2007年05月10日

●ブラウザの価格はどう決められたか(EJ第2076号)

 モザイク・コミュニケーションズ社の経営陣を強化するために
ジム・クラークと協力して動いていたのは、ジョン・ドーアとい
う人物です。ジョン・ドーアは、クライナー・パーキンズ・コー
フィールド&バイヤーズ(KP)という有名なベンチャー・キャ
ピタルです。ドーアとクラークは、クラークのスタンフォード時
代からの知り合いであり、きわめて親しかったのです。
 モザイク・コミュニケーションズ社のCEOとして目をつけて
いたバークスデールにクラークは、ドーアを通じて面会を申し入
れ、シアトルで会うことに成功しています。バークスデールは、
フォーチューン誌の特集を読んでおり、モザイク・コミュニケー
ションズ社には興味を持っていたといいます。
 会談は成功だったのですが、バークスデールは、マッコーとA
T&Tとの合併の決着がつくまでは、新しい事業には加われない
という返事だったのです。しかし、バークスデールの気持ちに大
きな楔を打ち込むことには成功したのです。
 その間開発の方は不眠不休で急ピッチで進行していたのです。
マック版、ウインドウズ版、UNIX版のブラウザが同時に制作
されていたのです。とくに「モザイク・キラー」と名付けていた
ように、モザイクをはるかに凌駕することに重点が置かれていた
のです。制作の様子をロバート・リードの著書からひろってみる
ことにします。
―――――――――――――――――――――――――――――
 ソフトの性能を試すため、インターネット中からウェブ・ペー
 ジを呼びだし、ストップ・ウォッチで読み込むのにかかる時間
 を測った。各チーム同士で、またNCSAのモザイクと競争し
 ていたが、NCSAにははやい時点から圧勝していた。
            ――ロバート・リード著/山崎洋一訳
   『インターネット激動の1000日』上巻 日経BP社刊
―――――――――――――――――――――――――――――
 1994年の秋にドーアの紹介で、マイク・ホーマーがマーケ
ティング担当の副社長として入社し、早速価格設定に取り組んだ
のです。ホーマーはアップル社で9年間もマーケティングの仕事
をしてきたベテランです。
 マイク・ホーマーは、2つのサーバー製品とブラウザの価格を
次のように提案したのです。
―――――――――――――――――――――――――――――
 基本サーバー/コミュニケーションズ・サーバー
            ・・・・・・・・・ 1500ドル
 上級サーバー/コマース・サーバー
            ・・・・・・・・・ 5000ドル
 ブラウザ       ・・・・・・・・・   39ドル
―――――――――――――――――――――――――――――
 基本サーバーと上級サーバーの違いは、上級サーバーについて
は、同社独自のセキュア・ソケット・レイヤー(SSL)技術に
よって暗号化できる点です。これによって、消費者がクレジット
カードの番号などを安全に送れるのです。
 価格設定で難しいことは、サーバー、ブラウザともにCERN
やNCSAが無料で提供していたことです。とくに難しいのは、
ブラウザの価格です。ブラウザについてアンドリーセンは、つね
日頃からマイクロソフトのOS戦略になぞらえて、次のように考
えていたのです。
―――――――――――――――――――――――――――――
 すべての製品の成功のカギは、ナビゲーター(ブラウザ)を広
 めることにあるとわかっていたからだ。それが、会社に勢いを
 つける方法だった。ナビゲーターは、事業の幅広いプラット・
 フォームになるからだ。それがマイクロソフトの教訓だ。基本
 製品が広く普及すれば、さまざまなオプションを提供し、そこ
 からさまざまな方法で利益が得られる。普及した製品自体も利
 益になるが、そこから派生した製品も利益になる。重要な教訓
 のひとつは、現在の市場シェアが将来の売り上げであり、いま
 市場シェアを獲得しなければ、将来売り上げを得られないこと
 だ。もうひとつ重要な教訓は、数を制したものが最後に勝つこ
 とだ。これは、はっきりしている。   ――アンドリーセン
            ――ロバート・リード著/山崎洋一訳
   『インターネット激動の1000日』上巻 日経BP社刊
―――――――――――――――――――――――――――――
 こういう考え方を持つアンドリーセンとしては、何としてもブ
ラウザは普及させて圧倒的な市場シェアを取る必要があったので
す。そのためには、競争相手が無料で提供しているのに代金をと
るのでは勝負にならない――といっても、一度無料にしてしまう
と、後から有料にできないのです。結局、マーケティング担当の
ホーマーがたどりついたのは「無料だが有料」というヘンな結論
だったのです。
 当初個人として使うときは無料だが、営利目的で使うときは有
料という案が出されたのですが、不明確な部分が多すぎるとして
結局、ブラウザについては、学生や教育者向けは無料、他のユー
ザは有料にしたのです。
 しかし、無料で使う余地を残したのです。例えば、ベーター版
(完成前のテスト版)は誰でも無料で入手できるようにし、製品
購入のケースでも90日間の試用期間を設けて、事実上無料でも
使えるようにしたのです。90日過ぎてもプロテクトをかけない
で使えるようにしたのです。しかし、企業として導入するような
場合は、もちろん有料という措置をとったのです。これが「無料
だが有料」というコンセプトです。
 このようにして、1994年10月には収益モデルは確定し、
ブラウザの最初のベータ版をWWWで公開する準備がすべて整っ
たのです。しかし、そういうモザイク・コミュニケーションズ社
に対して、イリノイ大学のNCSAとスパイグラス社が、やっか
いなことをいってきたのです。これについては、明日のEJでお
話しします。  ―― [インターネットの歴史 Part2/42]


≪画像および関連情報≫
 ・ベーター版について
  ―――――――――――――――――――――――――――
  ソフトウェアの開発途上版のこと。特に、製品版――無償ソ
  フトウェアの場合は正式配布版の直前段階の評価版として関
  係者や重要顧客などに配布され、性能や機能、使い勝手など
  を評価される版を言う。ベータ版は他の開発途上版と比べて
  重点的にバグ――プログラムの誤り――を解消しており、正
  式版の機能を一通り備えた完成品に近い状態だが、バグがあ
  ったりシステムに影響を与える場合があるため扱いには注意
  が必要である。また、一定期間が過ぎると使えなくなるベー
  タ版もある。             ――IT用語辞典
  ―――――――――――――――――――――――――――

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posted by 平野 浩 at 05:02| Comment(0) | TrackBack(0) | インターネットの歴史 Part2 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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