2015年05月19日

●「山中論文と黄禹錫の論文捏造疑惑」(EJ第4036号)

 iPS細胞が間違いなく作れると確信したとき、山中伸弥教授
が悩んだのは、いつどこで発表すべきかという判断です。科学の
発見は論文として発表されたときに初めて認められるのです。そ
のためには、講演もしなければならないし、しかるべき権威ある
科学雑誌に論文を掲載する必要があるのです。
 結局山中教授が選んだのは、米コロラド州のキーストン・シン
ポジウムであったのです。2006年3月28日のことです。そ
のとき、一番前の席に生命科学分野で最も権威のある「セル」誌
の編集者が座っていましたが、「ネイチャー」誌の編集者は会場
にはいなかったといいます。
 「セル(Cell)」誌は、米国のセル出版が発行している学術雑
誌で、1974年に創刊されています。医学・生化学・分子生物
学など、ライフサイエンス分野における世界最高峰の学術雑誌と
いわれています。
 山中教授は、商業性よりもサイエンスを大事にするセル誌に論
文を発表することに決めていたのです。山中氏はこのキーストン
のシンポジウムでも、4つの遺伝子のうちOct4しか明らかに
せず、あと3つは何だろうということが学者の間で大きな話題に
なったのです。
 論文を科学雑誌に掲載する場合、その分野の専門家に査読者に
なってもらいます。これを「ピア・レビュー」と呼んでいます。
iPS細胞の論文の審査日程は次のようになっています。
─────────────────────────────
   論文受付         2006年4月24日
   審査意見による修正         6月18日
   採択                7月20日
   オンライン発表           8月10日
                     ──黒木登志夫著
 『iPS細胞/不可能を可能にした細胞』/中公新書2314
─────────────────────────────
 投稿からわずか3ヶ月の速さです。これほど革命的な論文でこ
の速さは例外的です。山中教授は慎重に時期を選び、講演にセル
誌の編集者を招くという巧みな戦略でiPS細胞においてプライ
オリティを獲得したのには理由があったのです。
 それは、iPS細胞の論文の発表前後に起きた韓国・ソウル大
学の生物学者で獣医でもある黄禹錫(ファン・ウソク)教授によ
る幹細胞に関する論文捏造事件です。これよって、幹細胞研究に
関して懐疑的な雰囲気ができており、慎重に時期を選ばないと相
手にされない恐れがあったのです。この事件についてふれる必要
があると思います。
 黄禹錫教授らは2004年2月、世界に先駆けてヒトクローン
胚からES細胞を作る実験に成功したと科学雑誌「サイエンス」
誌電子版に発表。卵子242個を使い、1株のES細胞を作った
ことを公表したのです。
 具体的にいうと、核を取り除いたヒトの卵子に、ヒトの皮膚細
胞の核を移植することにより、その胚からヒトES細胞を樹立し
たというのです。
 続いて、2005年5月には再び「サイエンス」誌電子版に患
者のクローン胚からのES細胞作りにも成功したと発表。こちら
は卵子185個を使い、11株のES細胞を作り、その効率の良
さを強調したのです。
 この発表に狂喜した韓国政府は、黄教授に「最高科学者」の称
号を授与し、韓国初の生理学または医学賞でのノーベル賞受賞を
夢見たのです。韓国は、2000年に金大中元大統領がノーベル
平和賞を獲得しただけだったので、受賞への期待は大きく盛り上
がったのです。
 しかし、2005年末からデータの捏造や、実験用の卵子売買
などの数々の疑惑が噴出したのです。そこで、ソウル大学では、
同年12月12日に調査委員会を設立し、実態解明に乗り出すと
発表したのです。そして2006年1月10日、調査に基づく次
の発表を行ったのです。
─────────────────────────────
 黄禹錫教授らがヒトクローン胚からつくったとしたES細胞は
存在せず、データは捏造されていた。
          ──朝日新聞大阪本社科学医療グループ編
       『iPS細胞とはなにか/万能細胞研究の現在』
                  講談社/ブルーバックス
─────────────────────────────
 黄教授は、2006年3月にソウル大学を懲戒免職され、最高
科学者の称号も取り消されたのです。これに追い打ちをかけるよ
うに、研究費を流用したり、不法に実験用の卵子の提供を受けた
りしたとして、業務上横領や生命倫理法違反の罪に問われ、ソウ
ル中央地裁に起訴されたのです。そして、ソウル地裁は2009
年10月に黄氏に対し、懲役2年執行猶予3年の刑をいい渡して
います。これが黄禹錫論文捏造事件のいきさつです。
 これについて、2005年12月24日付、産経新聞は次の報
道を行っています。「やった、やった!」あるいは、「ウリナラ
(わが国)最高!」的な世論の愛国主義が複合的に重なった結果
であると分析しています。
─────────────────────────────
 ◎タイトル:「韓国、過剰な「愛国」暗転」のコラム
  ≪事件の背景≫
   1.韓国でよく見られる成果や業績を急ぐあまりの拙速
   2.国際的な配慮や慎重さを欠いた「やっちゃえ」主義
   3.政権の業績にしたい韓国政府の過剰期待と過剰支援
                  http://bit.ly/1bEzRdj
─────────────────────────────
 山中教授は、この事件の直後であるだけに、論文の提出のタイ
ミングを慎重に探って、それで発表に踏み切ったのです。
             ── [STAP細胞事件/009]

≪画像および関連情報≫
 ●黄禹錫博士の近況/復活を伝える報道
  ───────────────────────────
  2014年に入り、韓国の論文捏造事件の主役・黄禹錫(フ
  ァンウソク)元ソウル大学教授の報道が相次いでいる。ネイ
  チャー2014年1月14日号の記事のタイトルは「クロー
  ニング・カムバック」、サイエンス1月17日号の記事は、
  「ザ・セカンド・アクト(第二幕)」。いずれも、青い手術
  着姿の近影を載せ、一度は表舞台を去った博士の復活を伝え
  ている。ネイチャーに掲載された年表は「上昇、転落、そし
  て上昇の黄禹錫」の題がついている。ソウル大学教授だった
  博士は、2004年にヒトクローン胚から胚性幹(ES)細
  胞をつくったとサイエンスに発表。05年5月、さらに11
  の細胞株をつくったと主張する第二論文を発表した。第一論
  文が出たあと、大統領から最高勲章である「創造章」が与え
  られ、博士の特別記念切手も発行された。第二論文のあとに
  は「第一号最高科学者」に選定された。ソウル大学内では黄
  禹錫研究所の建設が始まり、「世界ES細胞ハブ」も大学病
  院内にできた。しかし、卵子の入手方法が倫理的でないとい
  う疑念が欧米の研究者の間に広まっていった。通常のES細
  胞は体外受精で使われなかった受精卵から作る。ヒトクロー
  ン胚は第三者の細胞核を未受精卵の核に入れ替えて作るので
  未受精卵を入手する必要がある。その未受精卵をどうやって
  手に入れるのか。自分に直接のメリットがないのに卵子を取
  り出して提供する女性がたくさんいるとは考えにくい。謝礼
  欲しさに提供するのは、倫理にもとるというのが欧米の常識
  だった。遂に06年11月に共同研究者のジェラルド・シャ
  ッテン米ピッツバーグ大教授が博士との決別を宣言する。
                   http://bit.ly/1JO7ZFy
  ───────────────────────────

元ソウル大学黄禹錫教授.jpg
元ソウル大学黄禹錫教授
posted by 平野 浩 at 03:00| Comment(0) | TrackBack(0) | STAP細胞事件 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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