戦争が始まってから、1年3ヶ月後に「独立宣言」
   が採択されていること
 2.戦勝の6年後に憲法が制定され、その1年半後に連邦政
   府が発足していること ←
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 「2」について考えます。
 フランスと同盟を結んで英国と戦った米国の独立戦争は、17
81年10月の「ヨークタウンの戦い」に勝利して終結していま
す。独立戦争当時、英国軍の最終拠点だったバージニア州ヨーク
タウンにおいて、同年9月にフランス海軍は、チェサピーク湾の
海戦で英国艦隊を打ち破り、英国のコーンウォリス将軍が脱出で
きないよう封鎖したのです。ワシントン将軍は、ニューヨークか
ら急遽米仏連合軍を南部に移動させ、1万7000人の大部隊で
10月初めにヨークタウンを包囲します。これによって1781
年10月19日に全軍が米仏軍に降伏したのです。
 このヨークタウン降伏によって、イギリス国王ジョージ3世は
休戦の方向に進む議会への支配力を失い、その後は陸上で大きな
戦闘がなくなり、事実上戦争は終結したのです。
 問題はここからです。戦争終結から合衆国憲法の制定まで6年
の年月を要しています。そのときの米国の状況について、冷泉彰
彦氏は次のように述べています。
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 独立戦争に「勝っただけ」の1781年の時点では、英国を追
い出したが連邦政府は作らないとか、独立はするが憲法は作らな
いという選択肢があり、それを主張する勢力があったのである。
その中でアメリカを独立国として確立し、憲法を整備しながら連
邦政府の機能を確立しよう、という政治的な立場が生まれていっ
た。この立場は、英国への反抗に立ち上がった「パトリオット」
の延長線上にあるものだが、もはや目的は反英ではなく、連邦政
府の確立に移っていったので「フェデラリスト」(連邦主義者)
と呼ばれることになる。  ──冷泉彰彦著/日本経済新聞社刊
          『民主党のアメリカ/共和党のアメリカ』
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 独立戦争以前の「パトリオットVSロイヤリスト+厭戦ノンポ
リ」の対立構図は、独立戦争終了後は連邦政府を設立するかしな
いかをめぐって、次の対立構図に変化したのです。
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        「連邦派」VS「州権派」
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 ここで「連邦派」とは、かつてのパトリオット、独立戦争後の
「フェデラリスト」のことであり、連邦政府を設置し、憲法を制
定し、連邦税を課税する体制をつくるというものです。兵力の持
ち方については、国際情勢に対応して、連邦として常備軍を保有
すべきであるという考え方です。
 これに対して「州権派」とは、州があるのだから連邦政府など
不要であるという考え方です。やっと独立戦争をして英国を追い
払い、英国からの課税を免れたのに、なぜ屋上屋の連邦政府を設
立し、課税するのか理解できないというものです。もちろん憲法
制定にも反対であるし、兵力についても州兵制で十分であるとい
う意見です。
 冷泉彰彦氏は、この連邦政府の設立をめぐる論争は、一部のエ
リート層による賢人政治と、これに反発する大衆の支持を背景に
して個別の実利を追い求める大衆政治に各州が政治的に二分され
る危機に発展する恐れがあったことを指摘しています。実際には
連邦派の強いリーダーシップによって連邦政府が作られ、アメリ
カ合衆国が建設されていくのですが、以来現代まで米国にはこれ
ら2つの対立軸はかたちを変えて残っていくことになります。そ
れは次の構図です。
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     「フェデラリスト」VS「ポピュリズム」
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 1787年9月に合衆国憲法が制定され、1789年4月に初
代大統領にワシントンが就任するのですが、1791年に民主共
和党(リパブリカン)が結成されます。この党を代表する最初の
大統領は、3代大統領のトーマス・ジェファーソンです。これに
ついて、ウィキペディアには次のように記述しています。
─────────────────────────────
 民主共和党は、リパブリカン党あるいはジェファソニアン・リ
パブリカン党と自称したが、実質的には現在の民主党の先駆けと
いえる。民主共和党は強力な中央政府よりも州政府の権利を重視
した。農業的利益をはかること、王制を廃し共和制を樹立したフ
ランス革命の正当性を支持することを基本理念とした。この政党
はまた、イギリスと密接に手を結ぶことに反対した。
         ──ウィキペディア http://bit.ly/2ecd42p
─────────────────────────────
 このあと、4代のマディソン、5代のモンローと民主共和党の
大統領が続くのですが、1820年にはいわゆる連邦派は消滅し
ていたのです。それと同時に民主共和党では内部分裂が起こり、
次の2つの派閥に分派したのです。
─────────────────────────────
  1.民主共和党 ・・   アンドリュー・ジャクソン
  2.国民共和党 ・・ ジョン・クインシー・アダムズ
─────────────────────────────
 国民共和党の代表のジョン・クインシー・アダムズが6代大統
領になり、7代大統領は民主共和党を「民主党」と改称し、アン
ドリュー・ジャクソンが就任するのです。
            ──[孤立主義化する米国/068]

≪画像および関連情報≫
 ●日本にもポピュリズム破綻のリスク/2016年5月
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   足元の経済・金融市場はほとんど硬直状態というところだ
  が、米国の大統領選挙や英国の国民投票など政治にまつわる
  トピックはそれこそ枚挙に暇がない。政治に関しては門外漢
  の経済学者としても、米国のトランプ氏の発言など気になる
  ことが多い。
   最近のトランプ氏の発言を見ると、「アメリカ・ファース
  ト(米国の事情が最優先)で、海外からの輸入品には高関税
  を課する」としている。そうすることによって、米国内の労
  働者を保護すると主張する。
   しかし冷静に考えると、米国企業が海外で生産した製品を
  米国内に持ってくる場合、高関税が課されるとなると、米国
  の消費者はその分の関税を負担することになる。米国企業と
  しても、海外の安価な労働力を利用するメリットを放棄せざ
  るを得ない。
   米国ほど大規模な経済になると、経済を巡る様々な要素は
  複雑に絡みあっており、同氏が想定するほど簡単なことでは
  ない。少なくとも、同氏の不動産ビジネスのように単純には
  いかない。また、米国をはじめ世界の主要国が自国の利益ば
  かり追い求めるようになると、様々な問題を巡って国際協調
  体制を作ることが難しくなる。その結果、主要国がメリット
  ・デメリットを分け合いながら世界的な問題に対処すること
  ができなくなる。         http://bit.ly/2eg3FL5
  ───────────────────────────

コーンウォリス将軍の降伏.jpg
コーンウォリス将軍の降伏
posted by 平野 浩 at 00:00| Comment(0) | TrackBack(0) | 孤立主義化する米国 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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