2016年08月15日

●「共和党を混乱させるトランプ候補」(EJ第4339号)

 8月に入って、米国共和党に激震が走っています。大統領選本
番になっても、共和党大統領候補のドナルド・トランプ氏の暴言
が止まらず、民主党候補のクリントン氏に支持率で大きな差をつ
けられているからです。
 支持率低下の直接的な原因は、トランプ氏がイラク戦争で戦死
したイスラム教徒のホマユン・カーン大尉の父親でパキスタン移
民のキズル・カーン氏に誹謗中傷を加えたことです。
 米国のメディアは、戦死した兵士の遺族を「ゴールド・スター
・ファミリー」という表現で呼び、国のために命を捧げた兵士と
その家族は「愛国のシンボル」として称えられるのです。そのた
め、そのゴールド・スター・ファミリーを冒涜することは米国で
は最大のタブーになっているのです。
 カーン氏の演説は、クリントン氏が民主党の大統領候補の指名
を受託した7月28日の民主党全国大会で行われたのです。キズ
ル・カーン氏は、トランプ氏がイスラム教徒の入国禁止を主張し
ているので、米国憲法がすべての米国民の自由と平等を保障して
いることを踏まえて演説を行い、それが全米でテレビ中継され、
ユーチューブで全世界に報道されたからです。カーン氏はそのな
かで次の発言をしています。
─────────────────────────────
 トランプさん、あなたは一度たりとも米国憲法を読んだことが
ありますか、あなたは一度たりともアーリントン墓地を訪れたこ
とがありますか。あそこには米国のために命を捧げた米兵が眠っ
ています。人種、宗教、文化を超えてすべての戦死者が眠ってい
るのです。             http://nkbp.jp/2bcu499
─────────────────────────────
 カーン氏の演説を受けてトランプ氏は、「どうせヒラリー・ク
リントンのスピーチライターが書いたのだろう」と見当違いなこ
とをいって毒づき、カーン氏の妻が一緒に登壇しながら無言だっ
たことを取り上げて、「彼女は夫に何も発言させてもらえなかっ
たのではないか」と、暗にイスラム教徒の女性であるがゆえに発
言できなかったことをほのめかしたのです。
 しかもその発言を咎められると、「公の場で、名指しでけなさ
れたのだから、それに反論して何が悪い」と開き直ったので、火
に油が注がれる結果になったのです。これに対する共和党の反応
は次の通りです。
─────────────────────────────
 (トランプ氏のこの反論を受けて)民主党はもとより、共和党
の実力者たちも一斉に反発しました。共和党上院トップのミッチ
・マコ−ネル院内総務、ポール・ライアン下院議長、08年の共
和党大統領候補だったジョン・マケイン上院軍事委員長らは「カ
ーン大尉は英雄だ」「カーン一家の犠牲はつねに称えられるべき
だ」「トランプ氏の発言は共和党を代表するものではない」と異
口同音にトランプ氏を批判したのです。http://nkbp.jp/2bcu499
─────────────────────────────
 共和党のこの反応を見て、トランプ氏は、ライアン下院議長に
次の反論をしています。
─────────────────────────────
 我々には強い指導者が必要である。彼を(選挙で)支持する
 かしないかは、まだ決める段階ではない。 ──トランプ氏
─────────────────────────────
 トランプ氏の短所は、「自分の怒りが自分で制御できない」こ
とにあるといえます。少しでも気に入らないことがあると、後先
のことを考えず、すぐ相手を攻撃することです。
 とくにポール・ライアン下院議長といえば、共和党の大物が、
次々とトランプ氏を批判するなかにあって、トランプ氏と会って
話し合い、トランプ氏を共和党の大統領候補にすることに協力し
た人物であり、トランプ氏にとって貴重な味方なのです。それで
も怒りが収まらないと批判してしまうのです。
 もっともトランプ氏は、流石にまずいと思ったのでしょう。数
日後にライアン氏やマケイン氏に対して詫びを入れたようですが
そういう自分を制御できない人物に核のボタンを預けて大丈夫な
のかという不安が出てきているのです。
 ここで忘れてはならないことがあります。4年ごとに行われる
米国の大統領選では大統領だけではなく、上下両院議員選挙が行
われるのです。下院は議員の任期が2年なので2年に1回、上院
は任期は6年ですが、2年ごとに全体の3分の1が改選されるし
くみになっています。
 選挙当日は、ブースの壁や投票用紙には、候補者たちの筆頭に
には大統領候補の名前があり、続いてその州の上院、下院議院候
補の名前が出ているのです。そのため、投票するさい、トップに
書かれている大統領候補の名前が有権者の心理に強い影響を与え
る可能性が高いといえます。したがって、民主党でも共和党でも
議員たちとしては自分たちの意に沿わない大統領候補を選ぶはず
がないのです。
 トランプ氏が共和党の大統領候補になる可能性が出てきた今年
の2月に、マコーネル院内総務は今年改選予定の上院議員24人
を緊急に呼び出し、次のように述べたといいます。
─────────────────────────────
 今度の選挙では大統領のことはまったく考えなくてよい。自分
の選挙だけに全力をあげなければならない。選挙資金も自分のた
めだけに使い、地元実力者との関わりも自分のためにだけに利用
して、議会勢力を傷つけないようにしなければならない。
                      ──日高義樹著
          『トランプが日米関係を壊す』/徳間書店
─────────────────────────────
 このマコーネル院内総務の行動はきわめて異常なことです。米
国の政治、とくに強力な上院の政治勢力が、自分の党の大統領候
補に真っ向から対立する姿勢を示しているのです。
            ──[孤立主義化する米国/024]

≪画像および関連情報≫
 ●トランプ氏がイスラム教徒の戦没者遺族を「侮辱」
  ───────────────────────────
   【ワシントン=加納宏幸】米共和党大統領候補の不動産王
  ドナルド・トランプ氏(70)が7月31日、戦死したイス
  ラム教徒の米軍人の遺族を侮辱したとして批判された。共和
  党幹部もトランプ氏に対する不快感の表明が相次ぎ、陣営は
  釈明を迫られた。米軍最高司令官になる資質に関わるだけに
  11月の本選にも影響を与えそうだ。
   遺族は、2004年にイラクで自爆テロにあって戦死した
  フマユン・カーン陸軍大尉の父でパキスタン出身のキズル・
  カーン氏。民主党大統領候補にヒラリー・クリントン前国務
  長官(68)を指名した同党全国大会に7月28日、妻と登
  壇し、イスラム教徒の入国禁止を主張するトランプ氏に「米
  国憲法を読んだことがあるのか」「(戦没者が眠る)アーリ
  ントン国立墓地を訪れたことがあるか」などと問いかけた。
   トランプ氏は31日、ツイッターで「カーン氏から敵意を
  もって攻撃されたが、反応してはいけないのか。イラク戦争
  (開戦決議)に賛成したのはクリントン氏で、私ではない」
  と反論。米メディアでは「クリントン氏のスピーチライター
  が原稿を書いたのではないか」とも発言した。
   カーン氏は31日のCNNテレビ番組でトランプ氏を「黒
  い魂を持っている。指導者には到底ふさわしくない」と批判
  し、共和党幹部に同氏への支持撤回を要求。クリントン氏も
  カーン氏に同調し、同党に「党派よりも国家(への忠誠)を
  取るべきだ」と訴えた。      http://bit.ly/2boE7Wl
  ───────────────────────────

キズル・カーン夫妻の演説.jpg
キズル・カーン夫妻の演説
posted by 平野 浩 at 00:00| Comment(0) | TrackBack(0) | 孤立主義化する米国 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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