2015年11月12日

●「何が起きるか知っていた米CIA」(EJ第4157号)

 韓国の孫世一国会議員が入手したとされるCIA秘密報告書に
は何が書いてあったのでしょうか。
 実物がネットでも見つからないので、高橋五郎氏の本を参照し
て、その一部を以下に要約します。
─────────────────────────────
◎事件発生時点における日本の自衛隊とソ連のレーダー記録を入
 手したが、両方の記録は一致している。
◎これによると、大韓航空007便はソ連機の攻撃を受けたあと
 3万5千フィートの上空から、12分間をかけて下降し、ゼロ
 ポイントまで記録されている。
◎CIAは、レーダー画面から機影が消えたと同時に、ソ連軍司
 令部が着水予想地点に向けて、沿岸警備隊の救助船8隻を向か
 わせた事実を把握している。
◎CIAは、ソ連最高会議議長アンドロポフが、KAL007便
 のアンカレッジ離陸以後の動きに特別な関心を持っていた事実
 を把握している。
◎KAL007便の機体は洋上に着水したが、4時間以内にKG
 Bの沿岸警備艇による機体の捜索活動が始まった事実をCIA
 は把握している。
◎KGBはKAL007便の機体を発見すると、乗客乗員を救助
 し、ブラックボックスを回収した後で、KAL007便を爆破
 して海底に沈めた事実をCIAは把握している。
                      ──高橋五郎著
          『早すぎた死亡宣告』/ジーオー企画出版
─────────────────────────────
 CIA秘密報告書は、「日本の自衛隊のレーダー記録」にも言
及しています。自衛隊のレーダーとは、具体的には稚内の航空自
衛隊のレーダーサイトのことです。このレーダーサイトでは、K
AL007便の航跡と、傍受したソ連戦闘機とソコル航空基地と
の通信内容を分析し、事件から7時間後の9月1日午前10時過
ぎに防衛庁長官から後藤田正晴官房長官(当時)に「KAL00
7便はソ連戦闘機の空対空ミサイルによって撃墜された」という
報告を上げています。もちろん中曽根康弘首相もこの時点で事件
のことを知ったことになります。
 結局日本としては、この時点で事実を発表すると、高度の軍事
機密である通信傍受能力をソ連側に知られることになるので、撃
墜の事実の公表は差し控え、米国との緊密な連絡をすることにと
どめたのです。
 このCIA秘密報告書によると、CIAは、KAL007便が
ソ連の領空を侵犯をすることを最初から知っていたことになりま
す。そして実際にKAL007便は航路を大きく外して飛行した
のですが、そのことをKAL007便に知らせていない。米ソ冷
戦の時代であるだけに、ソ連領空を長時間侵犯を続ければ、スパ
イ飛行とみなされ、撃墜される恐れがある危険を知っているにも
かかわらずです。
 実際にKAL007便はソ連戦闘機に撃墜される結果になった
のですが、それに対してシュルツ国務長官(当時)は、強制着陸
という情報があったのに、早々に「全員死亡」のニュースを流し
ソ連政府も9月6日にソ連声明を出し、「全員死亡」を認めてい
ます。これは「死亡宣告」そのものといえます。
 1991年になって、ソ連のゴルバチョフ政権の進めるグラス
ノスチ(情報公開)のうねりに乗って、シフリン・レポートやC
IA秘密報告書によるKAL007便の乗客乗員の生存情報が出
てくるのです。これは驚天動地のことです。
 実は、大韓航空007便撃墜事故の起きた1983年9月1日
〜3日間、韓国ソウルで米韓防衛条約30周年記念会議が開催さ
れているのです。そのため、多くの米議員が、ニューヨーク発ア
ンカレッジ経由ソウル行きのKAL007便に登場する予定にな
っていたのです。そのなかには、ニクソン元大統領もいたといわ
れます。
 しかし、KAL007便に搭乗して犠牲になったのは、ラリー
・マクドナルド下院議員だけだったのです。ニクソン元大統領に
ついて、1983年9月25日付の朝日新聞は、次のように報道
しています。
─────────────────────────────
 ソ連領空を侵犯した大韓航空(KAL)機には、ニクソン元大
統領も乗ることになっていたが、出発直前に搭乗をとりやめた。
これは事前に何らかの情報が告げられていたからに違いない──
スパイ飛行説を主張し続けるソ連は24日、こんな新事実≠
持ち出した。
 同日付のソビエツカヤ・ロシア紙は、これまで西独クイック誌
だけが伝えたというこの事実に注目し、これを引用しながら、ニ
クソンが予約していたのはKAL007便第一列B2席であり、
この席は事故の犠牲になったマクドナルド米下院議員(民主)の
席に近かった、と報じている。
 また、ニクソン氏だけが搭乗をとりやめたのは、元大統領まで
危険にさらすにしのびなかった米特務機関の事前通告があったた
めに違いない、とみる西独平和活動家などの発言を伝え、こうし
た見方に説得力を持たせようとして、大統領在任中の同氏と米中
央情報局(CIA)などの親密な協力関係″を指摘している。
            ──1983年9月25日付朝日新聞
─────────────────────────────
 もっともこのときニクソン大統領サイドは、「常時、国内外か
ら多くの招待を受けており、ソウルでの米韓防衛条約30周年記
念会議への招待もそのひとつであるが、結局出席を断った」と述
べ、KAL007便はもとより、他のソウル行きの便にも乗る予
定はなかったとして、この事実を否定しています。
 どうやら米CIAの仕掛けたこの大韓航空機撃墜事件は、複合
的な目的を持つ謀略ではないかと思われるのです。
           ──[航空機事故の謎を探る/032]

≪画像および関連情報≫
 ●大韓航空機007便の生存者情報
  ───────────────────────────
   007便に生存者あり、ロシア強制収容所に抑留中、マク
  ナルド米国下院議員は、モスクワのルビヤンカ刑務所に収監
  中。此の報告書の著者はシフリンなる人物。住所はイスラエ
  ル国エルサレム市91235ラモン私書箱23678号。シ
  フリンの肩書はソ連刑務所・精神刑務所・強制労働収容所調
  査センターの理事。報告書の共著者の名前もE・シフリンと
  あり、肩書は事務局長になっている。二人は家族か兄弟なの
  だろう。
   前書きにはこう書いてある。「以下は1983年樺太沖で
  撃された太韓航空ボーイング747型機(007便)と、其
  の乗員乗客の不可解な消失に関するCIAの暗号文極秘報告
  書を分析したものである。」
   二人の報告書を紹介するのは、米国のキリスト教団が発行
  元の機関新聞『ミッドナイト・メッセンジャー』紙。報告書
  掲載日は94年1・2月号となっている。89年以降からこ
  の事件の犠牲者(行方不明の乗客ら)について追跡調査を続
  けてきた彼等(調査センター)は、90年になってある確証
  を得たという。その大韓航空機はソ連空軍機が発射した二発
  のミサイルで大破して海中に沈んだのではなくて、樺太に近
  いモネロン島付近の浅い海に軟着水させられた。乗客(この
  中には米国下院議員ローレンス・P・マクドナルド氏も含ま
  れる)と乗員はソ連軍沿岸警備隊の手で洋上に浮かぶ機体か
  ら連行された。          http://bit.ly/1HGfLQq
  ───────────────────────────

リチャード・ニクソン元米大統領.jpg
リチャード・ニクソン元米大統領
posted by 平野 浩 at 03:00| Comment(0) | TrackBack(0) | 航空機事故の謎を探る | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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