2014年06月23日

●「『世界を救う三銃士』とはだれか」(EJ第3817号)

 レーガン政権の第2期目から米国の株価は上昇しています。こ
れは、軍事費の増加により、財政赤字が増大したので、FRBは
それをファイナンスするため、金融緩和をしたからです。
 大手企業は、余剰資金を使って株安の企業を買収し、株式ブー
ムを巻き起こし、株式市場は「軍需バブル」の様相を呈してきた
のです。とにかく市場で株高を演じること──実体経済の低迷を
隠すために株式ブームを引き起こす必要があったのです。
 ちょうどその時期、1987年8月にレーガンは、経済アナリ
ストで、コンサルタント会社を経営していたアラン・グリーンス
パンをFRB議長に指名したのです。グリーンスパンは以来20
06年1月に退任するまでの19年間、FRB議長を務めること
になるのです。
 1987年10月19日、「ブラックマンデー」と呼ばれる株
価大暴落があったのです。グリーンスパンがFRB議長に就任し
た2ヶ月後のことです。まるでグリーンスパンFRB議長の手腕
を試すかのような出来事です。
 ところで、この株価暴落が、なぜ「ブラックマンデー」と呼ば
れるのでしょうか。1929年のときは「ブラックサースデー」
と呼ばれたのですが、そのときよりも株式の下落率が大きかった
からです。つまり、過去最大の下げであったのです。
 ダウ30種平均の終値は前週末よりも508ドル下がり、その
下落率は「22.6 %」と、1929年の「12.6 %」を10
ポイントも上回ったのです。
 原因は、米国の貿易収支の赤字幅が予想以上に膨らんでいたこ
とと、1985年のプラザ合意以後のドル安打開のために金利が
引き上げられるとの観測が広がっていたからです。
 このとき、グリースパンは次のような短い声明を発し、即時に
積極的な金融政策をとって信用不安を防ぎ、その後の景気後退に
さいして金融緩和策で対応したのです。
―――――――――――――――――――――――――――――
    FRBは流動性を提供する準備ができている
           ──アラン・グリーンスパン
―――――――――――――――――――――――――――――
 ブラックマンデーから5週間後にウォール・ストリート・ジャ
ーナル紙は、「新しい議長は試験に合格した」という記事を載せ
ましたが、プリンストン大学教授のアラン・ブラインダー元FR
B副議長は、グリーンスパン議長のことを「マネタリー・ケイン
ジアン」と揶揄したのです。これに関連して、グリーンスパン議
長について、菊池英博氏は次のように述べています。
―――――――――――――――――――――――――――――
 本来、グリーンスパンはマネタリストであるから、「市場には
 介入すべきではない」という判断をするのではないかと懸念さ
 れていた。しかし、実際には市場に介入して市場の崩壊を救っ
 たことで評価を高めたのである。これこそ「政府・中央銀行は
 市場に介入すべきではない」「投機などありえない。放置すれ
 ば、均衡点に達する」というフリードマンの主張から見れば、
 まったく反対の市場介入を実施したのである。ここに、彼らの
 まやかしがある。             ──菊池英博著
             『そして、日本の富は略奪される/
   アメリカが仕掛けた新自由主義の正体』/ダイヤモンド社
―――――――――――――――――――――――――――――
 ミルトン・フリードマンの思想をベースにして、米国が後にス
ティグリッツ教授のいう「世界の99%を貧困にする経済」をつ
くり出すには、何代かの米国政権が必要であったのです。
 レーガン政権にはじまって、ブッシュ(父)政権、クリントン
政権、ブッシュ(子)政権の4つの政権を経てそういう経済が出
来上がってきているのです。
 そういう経済をつくるさい、米大統領の下で、中心になって働
いた人物の一人がアラン・グリーンスパンであり、後の財務長官
であるロバート・ルービンとローレンス・サマーズなのです。こ
の3人は当時「世界を救う三銃士」といわれていたのです。
 レーガンの後を受けて大統領に就任したブッシュ(父)政権は
レーガノミックスによってできた双子の赤字の債務国としての負
担を軽減させようとして、選挙では公約していなかったのに、増
税と歳出削減を中心とする緊縮財政をとったのです。これによっ
て、5000億ドルの増収を見込んだのです。
 しかし、何らの景気振興策をとらずに実施したため、景気が減
速し、経済はデフレ傾向になり、増収どころか、減収になってし
まったのです。本当のデフレにならなかったのは、巨額の軍事費
支出によって経済が軍事バブルの状態になっていたからです。
 こういうとき、国の為政者のやることは、外交面で成果を見出
すことです。その成果が1989年12月のソ連との冷戦の終結
宣言です。ブッシュ(父)大統領は、地中海のマルタ島で、ソ連
のミハイル・ゴルバチョフ共産党書記長と会談し、冷戦の終結を
宣言したのです。
 このブッシュ(父)を大統領選で破ったのは、ビル・クリント
ンなのです。クリントン陣営は、ブッシュ(父)政権が財政再建
に失敗して経済を停滞させた失敗を追及し、経済の立て直しを宣
言して、対イラク湾岸戦争の勝者ブッシュ(父)政権を破ったの
です。そして、1993年1月にビル・クリントンは大統領に就
任したのです。12年ぶりの民主党政権です。
 クリントン大統領は、「アメリカ変革のビジョン」として次の
2つを上げ、経済の立て直しに取り組んだのです。
―――――――――――――――――――――――――――――
  1.官民ともに支出を消費から投資に向け雇用を増大する
  2.政府本体の消費項目を削減し、公平な税制を導入する
―――――――――――――――――――――――――――――
 このとき、クリントン大統領が経済の立て直しに何をしたかは
とても重要です。これを支えたのは、例の「世界を救う三銃士」
だったのです。        ──[新自由主義の正体/31]

≪画像および関連情報≫
 ●全力で事態を悪化させるグリーンスパン──クルーグマン
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  『ワシントンポスト』のコラムニスト、スティーブン・パー
  ルスタインがアラン・グリーンスパンの新著を読んでこんな
  ことを発見してる。この前FRB議長は、彼の在任中におき
  たひどい事態のあらゆることになんら責任がないと思ってい
  る――しかも、金融危機への解決策に彼がもちだしてるのが
  案の定、政府を小さくすることだ。パールスタイン氏が言及
  していないけれど、ぼくが重要だと考えていることがある。
  それは、グリーンスパン氏が議長を退いてから残している見
  事な実績だ――あらゆることについて間違い、しかもそこか
  らなんにも学んでいないという実績だ。とりわけ、「アメリ
  カは今日にでもギリシャみたいになるぞ」とグリーンスパン
  氏が警告し、インフレと金利急騰がまだ起きていないのは、
  「残念なこと」だと発言してから、かれこれ3年以上にもな
  る。要点はこれだ――グリーンスパン氏はたんにダメ経済学
  者なばかりか、ダメな人でもあって、自分の在職中と退任後
  におかした過ちの責任を受け入れるのを拒絶している。それ
  にも関わらず、彼はまだ引っ込まずに、最善を尽くして世界
  をいっそうダメにしようと励んでいる。
                   http://bit.ly/1pnVNRK
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アラン・グリーンスパン元FRB議長.jpg
アラン・グリーンスパン元FRB議長
posted by 平野 浩 at 03:00| Comment(0) | TrackBack(0) | 新自由主義の正体 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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