の演説が行われたのは、2013年9月10日、午後9時〜9時
17分、ホワイトハウスのイーストルームの間から、全米テレビ
中継を通じて米国民へ語りかけています。その要旨は、次のよう
になります。
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私は米軍最高司令官であると同時に、世界最古の民主主義国の
大統領でもある。問題がアメリカに対する直接的脅威でない以上
討議を米議会に委ねるのが正しいと判断した。われわれの民主主
義は、議会の支持を得て大統領が行動するときに最も強力かつ効
果的となるからだ。
イラク、アフガニスタン戦争後、いかなる軍事攻撃も、国民に
支持されないのはわかっている。国民から寄せられた声の中で、
「アメリカは世界の警察官たるべきでない」という意見にも同意
する。アメリカは世界の警察官ではない。世界で起きる凶事のす
べてを正すのはわれわれの能力と手段を超える。だが、適切な努
力とリスクによってわれわれの子孫を化学兵器から守れるなら、
われわれは行動すべきだ。 ──高畑昭男著
『「世界の警察官」をやめたアメリカ/
国際秩序は誰が担うのか』/株式会社ウエッジ刊
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なぜ、オバマ大統領はこんな演説をしたのでしょうか。
それは、オバマ大統領がレッドラインを越えたとして「シリア
に軍事介入する」と決断したはずの重要決定を議会に委ねたこと
の言い訳ではなかったと思われるのです。
やはりオバマ大統領は、何となく後ろめたさを感じていたので
はないかと思われます。大統領として決断しながら、それから逃
げるような対応について、何らかの説明が必要だと感じたものと
思われます。
米国の大統領は「世界一孤独な権力者」といわれています。な
ぜなら、合衆国憲法では「行政権は大統領に属する」と定められ
ているからです。つまり、あらゆる権限は大統領に集中しており
それを行使するのは大統領しかいないからです。
南北戦争を決断したリンカーン大統領、湾岸戦争に踏み切った
ブッシュ(父)大統領、アフガニスタンとイラク戦争をはじめた
ブッシュ(子)大統領のいずれも自らが決断したあとに議会の承
認をとっています。自ら決断せず、議会に最終決定を委ねたのは
オバマ大統領だけなのです。
米国の南北戦争は、奴隷解放のために起こされた内戦といわれ
ていますが、少し事情が異なるのです。確かにリンカーンは奴隷
解放を唱えてはいましたが、けっして奴隷解放のために南北戦争
を起こしたわけではないのです。
当時米国の南部は世界の綿花の75%を生産していたのですが
それはコストが安い奴隷を酷使することによって可能だったので
す。したがって、もし奴隷制度が廃止されると、南部は経済崩壊
を起こしてしまうことになります。
北部もそのことはわかっていて、リンカーンを大統領に選出す
る1860年の大統領選で米国民は消極的選択をしたのです。こ
の7月10日に投開票され、自公両党が圧勝した参院選でも日本
国民は消極的選択をしたといえます。憲法改正を進めることが分
かっていて安倍政権を選んだのは、明確な選択肢を示さない野党
よりもマシという選択だったと思われるからです。
リンカーンが何をするかわかっていた南部諸州は、リンカーン
が大統領になると、先手を打って「独立」を宣言し「アメリカ連
合国」という新しい国家を立ち上げたのです。この時点で米国は
二分されたことになります。
リンカーンはこのことを深刻に考えたのです。もはや奴隷制度
の廃止ではなく、いかにして米国を一本化するかです。これにつ
いて、リンカーンの有名な言葉があります。
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もし、奴隷を一人も自由にせずにアメリカを救うことができる
ものならば、私はそうするでしょう。
もし、すべての奴隷を自由にすることによってアメリカが救え
るならば、私はそうするでしょう。
もし、一部の奴隷を自由にし、他はそのままにしておくことに
よってアメリカが救えるものならば、そうもするでしょう。
http://bit.ly/29MkN5u
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そのため、リンカーンは、それによって起こり得るあらゆる非
難や抵抗を押し切って戦争を決断し、二分された米国をひとつに
まとめたのです。リンカーン大統領の決断がなければできなかっ
たことです。二分化された国家をひとつにまとめるには戦争を起
こすしかなかったのです。大統領の決断はきわめて重いのです。
オバマ大統領の決断で不可解なことは、「ロシアがアサド政権
を説得し、国連を通じて化学兵器を廃棄させる」というプーチン
大統領の提案をやすやすと受け入れたことです。その直前にオバ
マ大統領は、化学兵器問題ではプーチン氏と妥協しないといって
いたからです。戦争しないで済むなら、何であろうと受け入れる
のでしょうか。
オバマ大統領は、2014年4月に訪日したとき、日米安全保
障条約第5条の対象に尖閣諸島も含まれると明言しましたが、米
側同行記者に次の質問を受けています。
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中国が尖閣諸島を侵略した場合に、アメリカ軍を出動させて日
本を守ると約束したそうだが、それは新たなレッドラインを示し
たことにならないか。 ──高畑昭男著の前掲書より
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これに対し、オバマ大統領は条文の解釈として既に定着してい
る内容を述べたに過ぎないと、法律家のようなコメントを返して
いるのです。 ──[孤立主義化する米国/004]
≪画像および関連情報≫
●米国の「真のレッドライン」は何か/イアン・ブレマー氏
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シリアの化学兵器使用疑惑をめぐり、米国による軍事介入
の可能性に世界の注目が集まるなか中東における米国のレッ
ドライン(越えてはならない一線)と信頼に深刻な影響を与
えかねないもう1つの深刻な問題が見過ごされている。
国際原子力機関(IAEA)の報告によると、イランは高
度ウラン濃縮のための遠心分離機約1000基を設置し終え
試験を行う予定だという。イランの濃縮能力が高まるに伴い
核兵器製造のための高濃縮ウラン備蓄に必要とする時間は大
幅に縮小している。向こう1─2年で、イランが兵器転用可
能なウランの備蓄に必要な期間は約10日にまで減る可能性
がある。米国が確実に対処するにはあまりに短い時間だ。
米国が講じるシリアへの次なる一手は、イラン情勢と表裏
一体だ。米政府が中東で懸念する最大の安全保障問題は、核
兵器製造の可能性を秘めたイランである。核武装したイラン
は地域を不安定化させ、原油相場に衝撃を与えるほか、米国
の同盟諸国を脅かすことになる存在だ。長期的な見通しほど
予測困難であり、決してそれは明るいものではない。核の力
を手に入れたイランは中東諸国にドミノ効果を引き起こしか
ねない。新たに「アラブの春」が起きた場合、核兵器を保有
する破綻国家は脅威以外の何ものでもない。
http://bit.ly/29uEhJB
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米国南北戦争