2016年08月09日

●「アメリカ例外主義とは何か考える」(EJ第4336号)

 米国の外交姿勢について考えるとき、それに付きまとう考え方
がもうひとつあります。それが「米国例外主義」です。これは米
国の建国の理念のひとつにもなっているのです。
 この考え方が最近話題になったのは、2013年9月10日夜
にオバマ大統領が行った世界の警察官放棄演説を受けて、その翌
日の11日、ロシアのプーチン大統領の「ロシアからの警告」と
題するニューヨーク・タイムズ紙への寄稿です。
 そのなかで、プーチン大統領は、次のように米国の例外主義に
ついて批判しています。
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 動機が何であれ、人々が自分たちは例外であると思うように促
すのは、非常に危険だ。大きな国もあれば、小さい国もある。裕
福な所も、貧しい所も、民主主義の伝統が長い国も、まだ民主主
義への道を探っている国もある。国によって政策も様々だ。我々
は皆違うが、神の恩恵を祈る時、神は皆を平等に創ったというこ
とを忘れてはならない。      ──プーチンロシア大統領
                   http://bit.ly/2asMJOz
─────────────────────────────
 よくわからないのは、このプーチン氏の論説が、シリアへの米
国の武力介入宣言に関し、ロシアがアサド政権を説得し、国連を
通じて化学兵器を廃棄させるとするプーチン提案に、オバマ大統
領が一転してそれを受け入れた後に出されていることです。
 本来であれば、プーチン大統領としては、自分の提案をオバマ
大統領が受け入れ、シリアへの攻撃を断念したのですから、歓迎
の意を表してもいいのですが、論説全体では米国を強く批判する
内容になっています。
 確かにプーチン氏は、論説の冒頭では、オバマ演説に一応の歓
迎の意を示しているのですが、おそらくこれによって「オバマ組
し易し」と思ったのでしょう。これまで積りに積もってきた日頃
の米国に対する憤懣が、国連の決議なき米国のアフガニスタンや
イラクへの武力行使に加えて、米国の建国の精神にまでも踏み込
んで、批判してみせたのです。プーチン氏は、米国のこれまでの
軍事行動について、次のように批判しています。
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 国連安保理の承認なしに軍事行動すれば国連は崩壊した国際連
盟と同じ運命をたどる。国際法と秩序が崩れかねない。(中略)
国際法で武力行使が認められるのは、自衛の場合と安保理決議が
ある場合である。それ以外は国連憲章に違反し、侵略に当たる。
 世界何百万の人が民主主義の模範どころか、力に頼るだけの粗
暴な存在とみなしている。    ──プーチン・ロシア大統領
─────────────────────────────
 オバマ大統領の外交姿勢についての批判だけならまだしも、こ
のロシアの批判については、米国の議会も「いつも国連の安保理
決議で拒否権をふりかざすロシアにはいわれたくない」と反発を
強めたのは当然のことといえます。
 ところで「米国の例外主義」とは何でしょうか。
 米国の例外主義とは、米国の宗教的、道徳的な信念です。今日
のアメリカ合衆国は、英国のニューイングランド植民地に発する
のです。英国のジェームズ1世によって,永住を目的とする植民
特許状が初めて付与されたのは1606年のことです。
 彼らは、ピューリタン(清教徒)と呼ばれるプロテスタントに
よって体現されたのです。彼らは神がその民と契約を結び、地球
上の他の国民を導くために彼らを選んだと信じていたのです。こ
のピューリタンの指導者ジョン・ウィンスロップは、この考えを
「丘の上の町」という譬えで表現したのです。
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 「丘の上の町」/City Upon a Hill
 あなたがたは世の光である。丘の上にある町は,隠れること
 ができない。       ──マタイによる福音書第5章
─────────────────────────────
 ジョン・ウィンスロップ師は、新大陸に上陸する直前に、これ
からわれわれが行く丘の上にある町は、下から仰ぎ見る視線が絶
えず注がれるように、ニューイングランドのピューリタン社会へ
の視線も絶えず他の世界から注がれ、この社会が全世界の社会の
モデルになるべきであると説いています。これについて、高畑昭
男氏は次のように述べています。
─────────────────────────────
 ウィンスロップはキリストの教えを引用し、新大陸アメリカに
理想のコミュニティを建設することが「神の特別な恵み」に基づ
く崇高な使命であるという信念を持って、清教徒たちを教導しよ
うとした。政争や腐敗にまみれたヨーロッパとは異なる理想の国
家を建設し、世界の模範となる、という使命感と理念が「アメリ
カ例外主義」として建国精神に刷り込まれたのである。この思想
は約150年後に書かれたアメリカ独立宣言(1776年)にも
受け継がれ、「すべての人は平等に造られ、生存、自由、幸福を
追求する権利を持つ」(自由と人権)という原則や、「市民の総
意に基づく共和制」(民主主義)といった国づくり精神の骨格に
組み込まれていった。──高畑昭男著『「世界の警察官」をやめ
 たアメリカ/国際秩序は誰が担うのか』/株式会社ウエッジ刊
─────────────────────────────
 しかし、この米国例外主義は、そのときどきの大統領によって
は、「米国は他の先進国と違い、特別な国であり、何をやっても
正当化される」という間違った考え方に傾くことも多くあったこ
とは事実です。プーチン大統領はこれを批判したのです。
 「オバマ組し易し」と読んだロシアのプーチン大統領は、オバ
マ大統領の世界の警察官放棄演説の翌年の2014年にきわめて
大胆にクリミアのセヴァストポリの編入を強行したのです。今や
ロシアは、オバマ米国を完全になめ切っており、これが中国の南
シナ海での傍若無人な人工島建設にも繋がっているのです。
            ──[孤立主義化する米国/021]

≪画像および関連情報≫
 ●「丘の上の町」について
  ───────────────────────────
   今日のアメリカ合衆国は,イギリスのニューイングランド
  植民地に発する。イギリスのジェームズ1世によって,永住
  を目的とする植民特許状が初めて付与されたのは1606年
  のことで,フランス,オランダなど先発諸国に大きく遅れを
  取った。その後,1614年に,イギリスの探検家ジョン・
  スミスがアメリカ東沿岸を探検し,その地域がイギリスにと
  ても似ていることから「ニューイングランド」という名称を
  与えた。
   初期のアメリカ植民地に移住してきた者は,少数の貴族,
  「ジェントルマン」階級,農民,商人,職人らの中産階級,
  上記の指導者たちに率いられてきた一般の農民,小作人たち
  それに奉公人や徒弟など,様々の種別があった。ニューイン
  グランド植民地に移住してきた者は,これらの中でも中産的
  生産者層のものが多く,当時のイギリス経済社会の発展を担
  っていた人々であった。
   1620年11月20日,ピルグリムファーザーズと呼ば
  れるピューリタン分離派の男女102名が,ニューイングラ
  ンドにたどり着いた。上陸に先立って,彼らは上陸後いかな
  る社会を建設すべきかを協議し,その結果を「メイフラワー
  誓約」を締結した。        http://bit.ly/2aFgPvJ
  ───────────────────────────

プーチン・ロシア大統領.jpg
プーチン・ロシア大統領
posted by 平野 浩 at 00:00| Comment(0) | TrackBack(0) | 孤立主義化する米国 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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