者についてしばらく述べることになります。既に述べているよう
に、テスラはエジソンと密接な関係があります。しかし、エジソ
ンの名前は遍く知られていますが、テスラの名前はほとんど誰も
知りません。一部のマニアがテスラを「マッド・サイエンティス
ト」として知っているだけです。
EJ第4211号で述べたように、テスラはエジソン社の社員
でしたが、送電方式について社長のエジソンと意見が対立し、そ
れが原因でエジソン社を退社することになります。
電力を送る方法には、直流方式と交流方式がありますが、エジ
ソンは直流方式、テスラは交流方式を主張したのです。しかし、
現時点で世界で使われている送電方式は交流方式であり、テスラ
の主張が正しく、エジソンが間違っていたことになります。
ところで、エジソンはなぜ間違ったのでしょうか。
こういう説があります。エジソンは交流方式が理解できなかっ
たのではないかというものです。なぜなら、直流は中学生でも理
解できるレベルですが、交流は大学で学ぶ微積分などの数学の理
解が不可欠であり、大学で学んでいないエジソンは、交流を理解
できなかったのではないかというものです。これに対してテスラ
は、プラハ大学を卒業しており、高等数学に長けていたと考えら
れます。エジソンは独学の天才といわれています。「発明王エジ
ソン」というサイトでは、エジソンの人物像について、次のよう
に述べています。
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エジソンは、どの伝記においても「教師に見放されて小学校を
中退し、元教師である母親の教育で発明に興味を持つようになっ
た」と記されています。このような教育方針を取る家庭は、現代
のアメリカでも珍しいことではないようです。現に、母親が教師
役を努めた兄弟全員が飛び級制度で20歳前に大学を卒業した家
庭があるほどです。
ただ、このように学業最優先の教育を受けると、同年代の子と
学校などで交流する機会が損なわれてしまい、コミュニケーショ
ン不全になる可能性が指摘されています。エジソンのとっつきづ
らい性格は、幼少期の環境によって形成されたものであるともい
えます。 http://bit.ly/1nMwmig
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テスラは、交流の採用の広がりに自信を深めて、1888年に
交流発電機と交流電動機(交流モーター)を発明し、世界を驚愕
させています。このことでいえることは、テスラは、エジソンを
はるかに超える天才であるということです。
エジソンの代表的な発明といえば「白熱電球」であり、テスラ
は「交流モーター」ということになります。この2つに関してい
うならば、白熱電球が既に過去の遺物になっているのに対し、交
流モーターは現在も使われているのです。技術のレベルはまるで
違うのです。つまり、テスラはエジソンをはるかに上回る天才科
学者ということになります。
しかし、世の中のほとんどの人はエジソンの名前を知っていま
すが、テスラの名前を知る人は少なく、完全に歴史の闇に消えて
いまっています。エジソンの知名度はテスラの1000倍に達す
るのです。これはどうしたことでしょうか。
それはある勢力によって意図的に名前を消されてしまった結果
であると思います。そのせいで、今やテスラといえば、陰謀論の
世界でしか出てこないし、都市伝説の世界の人です。完全にレッ
テルを貼られています。テスラについて記述された本は、これほ
どの科学者としては、とても少ないのです。
テスラには2人のライバルがいたのです。一人は発明王のエジ
ソンですが、もう一人はイタリアの科学者グリエルモ・マルコー
ニです。マルコーニとは無線通信装置で争ったのですが、この争
いにテスラは破れています。マルコーニは無線通信設備開発の功
績で、1909年にノーベル物理学賞を受賞しています。当然マ
ルコーニの知名度は非常に高いのです。エジソンとマルコーニの
名声に対してテスラは名声に縁がなく、唯一テスラが得られたさ
さやかな名声は、磁場の強さを表す国際単位(磁束密度)に「テ
スラ(T)」が採用されたことだけだったといえます。
ちなみに日本はマルコーニと縁があるのです。それは1904
年の日露戦争において、日本はマルコーニの無線装置を、ロシア
側はテレフンケンの無線装置を使い、日本はロシアよりも大きな
宣伝効果を上げたからです。
ニコラ・テスラは生涯独身でした。晩年は一人でホテル住まい
をしていたといわれています。そして、1943年1月8日の早
朝、家政婦によってテスラの死が確認されたのです。97年の人
生でした。生前の知人たちの手によって葬儀の準備は進められ、
葬列はホテルを出て教会に向ったのです。
葬列が部屋を出るのを待っていたかのように、FBIの複数の
捜査官が、テスラが息を引き取った部屋に乱入したのです。そし
て、捜査官たちは部屋中をくまなく調べ、テスラが保管していた
と思われる小さな金庫を発見したのです。
捜査官たちは金庫を無理やりこじ開けると、そこに入っていた
複雑な数式や図面が描かれた書類を見つけると、そのすべてを押
収し、風のごとく立ち去ったのです。
それらの書類は、究極兵器に関する書類であったといいます。
究極兵器とは、スカラー兵器ないし重力波兵器、超能力兵器、気
を利用した兵器、地震兵器などの設計図だったのです。FBIは
テスラがそういう研究をしていたことを知っており、死後それら
の書類が流出することを恐れ、誰よりも早く、いち早くそれらを
押収したのです。それらは、テスラが「世界システム」と称する
システムの重要な一部を成すものであったのです。テスラはその
ため、事前に国家によって密かに監視され、死後非合法ではある
ものの、FBIはそれらの設計図を押収したというわけです。
───[現代は陰謀論の時代/025]
≪画像および関連情報≫
●「20世紀を発明した男」/ニコラ・テスラ
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「1943年1月8日朝、彼の部屋をノックしたメイドに
返事はなかった。・・・点滅するネオンサイン、轟音を立て
る地下鉄、鳴り響くラジオ、何百万家庭の光と動力など、彼
の偉大な貢献によって作られ、現代の電気時代のシンボルと
なったものたちから隠されて、テスラは夜うちに死んだ。生
まれたときと同じようにひっそりと・・」(ケネス・スウェ
ジー『ニコラ・テスラ』)。
19世紀末に活躍したユーゴスラヴィア生まれの発明家ニ
コラ・テスラほど謎と伝説に彩られた発明家はいない。「発
明の天才」、「電気の天才」、「電気の魔術師」、「交流の
父」・・・。彼を信奉する科学者や技術者、科学史家からは
およそ考えられる限りの賛辞が送られている。
こうした評価は決して大袈裟なものではない。今日の電力
システムが交流に基礎を置いていることは、よく知られてい
る。われわれは発電所から送られてくる交流の電力を利用し
て照明を灯し、洗濯機や掃除機を動かしているのである。テ
レビもパソコンもインターネットも、エネルギー源たる電力
が存在しなければ機能を果たせないし、第一、工場に電力が
供給されなければ部品や製品を生産することすらできない。
http://bit.ly/1KTVuYJ
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ニコラ・テスラ