2003年03月27日

●シュピルマンを支えたものは何か(EJ第1073号)

 『戦場のピアニスト』でのポランスキーの演出で気がつくのは
彼が感情に溺れず、客観的に事実を描写している点です。客観的
な眼差しで、目を覆いたくなるような現実を容赦なく描いていま
す。「もう一度観ますか」といわれたら、遠慮したくなるような
重々しさがこの作品の特徴といえます。
 戦争とホロコーストを描いた映画作品は多くありますが、作品
のスケールとしては、ポランスキーの『戦場のピアニスト』とス
ピルバークの『シンドラーのリスト』の2つになると思います。
この2つはどのように違うのでしょうか。
 『シンドラーのリスト』は、ドイツ人のシンドラーの視点で描
かれていますので、ホココーストの悲劇の全体像を見ることがで
きます。他の戦争とホロコーストを取り上げた作品も同様の視点
です。それに『シンドラーのリスト』の場合、シンドラーはヒー
ロー的な存在であり、実際にそのように描かれています。
 これに対して『戦場のピアニスト』は、隠れ家に身をひそめて
いるシュピルマンという単独者の視点で描いているので、全体を
見ることはできないのです。彼はまるで、ロビンソン・クルーソ
ーのように外界と隔てられていて、情報が極度に不足しているの
です。ゲットーの仲間はどうしているのか、戦争はどうなってい
るのか、戦争はいつ終わるのか、収容所に送られた家族は、どう
なったか――何もわからないのです。
 それに、シュピルマンはシンドラーのようにヒーローではない
のです。ナチスに勇敢に抵抗したわけでもないし、さりとて、収
容所で抹殺された犠牲者でもない。歴史に翻弄されるままに、戦
場において、たった1人で生き抜いたひとりのピアニストに過ぎ
ないのです。そういう点で、『シンドラーのリスト』をはじめと
する他の多くのホロコースト映画と大きく違うのです。
 それに『戦場のピアニスト』では、他の作品がそうであるよう
に、次の図式の押し付けはないのです。
−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−
      加害者=ナチス 被害者=ユダヤ人
−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−
 というのは、シュピルマンの命を救ったのは、同胞から憎まれ
恐れられていたユダヤ人警官ヘラーであり、ナチスの将校ホーゼ
ンフェルトだったからです。ポランスキー監督は、シュピルマン
の原作の中に、悪いポーランド人も、良いドイツ人も出てくるこ
とにとても共鳴していたのです。
 シュピルマンは、家族と一緒に収容所送りになる寸前にユダヤ
人警官のヘラーに列から引っ張り出されて助けられます。家族と
離されて戻ろうとするシュピルマンを警官たちは押し返します。
そして、呆然とするシュピルマンにヘラーは声をかけます。「何
をしてるんだ。早く行け」と。とっさに走りだそうとするシュピ
ルマンにヘラーはさらにいいます。「走るな!歩くんだ!」と。
 実は、これはポランスキーの演出なのです。なぜなら、ポラン
スキー自身が似たような体験をしているからです。ポランスキー
は、幼い頃、クラクフのゲットーを脱出したときにドイツ兵に見
つかってしまったことがあるのです。ところが、そのドイツ兵は
身じろぎひとつしないで、「走らない方がいい」とだけいったの
です。その結果、ポランスキーはゲットーを脱出できたのです。
 この映画は、ユダヤ人がゲットーに送られ、やがて死の収容所
送りになる前半と、ゲットーを脱出したシュピルマンがポーラン
ド人の助けを借りて隠れ家に潜む後半とに分かれています。前半
を「動」とすれば、後半は「静」ということになるのですが、と
くにポランスキーの腕の見せどころは後半なのです。映画は後半
になると、にわかにセリフは少なくなり、その代わり緊張感が増
してきます。
 それでは、シュピルマンはどうしてあの過酷な戦場で生き抜く
ことができたのでしょうか。
 それは、音楽なのです。シュピルマンにとって音楽は信仰その
ものなのです。ドイツ語で「シュピルマン」は、「音楽を演奏す
る人」という意味であり、これは代々伝わる職業的な苗字なので
す。シュピルマンの息子のクリストファー・W・A・シュピルマ
ンは、父親について次のようにいっています。
−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−
  音楽を営む家系に生まれた父は、他の人が神を敬うように、
 音楽を崇拝した。音楽は彼にとって唯一の神様であったと言っ
 ても過言ではない。彼の神様である音楽が、常に彼を守り、彼
 の命を救ったのである。音楽がなければ、あれほど酷い、絶望
 的な状況に置かれた父はおそらく生きる力を失い、発狂したか
 自殺したであろう。音楽が彼に希望を棄てないで、生きる力を
 与えたのである。――クリストファー・W・A・シュピルマン
−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−
 シュピルマンが転々とした隠れ家のひとつにピアノがあったの
です。シュピルマンはそっと蓋を開け、鍵盤を覆っている細長い
布を取りのぞきます。そして、あらわれた白と黒の鍵盤をいつく
しむように眺めます。
 もちろん弾くわけにはいかない――そっと両手を鍵盤の上に置
き、指を浮かせて弾く真似をします。印象的なシーンです。想像
を絶する恐怖と悲しみにさいなまされながら、いつもシュピルマ
ンはピアノの指遣いの練習をしていたのです。いつか弾ける日が
やってくる――シュピルマンはそういう希望を胸に抱き、あの過
酷な戦場で生き延びたのです。
 しかし、それにしても映画の後半は、食料、食料、食料・・・
です。ひたすら生きるために食料を求めて、ピアニストは廃墟に
なった街をさまようのです。後半はセリフも少なく、音楽も控え
目になる。ときどき銃の音が聞こえる――しかし、それでいて映
画はますます緊張感を増していくのです。
 そして、廃墟になった屋敷でシュピルマンはナチスの将校、ヴ
ィルム・ホーゼンフェルト大尉に出会うのです。
             −− [戦場のピアニスト/02]

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posted by 平野 浩 at 00:00| Comment(0) | TrackBack(0) | その他 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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