2015年05月13日

●「世界中の研究者が目指す万能細胞」(EJ第4032号)

 2015年5月8日付の朝日新聞は、近畿大発生生物学の岡村
大治講師らの研究グループのES細胞に関する論文が、7日付で
『ネイチャー』誌電子版に掲載されたことを伝えています。
 簡単に論文の内容を説明するとこうなります。ヒトのES細胞
を独自の方法で培養したうえでマウスの子宮に着床した胚を取り
出し、そこに移植したのです。その胚を試験管で1日半培養した
ところ、ヒトES細胞はマウスの細胞と混じり、神経や筋肉など
に成長する細胞に分化することが確認できたというものです。
 これまで、ヒトES細胞をブタなどの動物の胚に入れて人間の
臓器を作ることができれば、高度な再生医療が可能になると期待
されていたのですが、人間とは異なる種の細胞を混ぜた状態で成
長させることはできなかったのです。
 そういう意味で、今回の岡村大治グループの成果は、人間とは
異なる種の細胞を混ぜた状態でも神経や筋肉に成長させる可能性
を示したことは大いに意義があることです。しかし、その取り出
した胚を動物の体内に戻して成長させる技術は確立されていない
のです。これについて岡村氏は次のようにコメントしています。
─────────────────────────────
 人間の細胞が着床後にどのようにして分化していくのかを詳
 しく調べられるので、人間の発生学の研究には大きな前進に
 なる。       ──近畿大発生生物学の岡村大治講師
                  http://bit.ly/1FSFBDd
─────────────────────────────
 このES細胞に対して、山中伸弥教授の開発したiPS細胞は
受精卵には触れていないことが大きな特色です。iPS細胞につ
いても、正式な名称を覚える必要があります。
─────────────────────────────
   iPS細胞 ─→ induced pluripotent stem cell
   人工多能性幹細胞
─────────────────────────────
 「induced」 は直訳すると「誘導された」、「pluripoten」は
「多能性」、「stem cell」 幹細胞という意味です。すなわち、
特定の4種類の遺伝子を人工的に体細胞に導入して作った多能性
を持つ細胞という意味になります。
 ちなみに、なぜ「i」だけ小文字にしたのかというと、ちょう
どそのとき大流行しつつあったアップルの「iPod」のように
広く普及して欲しいという願いを込めた命名だったと山中伸弥氏
自身が打ち明けています。
 1999年12月のことですが、山中伸弥氏は奈良先端科学技
術大学院大学に助教授として採用され、自分の研究室を持ったの
です。思えば、これがiPS細胞の発見に結びつくことになるの
です。自分の研究室を持つということは、上に立つ教授がおらず
自分の裁量で研究を進めることができるのです。
 奈良先端科学技術大学院大学は、学生は他の大学を卒業して大
学院生として入学してくるのです。それらの大学院生は、入学直
後に自分が希望する研究室を選び、所属する仕組みになっている
のです。そのため、各研究室長は自らの研究を紹介し、研究室に
勧誘するプレゼンを行う必要があります。
 当時山中助教授は、まったく無名の研究者に過ぎず、プレゼン
でよほどがんばらないと、学生が一人もいない研究室になってし
まう恐れがあったのです。人手が足りないと研究が進まず、研究
室の存亡にかかわると山中氏は危機感を持ったといいます。この
ときの山中氏の心境を朝日新聞大阪本社科学医療グループは、次
のように書いています。
─────────────────────────────
 「はったりでもよい。夢のある研究を。夢のある大きなテーマ
を掲げれば、だまされてくる学生がいるかもしれんなあ」。
 自らの研究を紹介し、研究室への勧誘をするプレゼンテーショ
ンで、山中さんがぶち上げたのが、体細胞の時計の針を巻き戻し
て、多能性のある細胞をつくる研究テーマだった。
 そのためには、すでに知られていた万能細胞のES細胞を徹底
的に調べるのが近道だ。しかし、ES細胞からさまざまな種類の
細胞に変化させる研究は、すでに世界中で進んでいた。「じゃあ
逆を行く」。すでに分化した体細胞を、ES細胞のような多能性
を持つ細胞に巻き戻そう。山中さんはそう考えた。
          ──朝日新聞大阪本社科学医療グループ編
       『iPS細胞とはなにか/万能細胞研究の現在』
                  講談社/ブルーバックス
─────────────────────────────
 山中氏の必死のプレゼンの結果、3人の学生が山中研究室を選
んで入ってくれたのです。そのなかには、iPS細胞発見に重要
な働きをする高橋和利氏も含まれていたのです。iPS細胞の研
究はここからスタートしたのです。
 山中伸弥氏が、奈良先端科学技術大学院大学で研究室をスター
トさせた2000年の時点では、同じ先端科学の研究者の道を目
指し、ES細胞の研究で輝かしい業績を上げながら、2014年
8月に不可解な自殺を遂げた笹井芳樹氏は、京都大学再生医科学
研究所教授との兼務で理化学研究所発生・再生科学総合研究セン
ター(CDB)のグループディレクターに就任しているのです。
 この2人の研究者は、同じ関西の出身で、日本が世界に誇る前
途を嘱望される優れた研究者だったのです。
─────────────────────────────
     ◎笹井芳樹氏/1962年3月5日生まれ
       1986年3月/京都大学医学部卒業
     ◎山中伸弥氏/1962年9月4日生まれ
       1987年3月/神戸大学医学部卒業
─────────────────────────────
 STAP細胞事件は、このまったく同年齢の研究者の存在と無
関係ではないのです。2000年には笹井芳樹氏は既にES細胞
研究で有名だったのです。 ── [STAP細胞事件/005]

≪画像および関連情報≫
 ●「成功の鍵」/イベント・フォーラム
  ───────────────────────────
   iPS細胞という技術は、2006年にマウスで、そして
  07年に人間でできた比較的新しい技術です。ネズミや人間
  の皮膚細胞、または血液細胞を採ってきて、四つの遺伝子を
  導入すると、1か月くらいして、iPS細胞という元の皮膚
  や血液とは能力も性質も全く違う幹細胞に変わります。ほぼ
  無限に増やせ、体のいろいろな細胞を作ることができます。
  なぜ日本の私たちが成功できたかというと、二つの鍵があっ
  たと思います。一つは、私が37歳の時でしたが、1999
  年に奈良にある先端科学技術大学院大学で主任研究者として
  採用されました。すなわち、30代で独立して自由に研究を
  するチャンスを与えられたこと。もう一つは、日本医療研究
  開発機構(AMED)と同じような文部科学省のファンディ
  ングエージェンシー(資金供与機関)であるJST(科学技
  術振興機構)から年間5000万円、年によっては1億円と
  いう非常に大きな研究費を5年間受けられたことです。大型
  の研究費をいただいて、考え方が変わったことを覚えていま
  す。京都大学iPS細胞研究所は今、二つの方向で医療への
  応用を目指しています。一つはiPS細胞を変化させて作っ
  た細胞や組織を患者に移植して治療する「再生医療」です。
                   http://bit.ly/1Jv6dZW
  ───────────────────────────

「iPS細胞とはなにか」.jpg
「iPS細胞とはなにか」
posted by 平野 浩 at 03:00| Comment(0) | TrackBack(0) | STAP細胞事件 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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