2005年06月07日

『何日君再来』はなぜヒットしたか(EJ1607号)

 「何日君再来」についてもう少し書くことにします。それはこ
の曲を最初に歌ったチョウ・シュアンに関することです。なお、
EJで中国や韓国のことを取り上げるときに一番苦労するのは漢
字です。テレサ・テンを漢字表記したとき、ウェブ上では表記で
きても印刷すると文字が欠落してしまったりします。そのため、
長くはなりますが、カナ字で表記することにします。
 「何日君再来」がどんな歌か知らない人も多いと思います。歌
の話をしているのに、肝心の歌を知らないのでは興味が湧かない
と思いますので、「何日君再来」のメロディを最初に聴いてくだ
さい。巻末のアドレスをクリックすると、「何日君再来」のメロ
ディ(演奏のみ)を聴くことができます。聴いたうえで読んでい
ただきたいと思います。
 「何日君再来」を最初に歌ったとされる上海歌手チョウ・シュ
アンについては、次の本で詳しく知ることができます。1988
年に出版された本です。
−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−
      中薗英助著
      『何日君再来物語』河出書房新社
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 この本ではこの曲に関する昨日のEJで述べたいきさつが詳し
く述べられています。ところでこの曲の作者は誰なのか――これ
については長い間にわたって不明なのですが、中薗氏はその作者
を追求して突きとめ、その背後に潜むある黒い影の存在に気がつ
くといった興味ある内容になっています。
 この本には「何日君再来」を最初に歌ったチョウ・シュアンに
ついても知ることができます。
 チョウ・シュアンは、1918年生まれであり、中国の極貧の
の家に生まれ、上海の周家の養女になります。小さいときから舞
踊団に入って歌を歌うことをはじめるのです。1932年の「一
・二八事変(第一次上海事変)」の少し前、愛国歌「民族之光」
――歌詞に「敵を手玉にとって倒す」という部分がある――を歌
って時の政府から高い評価を受けるのです。
 それまでチョウ・シュアンという名前は「周旋」と書いていた
のですが、政府は「旋」に「王」という字をへんとして与えてい
るのです(下に載せたチョウ・シュアン画像参照)。
 しかし、チョウ・シュアンの名前を決定的に有名にしたのは、
やはり「何日君再来」を歌ってからです。この歌によって、チョ
ウ・シュアンは「中国のリリー・マルレーン」と呼ばれるように
なるのです。1987年11月にTBSテレビがチョウ・シュア
ンのドキュメンタリーを取り上げたことがあります。このときベ
ースになったのも中薗氏の『何日君再来物語』だったのです。
 私は残念ながらチョウ・シュアンの「何日君再来」を聴いたこ
とがないのですが、繊細な感じのソプラノであるといわれていま
す。その歌はまさに中国の歌そのものという感じですが、これに
対してテレサ・テンのそれは多くの楽器を使い、巧みな編曲が施
されてチョウ・シュアンの歌よりも「何日君再来」のメロディが
格段に美しく聞こえます。
 テレサ・テンは「何日君再来」を何回もレコーディングしてい
るのですが、そのたびに彼女はいろいろな工夫を施して歌ってい
ると香港のプロデューサーはいっています。中国の伝統的な歌唱
法を意識して艶のある声で歌い上げているのです。
 テレサ・テンによる「何日君再来」が、なぜ中国大陸に幅広く
普及し、多くの中国人からもてはやされ、親しまれたかについて
は、次の2つの理由があります。
−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−
 1.日本の録音技術により、制作されたカセットテープの音質
   が非常に優れていたこと
 2.文化大革命の混乱が収束しつつある中で、人々は政治色の
   ない歌を求めていたこと
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 「何日君再来」に限らず、テレサ・テンの歌の録音には日本の
優れた録音技術が使われています。そのため、大量にダビングが
行われ、それがすさまじい勢いで市場に大幅に出回ったのではな
いかといわれるのです。
 平野久美子氏の著書である『華人歌星伝説/テレサ・テンが見
た夢』(晶文社刊)には、台湾淡江大学米国研究所のトーマス・
リー教授の次の意見が掲載されています。
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 テレサ・テンの歌が大陸に入ったのは、文化大革命の混乱がよ
 うやく収束に向かって、人々が平和で穏やかな社会をむかえた
 がっていた時期なのです。そこに政治色のない、ごく普通の人
 間の感情を歌った曲が、やさしく訴えるような調子で流れてき
 た。大陸の人々はそういう歌に飢えていたのだと思いますね。
                  ――トーマス・リー教授
−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−
 何しろ文化大革命といえば、死者1000万人、被害者1億人
経済的損失5000億元といわれるのです。テレサ・テンの歌は
この文化大革命の終焉と深く関与しているのです。
 誰でもイデオロギー色の強い歌ばかりを歌わされていれば、情
緒が枯れてしまうものです。そういうときに台湾や香港から流れ
てくる歌は中国の人にとって精神安定剤として機能したといえる
のです。テレサ・テンの歌い方は北京語の発音が明確であり、歌
の意味がよく聞き取れることに加え、攻撃性が皆無であることや
やさしく感性に訴えてくる特徴があり、誰でも受け入れられるも
のを持っていたといえます。
 このようにして、台湾の歌手テレサ・テンの名声は揺ぎないも
のになっていったのです。テレサ・テンが亡くなったとき、新聞
は一斉に「何日君再来」の見出しを掲げたといわれます。いうま
でもなく、この「君」はテレサ・テンを指しており、彼女がいつ
の日か帰ることを願ったのです。


≪画像および関連情報≫
 ・「何日君再来」の聴いてみよう/アドレスをクリック
  音が出ないときは、もう一度やってみてください。
  
 http://www.sakura.cc.tsukuba.ac.jp/~yamakiyo/BGM-heriqunzailai.htm

1607号.jpg
posted by 平野 浩 at 08:54| Comment(0) | TrackBack(0) | テレサ・テン | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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