2014年08月11日

●「『非対称情報の経済学』とは何か」(EJ第3851号)

 銀行の「信用創造」を重視する経済学を提唱したのは。オース
トリア学派の経済学者たちですが、なかでも代表的な経済学者の
一人がフリードリヒ・ハイエクです。ハイエクは、1970年代
から1980年代にかけて、米国の経済学界を支配した経済学者
の一人であるといってよいと思います。
 ハイエクの初期の論文のなかから、信用創造について言及して
いる部分を抜き出してみます。
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 ◎貨幣量の増加をもたらす三つの方法の中で最も重要なのは
  現在の観点から見て銀行による信用創造である。
 ◎恐慌の発生には、銀行が信用量の拡大を止めるだけで十分
  である。そうすれば遅かれ早かれ、恐慌は発生する。
  ──「貨幣理論と景気循環」(フリードリヒ・ハイエク)
    ──吉田祐二著/『日銀/円の王権』/学習研究社刊
―――――――――――――――――――――――――――――
 企業家の行う不断のイノベーション(革新)が経済を変動させ
るという理論を構築し、経済成長の創案者でもあるオーストリア
学派の経済学者、ヨーゼフ・アロイス・シュンペーターも、その
企業家の革新には銀行の信用創造の裏打ちが必要であるとして、
次のように述べています。
―――――――――――――――――――――――――――――
 銀行家は単に購買力という商品の仲介商人なのではなく、ま
 たこれを第一義とするのではなく、なによりもこの商品の生
 産者である。彼は新結合の遂行を可能にし、いわば国民経済
 の名において新結合を遂行する全権能を与える。
         ──ヨーゼフ・アロイス・シュンペーター
                  http://bit.ly/1flzTrW
―――――――――――――――――――――――――――――
 しかし、この当時主流であった信用創造を重視する経済学は、
ケインズの登場によって、理論的枠組のパラダイム変換が起こり
すっかり廃れてしまったのです。その一方において、その方が都
合の良いと考える向きもあったのです。その向きとは何かについ
ては、この段階では伏せておきます。
 21世紀になると、ノーベル賞受賞経済学者のジョセフ・E・
スティグリッツ教授は、新しい経済学を発表したのです。それは
次の著書において論じられています。
―――――――――――――――――――――――――――――
 J.E.スティグリッツ/B.C.グリーンワールド/内藤純一訳
  『新しい金融論──信用と情報の経済学』/東京大学出版会
―――――――――――――――――――――――――――――
 この論文のなかに「非対称情報の経済学」というものが論じら
れているのです。この論文による経済分析の発展に対する貢献で
ジョセフ・E・スティグリッツ教授は、他の2人の米国の経済学
者とともにノーベル経済学賞が与えられたのです。
 「非対称情報の経済学」については、次の本でやさしく解説さ
れています。著者の藪下史郎早稲田大学教授は、スティグリッツ
教授の直弟子です。
―――――――――――――――――――――――――――――
                 藪下史郎著/光文社新書
  『非対称情報の経済学―スティグリッツと新しい経済学』
―――――――――――――――――――――――――――――
 非対称情報の経済学とは何でしょうか。
 市場では「売り手」と「買い手」が対峙しますが、一般には売
り手がほぼ一方的に情報を保有しており、買い手は十分の情報を
保有できないため、ここに大きな格差が生まれます。
 中古車市場を例にとります。中古車市場では、買い手は欠陥の
ない車か、ある車かの情報を持っておらず、すべての情報が売り
手に握られています。このように、売り手のみが欠点を知り、買
い手の側は欠点を知る術がない格差のある環境を「情報の非対称
性」というのです。これについての定義をまとめておきます。
―――――――――――――――――――――――――――――
 情報の非対称性は、経済取引における主体者間(例えば企業と
 消費者)に存在する情報格差を指す言葉である。主体者間に情
 報格差が存在する場合、効率的な経済取引が阻害され、社会的
 損失を生み出す可能性が存在する。   ──ウィキペディア
―――――――――――――――――――――――――――――
 スティグリッツ教授は、金融の世界にも「情報の非対称性」が
存在することを『新しい金融論──信用と情報の経済学』で指摘
しています。それは、銀行と企業の間にあるとしています。
 銀行と企業の間での信用の市場は、経済学で説くところの「需
要と供給の一致」の当てはまらない市場であるというのです。そ
こは、貸し手が絶対的に有利で、借り手が絶対的に不利な市場で
あって、非対称情報が支配する市場なのです。
 銀行は企業が資金を借りにきたとき、貸すかどうかを一方的に
決めることができます。つまり、銀行は貸したいとき、貸したい
相手に、貸したい額を貸す一方的な市場です。銀行はそういう市
場を支配しているのです。この情報の非対称の市場は、銀行と企
業の間だけではなく、中央銀行と銀行との関係に見ることができ
ます。日銀は、民間銀行に対して絶対的な権力を持っているので
す。しかし、その本当の力は世間には隠されているといえます。
 かつての一万田日銀総裁は、「日銀は鎮守の森のように静かで
目立たぬほうがよい」と部下に教えていたということは既に述べ
ましたが、それは、日銀が凄い力を持っていることを決して世間
には悟られてはならないという教えです。しかし、やらなければ
ならないときはそれを使うという意思を秘めています。
 そういう意味から、戦後に一万田日銀総裁が実施した「窓口指
導」というものをもう一度ていねいに調べ直してみる必要があり
ます。そうすることによって、あのジャパンマネーの大奔流と突
然の終息の謎を解くことができるからです。
               ──[新自由主義の正体/65]

≪画像および関連情報≫
 ●【噴水台】「情報の格差」(中央日報)
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  中古車を購入しようとする際、不安を感じることがある。ひ
  ょっとして事故車ではないだろうか、あるいは水害時に浸水
  した車ではないか・・・。車主やディーラーはこのことをよ
  く知っているだろうが、率直に教えてくれるかは疑わしい。
  そのため、だまされて買わされるのではないかと気になって
  仕方がないのだ。このように、売り手は商品の質について詳
  しく知っている反面、買い手はそうでないケースがままある
  のだ。経済学ではこれを「非対称情報市場」という。米国の
  ジョセフ・スティグリッツ、ジョージ・アカロフ、マイケル
  ・スペンスの3人は、これに関する研究を集大成し、01年
  にノーベル経済学賞を共同受賞した。彼らは、情報の不均衡
  とこれに伴う市場のわい曲を鋭く指摘した。「市場は完全な
  情報を有している」という既存の経済理論の前提条件から脱
  却したのだ。この研究で、アカロフは中古車市場を例にとっ
  ている。彼は、商品の価格が下がれば需要が増えるのが普通
  だが、中古車の場合はこれと異なると考えた。中古車の価格
  が下がれば、それだけ品質も低いものと消費者が不安に思う
  ため、逆に需要が減るという。さらにこれがひどくなると市
  場自体が成り立たないこともあるとした。供給と需要のそれ
  ぞれが持つ情報が、大きく異なるために生じる現象だ。
  ―――――――――――――――――――――――――――

「非対称情報の経済学」.jpg
「非対称情報の経済学」
posted by 平野 浩 at 03:00| Comment(0) | TrackBack(0) | 新自由主義の正体 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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