のことではないのです。1978年4月20日のことですが、大
韓航空機が誤ってソ連の領空を侵犯したため、ソ連防空軍機から
攻撃を受け、事故機はムルマンスク郊外のケミ市にある凍結した
マンダラ湖への不時着に成功したものの、乗客の15人が死傷し
ています。この事件は不時着した場所から「ムルマンスク事件」
とも呼ばれています。
このときもソ連側からスパイ説は出たものの、ソ連当局による
乗客乗員に対する待遇は悪くなく、即座に温かい食事が用意され
時間つぶしのために映画の上映まで行われたといいます。このと
きは米国が中に入り、機長と航空士以外は3日後に解放され、機
長らも領空侵犯の謝罪文にサインさせられ、1週間後には解放さ
れています。大韓航空機撃墜事件が起きたのは、このムルマンス
ク事件の5年後のことです。
ムルマンスク事件では、領空侵犯機はソ連機から銃撃を受けた
として「大韓航空機『銃撃』事件」と呼ばれていたのです。しか
し、実際は銃撃ではなく、空対空ミサイルの攻撃を受けていたの
です。KAL007便の場合と同じです。
一般的には、旅客機がミサイルで攻撃を受けると、空中でバラ
バラになってしまうというイメージがありますが、必ずしもそう
とはいえないのです。その証拠に1978年のときは、ミサイル
攻撃を受けながらも不時着に成功しています。
そうであるならば、KAL007便のときも同様のとらえ方を
なぜしなかったのでしょうか。これに関して、直木賞受賞作家の
三好徹氏は、『文藝春秋』の1995年新年特別号の特集「戦後
50大事件の目撃者」において、大韓航空機撃墜事件を取り上げ
ています。
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9月1日の夕刊締切り段階で、各新聞は、ソウル情報をもとに
同機がサハリンに強制着陸させられたらしいことを伝えていた。
このソウル情報のソースは、韓国外務省の説明によると「第三国
からの非公式」通報だった。第三国がアメリカであることは、こ
の種のケースでは常識であった。ところが、その日の夕刻からテ
レビは一転して撃墜されたらしいことを伝えはじめ、2日の朝刊
では完全にソ連戦闘機による撃墜に確定し、269人の全員死亡
が確認された。
わたしの最初の疑問は、アメリカ(つまりCIAということだ
が)はどうして韓国に誤った情報を伝えたのだろうかということ
だった。この謎はいまもって解けていない」そのほか、いまもっ
て、どうしても不可解なのは、ソ連機がミサイルを発射し、「目
標は破壊(撃墜)された」と報告したあと40秒後に大韓機のパ
イロットがSOSも発せずに成田を呼び出したことである。この
事件に関する本が出ると手に入れて読んできたが、これを合理的
に説明した本をみたことがない。
──『文藝春秋』1995年新年特別号
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ここで重要なのは、三好徹氏が当初KAL007便の乗客乗員
がムルマンスク事件のときのようにサハリンに強制着陸させられ
たのではないかと考えたことです。これは、ムルマンスク事件の
ことを知っている人であれば、誰でも考えることです。
三好徹氏といえば、国際的な諜報小説を多く書いている作家と
して知られています。その三好氏をして、この事件については不
可解な部分があまりにも多くあると疑問を抱いているのです。具
体的にはソ連のミサイル発射のあと、KAL007便が成田を呼
び出している事実があることです。
ソ連の空軍機(805号機)がKAL007便にミサイルを発
射し、「目標は破壊された」と地上に報告したのは午前3時26
分01秒のことです。それから、KAL007便が成田(東京ラ
ジオ)を呼び出したのは3時26分57秒のことです。
この56秒間のKAL007便のコックピット内の録音はあり
ますが、ページの関係上、全部を掲載することはできないので、
一部をカットして以下に示します。コックピットと客室内の様子
では何が起きたかまるでわかっていないようです。
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26分06秒:なにが起きたんだ?
10秒:減速スロットル
11秒:エンジン、正常
14秒:着陸ギア
21秒:(音・・自動操縦装置の解除警報音)
22秒:高度上昇
25秒:スピードブレーキが出ている
26秒:なんだ?どうした?
33秒:高度落とせない、できない
34秒:アテンション、緊急降下
40秒:これは作動していない、作動してない
43秒:手動でも作動しない
45秒:エンジンは正常です
49秒:たばこを消してください。緊急降下です
50秒:パワーコンプレッションか?
51秒:本当か
52秒:たばこを消してください。緊急降下です
54秒:本当か?
55秒:酸素マスクをして、ヘッドバンドを調節して
ください
57秒:東京ラジオ、大韓航空007便
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──小山厳著/『ボイスレコーダー撃墜の証言/
大韓航空機事件15年目の真実』/講談社+α文庫
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──[航空機事故の謎を探る/028]
≪画像および関連情報≫
●小山厳著「ボイスレコーダー撃墜の証言」書評
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著者はNHKの記者。大韓航空機撃墜事件のときに稚内通
信部に勤務していたことから、この事件に深くかかわるよう
になったということ。『消えた遺体/大韓航空機事件の10
00日』(講談社、三一書房)という著書があるらしい。
この本は、おそらく、この事件の原因に関する決定的な結
論を述べている本である。その意味では非常に重要なのだけ
れども、それ以外の部分がかなり乱雑な印象を与える記述な
ので、全体的にクレディビリティを落としているように見え
るのが残念だ。
この事件の概略を記しておこう。1983年9月1日、ア
ンカレッジからソウルに向かう北太平洋上の定期航路を飛行
していた大韓航空007便が、ソビエト領サハリン上空に領
空侵犯し、ソ連空軍の戦闘機によって撃墜された。乗員・乗
客は全員死亡した(と推定される)。この事件は、発生後のソ
連とアメリカ、さらには日本の自衛隊の動きが不明瞭だった
こともあって、「謎」があるとされ、さまざまな陰謀説を産
み出してきた。特に一番大きな謎となったのが、この007
便がなぜソ連への領空侵犯を行ったのかということである。
これに関してこれまで提示されてきた仮説を、この本の著者
は3つに分類している。 http://bit.ly/1XLV1jl
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ムルマンスク事件の航路