2007年05月08日

クラークとアンドリーセンの出会い(EJ第2074号)

 米カルフォルニア州のマウンテン・ビュー市――今をときめく
グーグルの本社のある場所です。ここで、マーク・アンドリーセ
ンとジム・クラークは運命的な出会いをすることになります。
 ジム・クラークという人物について、ロバート・リードは次の
ように紹介しています。
―――――――――――――――――――――――――――――
 ジム・クラークは、マウンテン・ビューの東側の埋め立て地近
 くに本社を置く野心的なハイテク企業のひとつ、シリコン・グ
 ラフィックス(SGI)の創業者で、頭が切れて行動力があり
 きわめて率直にものをいう人物だ。
            ――ロバート・リード著/山崎洋一訳
   『インターネット激動の1000日』上巻 日経BP社刊
―――――――――――――――――――――――――――――
 ジム・クラークは、高校を卒業すると海軍に入り、海軍の支援
と自らの努力で大学に進学しています。そして、1974年にユ
タ大学でコンピュータ科学の博士号をとったのです。
 それから何年かは、クラークはカルフォルニア大学のロサンゼ
ンルス校、続いてスタンフォード大学で助教授として教鞭をとっ
ています。専門は3Dのビジュアライゼーションとコンピュータ
・グラフィックスだったのです。当時の最先端の技術です。
 しかし、クラークは学者の生活には合わなかったとして後年次
のように語っています。
―――――――――――――――――――――――――――――
 私はビジネスの尺度が好きなんだ。それは金だ。全く単純なん
 だ。金は儲けるか、儲けないかの2つに1つしかない。大学の
 尺度は学内政治だ。          ――ジム・クラーク
    ――脇英世著、『インターネットを創った人たち』より
                         青土社刊
―――――――――――――――――――――――――――――
 1981年にクラークは「機は熟した」として、数人の優秀な
大学院生を雇って会社を創業したのです。それがシリコン・グラ
フィックス(SGI)なのです。
 SGIは、高級品市場を支配し、企業として大成功を収めたの
です。SGIの名前を世界的に有名にしたのは映画『ジュラシッ
ク・パーク』のCGによる恐竜たちです。しかし、その頂点でク
ラークはマイクロソフトをはじめとするPC業界の動きを見て、
何かが違うと感じていたのです。自らのリーダーシップでそれま
で導いてきたSGIの高級PC戦略――ワークステーションでは
なく、今後は高機能にして小型で低価格なPCが必要ではないか
と考えはじめていたのです。
 しかし、早くから実務から退いていたクラークは、SGIの幹
部を説得してその方向に持って行くことができなかったのです。
それはSGIにとって180度転換を意味していたからです。そ
ういう経緯で、クラークはSGIを辞めて新しい事業をはじめよ
うと考えたのです。そして、何をするのかをはっきり決めないま
ま、1994年1月にSGIを辞めたのです。
 クラークが会社を辞める日、彼はSGIで最も信頼していたビ
ル・フォスという部下を部屋に呼んだのです。そして、誰か優秀
な技術者はいないかと聞いたのです。クラークが知ってる優秀な
技術者はすべてSGIに入れてしまっていたからです。
 そのときフォスの頭に浮んだのが、あのマーク・アンドリーセ
ンだったのです。直接会ったことはなかったのですが、彼がNC
SAを辞めて、マウンテン・ビューにきていることを知っていた
からです。フォスは早速アンドリーセンの電話番号とメールアド
レスを調べて、メモをクラークに渡し、優秀な技術者だから会っ
てみてはどうかと勧めたのです。
 フォスは、PCにモザイクをダウンロードして立ち上げ、ネッ
トに接続し、マウスをクラークに託したのです。クラークはこの
ときはじめてWWWを見たのです。クラークは身を乗り出し、目
を細めて画面を見つめたのです。そして「うーん、これは・・・
凄い」と唸るクラークの声を後にフォスはクラークの部屋を辞去
したのです。
 1994年2月、ジム・クラークはアンドリーセンに対して後
に有名になる次の電子メールを送るのです。
―――――――――――――――――――――――――――――
 マーク:
 ご存じないかもしれませんが、私はSGIの創業者で前会長で
 す。最近の報道でご覧になっているかと思いますが、私はSG
 Iを去りました。私は新しい会社を計画しています。ご一緒に
 やれる可能性を議論したいと思います。 ――ジム・クラーク
―――――――――――――――――――――――――――――
 10分後にアンドリーセンからの次の短い返事がきたのです。
―――――――――――――――――――――――――――――
 ジム:
 もちろんです。どこでお会いしましょうか?
                ――マーク・アンドリーセン
―――――――――――――――――――――――――――――
 クラークとアンドリーセンは、翌朝午前7時30分にパロアル
トのカフェ・ベローチで会ったのです。話し合いは成功で、2人
は新会社の設立で協力し合うことになったのです。
 クラークは、新事業の計画を話し合う非公式プロジェクト――
SGIのメンバーがほとんど――にアンドリーセンを参加させ、
討議を重ねています。その中には、あのフォスもいたのです。
 そのときプロジェクトのメンバーは、インターネットのもたら
す市場が尋常なものではないことはわかっていたが、「インター
ネットでは誰も金儲けできない」というそのときの常識をどのよ
うにして超えるかが話題となったのです。クラークはメンバーの
発言に熱心に耳を傾けていたといいます。そして、クラークは最
終的に決断します。「何はともあれ、WWWをやろう」と。方針
は決まったのです。   
―― [インターネットの歴史 Part2/40]


≪画像および関連情報≫
 ・映画版『ジュラシック・パーク』について
  ―――――――――――――――――――――――――――
  マイケル・クライトンによる小説はスティーブン・スピルバ
  ーグにより1993年に映画化された。米国をはじめ日本な
  ど世界各地でヒットし、以降、恐竜を扱った映画の代名詞と
  も言える存在感を持つことになる。この映画で活発的な恐竜
  というイメージが一般にも急速に普及し、定着していくこと
  になる。              ――ウィキペディア
  ―――――――――――――――――――――――――――

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posted by 平野 浩 at 06:21| Comment(0) | TrackBack(0) | インターネットの歴史 Part2 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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