(以下、単に『武士道』と呼称)にヒントを得ているといわれて
います。そのためか、今でも書店に行くと、この『武士道』を中
心に関連書籍の特設コーナーが設けられており、本が山積みされ
ています。映画『ラストサムライ』が上映されて以来、ずっとこ
の状態が続いているのです。おそらく本は、相当売れているもの
と思われます。
『武士道』は、1899年に新渡戸稲造が病気で療養していた
米国で書かれ、1900年に出版されています。この本は最初か
ら外国人に武士道を紹介する目的から英語で執筆され、現在日本
の書店ではその日本語訳書が販売されているのです。新渡戸稲造
という人は、日本語よりも英語が得意といわれるほど英語に堪能
な人だったのです。彼が38歳のときの話です。
なぜ、日本人向けでないのかというと、当時の日本では武士社
会の名残りが色濃く漂っていたので、そのようなことはごく当た
り前のこととして、完全に定着していたからです。つまり、わざ
わざそれを本にして、日本人に読んでもらう必要はなかったとい
うことです。
新渡戸稲造は、この本の序文で、なぜこの本を執筆したか――
その動機のようなものを明らかにしています。
彼が、ベルギーの法学者、ラブレー氏の家で歓待を受けて数日
を過ごしたとき、新渡戸はラブリー氏に次のように質問され、返
答に窮したといっているです。
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日本では宗教教育はないということですが、それならどのよう
に道徳教育を行っているのですか。 ――ラブレー氏
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そのとき彼は、自分が幼少の頃から武士道に起源を持つ「善悪
の観念」を植え付けられて育ったことに思いいたったのです。そ
してこのとき、この本を出版しようと考えたというのです。
『武士道』は爆発的なヒットとなり、海外の人々に広く読まれ
て、日本の文化を知らしめることに大きく貢献したのです。実は
この『武士道』――3人の米国大統領に関わる話があるのです。
3人の米大統領のうちの1人目は、セオドア・ルーズベルト大
統領(1858―1919)です。1904年のことです。
日露戦争中のことですが、ルーズベルト大統領とハーバード大
学で同窓だった金子堅太郎伯爵が、特使として米国に派遣された
ことがあるのです。そのさい、金子が新渡戸の『武士道』を一冊
大統領に進呈したのです。
大統領は大変な読書家で、しかも速読術を身につけていたので
『武士道』は徹夜で一気に読み切ったというのです。大統領はこ
の本を読んで、日本の「徳性」をよく知ることができたと絶賛し
新たに30冊を購入し、5人の子供に1冊ずつ配り、友人知人に
配って読むように勧めたというのです。そして、この著作は、同
大統領を一層の日本びいきにしたといいます。
さて、3人の米大統領のうちの2人目は、クリントン前大統領
なのです。
2000年夏、盛岡市で「『武士道』発刊100年記念・日米
友好の集い」が開催されたのです。この「集い」には、セオドア
・ルーズベルト大統領の曾孫で経営コンサルタントのツウィード
・ルーズベルト氏が招かれ、「いかにして新渡戸先生が世界の歴
史を変えたか」という演題で講演をしたのです。
そのさい、クリントン大統領(当時)は次のようなメッセージ
を寄せたのです。
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わが国のセオドア・ルーズベルト大統領は「新渡戸氏の著作に
より日本文化を理解することができ、ノーベル平和賞の受賞に
も役立った」と述べています。私は皆様とともに彼の偉業をた
たえます。 ――クリントン大統領
−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−
3人の米大統領のうちの3人目は、現在のジョージ・ブッシュ
大統領です。
ブッシュ大統領は、9・11同時多発テロのあと、2002年
2月に来日し、国会で演説したのですが、その冒頭部分で、こう
語りかけているのです。
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いまから一世紀前、日米両国は、それまでの長きにわたる猜疑
や不信を抱いていた時期を経て、お互いについて学び始めまし
た。日本が生んだ偉大な学者にして政治家、新渡戸稲造は日米
両国民のことを理解しており、『太平洋の架け橋とならんと欲
す』と記しております。その『架け橋』はすでにできておりま
す。 ――ジョージ・ブッシュ大統領
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何はともあれ、ルーズベルト、クリントン、ブッシュという3
人の米国大統領にその業績を賞賛された新渡戸稲造――これは大
変なことです。しかし、今まで肝心の日本では、あまりなじみの
ない人だったのではないでしょうか。5000円札の肖像画に採
用されたときですら、「新渡戸稲造ってだれ?」という声があっ
たのですから、恥ずかしい話です。
しかし、映画『ラストサムライ』のヒットがキッカケになって
武士道精神の重要性が認識され、日本人の中に『武士道』を読む
人が増えているのは良い傾向であると思います。なぜなら、今の
日本人にこそ、武士道精神が一番求められているからです。昔か
ら脈々と受け継がれてきた最も大事なものを現代の日本人は失い
つつあると思われるからです。
かつてのケネディ大統領が「日本人で一番尊敬する人は?」と
日本の新聞記者に問われ、「上杉鷹山」と答えたところ、その当
の新聞記者が「ウエスギヨウザン」を知らなかったという笑えな
い有名な話があります。日本人は、もっと自分の国の歴史や文化
を研究すべきです。 −− [ラストサムライ/06]