2016年05月16日

●「カダフィー大佐は何をやったのか」(EJ第4276)

 ヒラリー・クリントン氏が、オバマ政権の国務長官在職時に公
務に私用メールアドレスを使っていた問題。大統領選にからんで
この問題が再び注目されつつあります。多くの人はそれがそんな
大事件だとは思っていないと思います。とくに政府要人のセキュ
リティの甘い日本では、そう思う人が多いはずです。
 安倍首相や閣僚は、平気で私用の携帯電話(スマホ)を使い、
メールを送受信しています。しかし、先進国のトップや閣僚でそ
んなことをしている人はいません。まして米国では、そんなこと
は絶対に許されないのです。
 この私用メールアドレス事件は、場合によってはヒラリー・ク
リントン氏がFBIに逮捕されるか、そうならなくても、大統領
候補から降りることになり兼ねない大事件に発展する可能性すら
あるのです。
 この事件は、2012年に起きた在リビア米国領事館襲撃事件
と深い関係があります。この事件の概要を次に示しておきます。
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 2012年、アメリカ在外公館襲撃事件は、アメリカ合衆国で
作成された映画『イノセント・オブ・ムスリム』がイスラム教を
侮辱するものとして、これに抗議するためエジプトやリビアなど
アラブ諸国のアメリカの在外公館が2012年9月11日以降、
次々と襲撃された事件である。一連の襲撃事件で、在リビアのア
メリカ領事館ではクリストファー・スティーブンス駐リビア大使
ら4人が殺害された。
         ──ウィキペディア http://bit.ly/1WkQ9DI
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 襲撃された領事館は、リビアの東部ベンガジにあるので、この
事件は「ベンガジ事件」といわれます。このベンガジ事件とヒラ
リー・クリントン氏の関係については知るには、その背景をある
程度詳しく知る必要があります。
 ところで、リビアといえば「カダフィー大佐」という名前が出
てきます。しかし、この呼称は日本だけです。カダフィーは、正
しくは「ムアンマル・アル=カッザーフィー」というのです。称
号は「リビア最高指導者および革命指導者」です。
 多くの日本人は、カダフィー大佐というと「独裁者」のイメー
ジを強く持っています。何しろ42年間にわたり、独裁者として
リビアに君臨したのです。しかし、カダフィー大佐がリビアで何
をしていたかについて知る人は少ないのです。イメージからいっ
て、圧政や悪政の国というイメージが強いと思いますが、実際は
それとは正反対なのです。
 リビアでは教育は無料で受けられます。しかも大学まで行ける
のです。カダフィーが政権を取る前まで、リビア国民の90%は
文字が読めなかったのです。しかし、カダフィーが政権を取ると
逆に国民の90%以上が文字を読めるようになっています。そし
て、国民の25%が大卒資格者です。
 それに医療も無料です。政府は全国民に家を持たせるよう努力
し、新婚夫婦には5万ドル(500万円)の住宅補助金を支給し
失業者には無償でアパートを貸与したのです。弱者にはとことん
やさしい政権だったといえます。
 さらに、車を購入する際は、政府が半額負担してくれるし、農
業を始めたい人には土地、家、家畜、飼料など全て支給してくれ
ます。薬剤師についても同様です。子どもを産んだ女性には5千
ドル(50万円)を支給し、学校卒業後、仕事に就けない人には
仕事に就けるまで国が相応の給与を支給します。
 どうしてこんなことができるのかというと、それは石油の売り
上げの一部を国民に還元しているからです。リビアは石油の埋蔵
量はアフリカ最大であり、それでいて人口が少ないので、一人当
たりのGDPはアフリカの上位クラスで、先進国並みです。
 それに独裁国家でありながら、為政者が富を独占しないので、
格差は少なく、国民全体が潤っているのです。そのためカダフィ
ー大佐に対する国民の支持は圧倒的に高かったのです。
 それに独裁といってもその国家運営は次のように非常に民主的
なものだったのです。
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 一般的に考えられていることとは逆に、欧米マスコミが決まっ
て“カダフィの軍事独裁制”と表現するリビアは、実際は世界で
最も民主的な国家の一つだった。
 カダフィの独特な直接民主主義の下で、伝統的な政府機構は解
散され、廃絶され、権力は様々な委員会や議会を通して、直接国
民のものだった。
 たった一人が全てを支配するどころか、リビアは非常に分権的
で、本質的に国家内の“ミニ自治州”であるいくつかの小さな共
同体に分割されていた。こうした自治州が、各自の地域支配し、
石油収入や予算資金をいかに配分するかを含め、様々な決定をす
ることができた。こうしたミニ自治州の集合で、リビア民主主義
の三つの主要な組織は、基礎人民会議と、県地区人民会議と、全
国人民会議である。     ──マスコミに載らない海外記事
                   http://bit.ly/1OONsUW
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 もともとリビアは反欧米の国だったのですが、2001年の同
時多発テロ事件以降、カダフィー大佐は一転して米国との関係を
見直し、2003年には核放棄を宣言し査察団の受け入れを行っ
たのです。この変化は、カダフィーはリビアがイラクのようにな
りたくないと恐れて核放棄をしたと思われていますが、カダフィ
ーとしては民主主義をもっと大きく前進させようとしたのです。
 米国はこれを評価し、それまで行っていた経済制裁などを解除
し、テロ国家指定から外す措置を取ったのです。そして2006
年5月15日、リビアと米国の国交正常化が行われたのです。
 しかし、カダフィーはもっと大きな構想を実現しようとし、結
局はそれが原因で暗殺されてしまうのです。それについては明日
のEJでお話しします。 ──[現代は陰謀論の時代/089]

≪画像および関連情報≫
 ●カダフィーの真実〜理想社会を創った英雄
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   カダフィー大佐。2年前のリビア戦争で話題になった人で
  す。最期は反政府軍らに殺害されます。「独裁者」とか「ア
  ラブの狂犬」とか悪の象徴であるかのような感じでしたね。
  確かに緊張みなぎった強面ですし。腕っ節の強そうな剛毅な
  感じもします。
   40年以上も独裁者だった、とい言われていましたね。ま
  た武装もしていないリビア国民をも無差別に攻撃したとか。
  残虐非道で、悪魔のような人物。リビア国民は恐怖と圧政に
  強いられていたんだろうな、という感じでした。ですので、
  リビア戦争では、「民主主義万歳!」、「反政府運動イケイ
  ケ!」という感慨を、おそらく全世界の人達が持ったことで
  しょう。
   欧米メディアでは、カダフィー大佐を「悪者」として報道
  していましたし。無差別攻撃の映像が流れたり。そんな報道
  一色でした。これに対して、「正義の味方」の「国連・NA
  TO」といった感じでもあったりします。
   しかし、カダフィー大佐は、報道されていた人物とは真逆
  でした。「え!?」と想うかもしれません。最初知った時は
  私も驚きました。カダフィーの本当の姿は、独裁者でも無け
  れば、狂犬でもありませんでした。なんとリビアの国民の全
  てを愛し、リビア国民の幸福の実現のために本気で取り組ん
  だ方だったのです。カダフィー大佐の業績は驚くものがあり
  ます。ご存じでしょうか?     http://bit.ly/1TCa8HJ
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カダフィー大佐
posted by 平野 浩 at 03:00| Comment(0) | TrackBack(0) | 現代は陰謀論の時代 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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