2発発射したのは1983年9月1日、午前3時26分01秒の
ことです。以下は、11月6日付、EJ第4153号に掲載した
コックピット内の会話の分析です。
ミサイル被弾直後の5秒間は、KAL007便の3人の乗員は
何も気づいていないようです。06秒になって、一人の乗員が何
かを感じて「なにが起きたんだ?」と疑問の声を上げています。
このときの飛行機の高度は3万5000フィートです。
その後、機長は10秒に「減速スロットル」、14秒に「着陸
ギア」と叫んでいます。それは機長が原因はわからないが、与圧
の減少を感じたからでしょう。実際にミサイルの爆発で機体に穴
があき、機内から空気が抜けていったのです。
機長は、乗客乗員の低酸素症を防ぐために、空気の存在する1
万フィートまでの緊急降下を決断したのです。「着陸ギア」とい
うのは、離着陸用のギア(脚)を出して空気抵抗を高めて速度を
落とすための措置ですが、同時に機長は自動操縦装置を解除し、
手動に切り換えています。それは、機内に鳴り響いた自動操縦装
置解除の警報音で判断できます。
しかし、手動にしても機体は操縦不能になっていたようです。
乗員の一人が「パワーコンプレッションか?」と叫んだのは、お
そらく「デ・コンプレッション=減圧」の間違いであると思われ
ます。機長が26分57秒に東京ラジオ(成田)を呼び出したの
は、そういう機内の異常を伝えるためです。
しかし、言葉ではうまく伝えられなくなっていたのです。その
部分のやり取りは次のようになっています。
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26分57秒:東京ラジオ、大韓航空007便(HF無線)
27分01秒:酸素マスクをして、ヘッドバンドを調節してく
ださい
02秒:大韓航空007便。こちら東京(東京からHF
無線)
04秒:了解、大韓航空007便・・・・(解読不能)
ア〜我々は・・・(・・した事態に遭遇)
08秒:酸素マスクをして、ヘッドバンドを調節してく
ださい
09秒:オール・コンプレッション
10秒:急激な減圧、1万フィートに降下
15秒:アテンション、緊急降下(客室)
20秒:いま・・・(解読不能)・・・・我々はこれを
セットして・・・
21秒:大韓航空007便、聞きとれない。聞きとれな
い。無線を10048に(東京からHF無線)
──小山厳著/『ボイスレコーダー撃墜の証言/
大韓航空機事件15年目の真実』/講談社+α文庫
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明らかにコックピット内はパニックになっており、乗員は平常
心を失っているように見えます。「デ・コンプレッション」のこ
とを「パワーコンプレッション」とか「オール・コンプレッショ
ン」といっており、慌てているようです。
また、東京ラシオ(成田)を呼び出したとき、千機長は「メー
デー、メーデー」か、「パン、パン」という遭難信号を発出する
べきだったのです。杉江弘氏の本によると、「メーデー」とはフ
ランス語で「助けて」という意味であり、「パン、パン」は準緊
急事態を知らせる用語であるそうです。
KAL007便がパニックになっているときに、サハリン上空
では、次のやりとりが行われていたのです。
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デプタット:805号機、ミサイルは一発発射したのか
805号機:2発発射した
デプタット:よくやった ──小山厳著の前掲書より
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ここで「デプタット」とは、ソ連サハリンのソコル航空基地の
迎撃管制官、コズロフ中尉の暗号名です。このとき同じソコル基
地内の別棟で迎撃の総指揮をとっていたのはコルヌコフ大佐(ソ
コル基地飛行師団令)です。この2人の当日の午前3時1分過ぎ
に次の気になる会話があります。
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コズロフ:現在、彼(805号機)は右90度の方向に目標
を捉えている。識別のため、後方から誘導してい
るところである
コルヌコフ:目標はなにも識別の表示を出していないのか
コズロフ:識別するため彼(805号機)を誘導している
コルヌコフ:後方から目標に接近させるな。接近角度を保て
コズロフ:了解、実施する
コルヌコフ:忘れるな。目標の後部には機関砲があることを
──小山厳著の前掲書より
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この会話でわかることは、サハリン基地の指揮官は、KAL0
07便を米空軍の偵察機RC─135と誤認していることです。
それはコルヌコフ大佐の「目標の後部には機関砲がある」という
言葉から読み取れます。少なくともそれが旅客機であるとは露ほ
どもこう疑っていないようです。
ボイスレコーダーには、KAL007便の乗員の会話が録音に
残されていますが、それを聞く限りでは、彼らの会話はのんびり
したものであり、ソ連の領空を侵犯して何時間も飛んでいるとい
う緊張感はどこからも感じられないのです。
領空侵犯をしている当のKAL007便は侵犯を認識しておら
ず、ソ連側のソコル基地の迎撃管制官は領空侵犯機への通常の対
応をしているという構図です。それでは、この計画を仕組んだの
は誰なのでしょうか。 ──[航空機事故の謎を探る/029]
≪画像および関連情報≫
●旅客機撃墜は、ロシア崩壊のシグナルか
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ロシア政府の無能ぶりが人命にかかわるようになった今、
ロシア国内は恐怖におののき始めた。ウクライナ上空でのマ
レーシア航空17便撃墜の知らせがロシアに入ると、昔を知
る人は1983年9月のソ連空軍機による大韓航空機撃墜事
件とその政治的影響を思い出した。
当時のソ連政府は、失踪した大韓航空機との関係を否定し
て世界を欺いた後、同機が米国のスパイだと主張した。だが
この事件でソ連軍参謀総長であり、生粋の強硬派だったオガ
ルコフ元帥のキャリアに終止符が打たれた。
彼の不手際と下手なうそは、1979年から続くソ連のア
フガニスタン侵攻の混迷と相まって、崩壊しつつある体制の
実態を露呈させた。ブレジネフ政権で始まった経済停滞は、
1982年の彼の死後さらに深まる。後継者は諜報機関KG
B出身のアンドロポフ氏、次いで共産党中央委員会のチェル
ネンコ氏だが、彼らは権力の座に就いた時点で片足が棺おけ
に入っていただけでなく、改革の準備がまったくできていな
かった。アフガニスタンにおける多大な人命の消失(ベトナ
ムでの米国のそれと同等。ただし期間は大幅に短い)は、ソ
連政府が自滅の危機にあることを示唆したが、民間機に対す
る攻撃がその見方を決定づけたように思われた。この気づき
がゴルバチョフ氏を権力の座に押し上げ、ペレストロイカや
グラスノスチに対する上層部の支持を後押しした。
http://bit.ly/1SyrOpg
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RC─135米偵察機


