2005年06月14日

テレサ・テン偽造旅券事件の真実(EJ1612号)

 1979年2月17日のことです。そのときテレサ・テンはレ
コーディングのため、日本に来ており、東京ヒルトンホテルに母
親と宿泊していたのです。
 そこに東京入管管理事務所の係官が訪れ、不法入国の疑いがあ
るとしてテレサ・テンを連行していったのです。調べに対しテレ
サ・テンは、違法にインドネシア旅券を取得し、それを使って日
本に入国したことをことを認めたので、彼女は東京入管に身柄を
拘束されてしまったのです。
 どうしてこんなことが起こったかです。1978年12月、テ
レサ・テンは公演のためインドネシアに滞在していたのですが、
ある友人の勧めによってインドネシア旅券を2万香港ドル――約
80万円で購入するのです。もちろん違反であり、旅券は偽造旅
券取得ということになるのです。
 偽造旅券というと、他人の旅券の写真部分を貼り替える手口が
多いのですが、テレサ・テンの場合は、「テン・エリー」という
インドネシア女性を騙り、テレサ・テン自身の写真で旅券を取得
しているのです。つまり、正規の旅券を地下ルートで取得したこ
とになります。テレサ・テンはこの旅券でジャカルタの日本大使
館で日本ビザを取得しているのです。
 1979年1月10日にテレサ・テンは台湾を出国して、シン
ガポール公演と香港公演をこなしています。このときの出入国に
は台湾旅券を使用しています。
 2月13日にテレサ・テンは香港から台湾に戻るのですが、そ
のとき誤ってインドネシア旅券を提示してしまうのです。当然ビ
ザがないとして台湾の入国は拒否され、出発地の香港に送還され
てしまうのです。そのとき既に有名人であったテレサ・テンと台
湾の入管職員とのやり取りを『中国日報』の空港駐在記者に目撃
されてしまうのです。
 その記者は入管の係員から事情を聞き、インドネシア政府の連
絡機関であるインドネシア商会にテレサ・テンにパスポートを発
行した事実があるかどうかを確認したところその答えは「ノー」
であったのです。
 一方、香港に戻されたテレサ・テンは、14日に中華航空機で
羽田に向うのです。そして、彼女は羽田の東京入管でも問題のイ
ンドネシア旅券を提示します。東京入管では旅券には日本ビザも
付いていたので入国を認めたのです。そして、彼女は指定の宿舎
である東京ヒルトンホテルに宿泊したのです。
 『中国日報』の記者からの通報で事態を知ったインドネシア外
務省は追跡調査を開始します。15日になって在日インドネシア
大使館は東京入管に「現在中国人女性が所持している「テン・エ
リー」名義の旅券は、違法に取得されたものである」との通告を
行ったのです。
 こうして東京入管の係官が2月17日に東京ヒルトンホテルに
出向き、テレサ・テンの身柄を確保したというわけです。この事
実は『中国日報』をはじめとするメディアによつてに詳しく報道
され、大きなニュースとなってしまったのです。
 この事態に困惑したのは日本ポリドールです。台湾からは、テ
レサ・テンを台湾に強制送還するよう強く求められていたからで
す。しかし、それに応ずると、再び出国することが困難になり、
最悪の場合、歌手をやめさせられることも考えられたからです。
それにテレサ・テン本人も「台湾には帰りたくない」と強く主張
していたのです。
 日本ポリドールは、大物弁護士を介して法務省と交渉し、コン
サートのスケジュールの決まっている米国に行かせることで決着
したのです。そして、2月24日にテレサ・テンは国外退去処分
を受け、パンアメリカン機でサンフランシスコに向ったのです。
これによって、今後1年間は、日本への入国は禁止されることに
なったのです。
 それにしても、なぜテレサ・テンは偽造旅券などを使ったので
しょうか。
 それはその当時の台湾の国情によるのです。その時点で台湾は
戒厳令がしかれており、日本をはじめとする国交のない国への出
国許可は最低でも二ヶ月、問題があれば1年くらいかかることも
あったのです。
 有田芳生氏の本によると、芸能人の出国許可に関して次のよう
に書かれています。
−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−
  音楽や芸能活動を管轄する教育部に許可を求め、新聞局が芸
 能人の実績を検討し、出入国の必要性を認める。そのうえで警
 察局が形式的な許可を与え、最終的には外務部が認めることに
 なる。その過程では、戒厳令総司令部による思想調査も行われ
 た。当時はパスポートとともに出国許可証が必要とされていた
 のである。
   ――有田芳生著『私の家は山の向こう』(文芸春秋)より
−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−
 どうやらテレサ・テンのインドネシア旅券の取得にはインドネ
シア政府関係者がかかわっており、この事件はいわゆる灰色決着
されたのです。本来であれば、不法入国は3年以下の懲役もしく
は禁固、10万円以下の罰金です。しかし、テレサ・テンについ
ては、悪意がないことと、台湾の国情、インドネシア政府の思惑
が複雑にからみ合い、東京入管としては起訴も罰金もなしの国外
退去処分と一年間の日本への入国の禁止という非常に軽い処置で
決着をつけたことになります。
 この一週間の拘留の間に取調官、同じ部屋の収容者全員がテレ
サ・テンファンになるというほど、テレサ・テンの評判は良かっ
たそうです。大スターぶらずに素直に取り調べに応じ、同室の女
性たちにも礼儀正しく接し、短期間の間にみんなから好かれる存
在になっていたのです。拘束が解かれるとき、化粧をしたテレサ
・テンは同室の人たちに一曲中国の歌を歌い、きちんと挨拶をし
て部屋を後にしたということです。


≪画像および関連情報≫
 ・テレサ・テンが宿泊した頃の東京ヒルトン
  (現キャピトル東急)

1612号.jpg
posted by 平野 浩 at 08:50| Comment(0) | TrackBack(0) | テレサ・テン | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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