ターネットにあまり熱心ではなかったという話はこの連載で既に
何回もしています。この間の事情について、元米マイクロソフト
社の副社長をしていた古川亨氏の言を聞いてみましょう。
古川亨氏は、アスキー社に勤務した8年のうち6年間はマイク
ロソフト社の仕事をし、さらにマイクロソフト社の日本法人の社
長として、それから米マイクロソフト社の副社長として19年間
計25年間もの長い間マイクロソフト社に関わるビジネスをして
きた人です。
その古川氏は、ウインドウズ95が発売される直前のビル・ゲ
イツについて雑誌社のインタビューで次のように語っています。
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1994年頃のビル・ゲイツは、自由にブラウジングできる環
境でコミュニケーションや情報共有の仕方が変わるんだといく
ら説いても、興味を持ちませんでした。「インターネットなん
て何の富も生まないし、ビジネスとして成功するチャンスがな
いものに、会社として取り組んだり、ユーザが時間を使ったり
することに何の価値も見出せない」と、頑なにいわれました。
――古川亨氏
『インターネット・マガジン/2006年5月号/終号』
インプレス社刊
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しかし、それが間違いだと気付いた瞬間のビル・ゲイツの転進
は実に早かったのですが、古川氏はそれはネイサン・ミアボルト
という社員の書いたレポートをビルが読んだことが決断のきっか
けになったと次のように述べています。古川氏でないと聞けない
話であり、少し長くなりますが、引用します。
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あの頃、ネイサン・ミアボルトという突出した天才児がいたの
ですが、その影響が大きかったです。彼は、スティーブン・ホ
ーキングのゴースト・ライターをやっていました。ホーキング
が宇宙物理学でノーベル賞を受賞して、同じ分野ではもうノー
ベル賞は出ないだろうと考えて、マイクロソフトに入ってリサ
ーチ部門を創設したという経歴があります。マルチタスクOS
としてのウインドウズNT、トゥルータイプ・フォント、音声
認識、カラーマネジメント、データベース、分散処理などいろ
いろな研究分野がありますが、そのほとんどは彼が研究の起源
となり、研究員となる人材を世界中から探し出してマイクロソ
フトへ招聘していました。彼が会社を去る前後に、インターネ
ットに関してこのまま放置しておくと、マイクロソフトにとっ
て大変なことになるぞというレポートがビル・ゲイツに上がっ
てきました。それをビル・ゲイツが吟味して、インターネット
にコミットすべく舵を切ったというわけです。
――古川亨氏/上掲『インターネット・マガジン』より
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確かにあのときのマイクロソフト社の方針転換は素早かったし
それが正しかったからこそ同社は業界トップの地位に君臨してい
ますが、これから先はどうなるのでしょうか。現在は、あのとき
よりもはるかに大きな変換点に立っていると思うからです。今回
もあのときのように、素早く転換できるのでしょうか。
これに対する古川氏の答えは否定的です。彼は「マイクロソフ
トのリーダーシップは完全に失速状態」であると指摘し、その原
因は、マイクロソフトとインテルの補完関係が変質していること
であるといっています。
今までは、ソフトウェアの立場からマイクロソフトが貢献し、
ハードウェアにおけるリーダーシップを発揮していたインテルと
緊密な補完関係にあったのです。つまり、ウィンテルがこのIT
業界を仕切っていたといえます。しかし、そのインテルとの関係
が変質しているといっているのです。
確かに最近のインテルは、マッキントッシュのプラットフォー
ム(OS)においてもCPUを提供していますし、インテルとし
ては、ウインドウズにのみ依存しているわけではないことをこれ
みよがしに示しつつあります。
このままいくと、IPネットワークが通信・コミュニケーショ
ンの道具としてだけでなく、放送を中継するパイプになることが
見え始めた重要な時期に、どういう提案をしてリーダーシップを
発揮するかという重責をインテルに明け渡してしまうことになる
――古川氏はこういっているわけです。
それでは、なぜそういうことになったかについて、古川氏は次
のようにいっています。
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マイクロソフトは、技術の動向を捕捉しきれていないというこ
とでしょう。世界にどういう技術が既に存在しているのかを勉
強したり、それらを自分で使ってみるといったことをしていれ
ば、何か学ぶことがあるはずです。インダストリーの中で望ま
れていることに対して、マイクロソフトが何を学び、何を採択
し、自らを創造し、それを社会に提案していくという感度が、
鈍ってきているのではないでしょうか。
――古川亨氏/上掲『インターネット・マガジン』より
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鳴り物入りで発売したウインドウズ・ビスタの売れ行きが今ひ
とつのようです。いかにデファクト・スタンダードであるとはい
え、ひとつのOSの閉じた世界に顧客を押し込めるということは
現在のオープンの世界にはなじまなくなってきているのではない
でしょうか。
モザイクが登場し、それがネットスケープ・ナビゲータという
かたちになって世にあらわれたとき、マイクロソフト社はそれを
力で押さえつけて勝利しましたが、肝心のオープンの世界への対
応はできていなかったのではないかと思います。それは古川氏の
言葉によくあらわれています。
[インターネットの歴史 Part2/39]
≪画像および関連情報≫
・ウィンテルとは何か
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90年代以降のPC市場では、OSはマイクロソフトのウイ
ンドウズ、CPUはインテルのセレロンやペンティアム系列
の製品がデファクトスタンダードになってきた。そのため、
PC市場のさまざまな面でこの2社は強大な影響力を保持し
てきているため、この体制を指してしばしば「ウィンテル」
と呼ばれる。ただし昨今では、CPUでは米AMDのアスロ
ンなどインテル互換製品の勢力が伸ばしており、他方OSに
においてもオープンソースのリナックスが注目され、インテ
ルがサーバー向けCPUでリナックス・サポートを進めるな
どしており、マイクロソフトとインテル社の関係は必ずしも
一枚岩とは言えない。 ――IT用語辞典より
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