2014年06月06日

●「労働党の牙城であるGLCの廃止」(EJ第3806号)

 1983年の総選挙で勝利したサッチャー首相は、自信を持っ
て国有企業の売却を始めたのです。その結果、その売却代金は、
1983年当時の約5億ポンドから、1987年には50億ポン
ドに倍増しているのです。
 サッチャーの民営化は「非国有化」──これまで政府が保有し
てきた資産や株式を売却すること──が中心であり、それには次
の3つの狙いがあったのです。
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 1.民営化によって企業に効率的運営を求め、新規企業を参入
   させて競争を拡大し、自由な企業活動を行わせる。
 2.民営化によって労働組合の力を低下させることに加え、従
   業員を株主にし、大衆参加の資本主義を行わせる。
 3.民営化によって政府収入の増大と国有企業などの補助金を
   なくし、自助を提唱して福祉費の削減を実現する。
―――――――――――――――――――――――――――――
 これ以外にもうひとつ大きな問題があったのです。それは、地
方自治体の労働組合と一体になった抵抗闘争との戦いです。サッ
チャーは、これまで中央政府が自治体に対して給付していた補助
金を容赦なく削減したのです。
 これに抵抗していくつかの自治体は「財産税」を引き上げて抵
抗してきたのです。「財産税」というのは、日本の固定資産税の
ように、所有しているだけで一定の利益を生む資産──主として
不動産にかけられる税金です。これは、英国の地方自治体の中心
的な財源のひとつになっています。
 これに対してサッチャーは、財産税を引き上げる権限を自治体
から剥奪したのです。そして、自治体財政の改革を行うことを前
提にして、「人頭税」を1990年に導入したのです。人頭税は
納税能力に関係なく、すべての国民1人につき、一定額を課す税
金であり、きわめて評判の悪いものだったのです。
 さすがにこの人頭税の導入は評判は悪く、サッチャー退陣の引
き金を引くことになります。そして、サッチャーは、1990年
11月22日に辞任したのですが、人頭税は1993年に廃止さ
れています。
 実は、サッチャーは、地方自治体の改革に関して、もうひとつ
大ナタを振るっているのです。それは、大ロンドン市議会の廃止
です。これについては、少し説明が必要です。
 「大ロンドン」という言葉があります。これとロンドン市とは
どう違うのでしょうか。
 「大ロンドン」とは、グレーター・ロンドンを訳したもので、
日本人の感覚でいうロンドン市のことです。グレーター・ロンド
ンはそれを含む次の2つの特別区の総称なのです。
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   1.            シティ・オブ・ロンドン
   2.シティ・オブ・ウェストミンスター+31の特別区
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 このグレーター・ロンドンは地方自治体であり、議会があるの
です。1965年に設立され、「グレーター・ロンドン・カウン
シル/GLC(大ロンドン市議会)」と呼ばれています。
 1965年以前は、ロンドン市議会があって、その管轄地域は
ロンドンの中心部だけだったのです。この市議会は伝統的に労働
党が圧倒的に強かったのです。1950年代に保守党は、ロンド
ン全体を管轄する案を提案し、1957年に検討委員会が設立さ
れています。
 そして1960年に52のロンドン行政区を設立し、市議会を
公共交通、道路、住宅供給、地域再生に限定する自治体を作る案
が検討され、最終的に行政区を32にすることが決定されたので
す。このようにして、1965年に「グレーター・ロンドン・カ
ウンシル(大ロンドン市議会)」が設立されたのです。
 つまり、ロンドンには32の自治体があり、その上にGLCが
あるという二層構造になっているのです。したがって、GLCは
東京都庁のような存在ではないのです。それにしてもこれは明ら
かに二重行政そのものです。
 当時GLCは労働党が支配しており、そのリーダーのケン・リ
ビングトンは、節約を迫るサッチャー政権を無視し、地下鉄やバ
ス運賃の大幅値下げをし、その財源として地方税を引き上げて対
応したのです。
 これに対してサッチャー首相は、いうことを聞かない労働党の
ケン・リビングトンに激怒し、「英国がこんな厳しいときに、二
層制の自治体を維持する必要はもはやない」と宣言したのです。
しかし、労働党は、いかにサッチャーでもGLCは廃止できない
だろうと、たかをくくっていたのです。
 しかし、サッチャーはGLCの廃止を公約に掲げて1987年
の総選挙を戦い、3度目の勝利を勝ち取ると、GLCを他の6つ
の大都市圏の県庁とともに廃止したのです。自治体を廃止してし
まうのですから、英国の首相は凄い権限の持ち主です。
 日本では、日本国憲法第8章で「地方自治」について規定され
ており、憲法を改正しない限り、首相の権限では自治体を廃止で
きないのです。しかし、英国は慣習法の国であって、憲法がない
ので、サッチャーがやったように、それを公約に掲げて選挙を戦
い、勝利すれば自治体の廃止をすることができるのです。英国の
首相の権限恐るべしです。
 それから10年後の1997年、労働党のトニー・ブレアがG
LCに代わる「大ロンドン庁(GLA)」を公約に掲げて選挙に
勝利し、18年ぶりに労働党は政権の座に返り咲いたのです。ブ
レア首相は住民投票を行い、72%の賛成を得て、2000年に
大ロンドン庁(GLA)を発足させています。
 しかし、GLCが2万人以上の職員を抱えていたのに対し、G
LAは500人程度の職員しかいないそうです。なお、旧GLC
の庁舎は、現在は水族館になっているそうです。
               ──[新自由主義の正体/20]

≪画像および関連情報≫
 ●グレーター・ロンドン・オーソリティ/GLA
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  それにしても21000人体制のGLCをいったん無くして
  しまう英国には度肝を抜かれます(いい加減なだけ?)。現
  在、日本では市町村合併を進め、将来的には県庁をなくして
  権限を市町村に移し、広域地方政府(四国州庁)を樹立する
  といった構想もあがっています。その際、ロンドン自治体の
  変遷は参考になるかもしれませんが、なかなか日本ではうま
  くいかないかもしれません。日本は英国と違い終身雇用制な
  ので県職員のいったん解雇、市町村役場又は州政府への移行
  はスムーズにいかないでしょうし、労働組合も猛烈に反発す
  るでしょう。英国にきて日本的雇用慣行のすばらしさを実感
  していますが、このような体制変革をする際には障害になり
  ます。明治維新・敗戦のような革命的事変が起こらないと地
  方レベルでも劇的な変化を起こしにくいと思います。一方、
  英国人は職場を移り変わっていくのが普通なので、体制変革
  の機動性にマッチしています。また、もう一つの現象として
  イングランドの都市部では一層制自治体への移行が進みまし
  たが、田舎の地域を中心に激しい中央政府への抵抗が起こり
  一層制自治体が受け入れられず二層制自治体がそのまま存続
  しています。高知のような小規模市町村が多くある地域では
  行政効率上現在よりもさらに極端な市町村合併をしないと一
  層制は不向きかもしれません。   http://bit.ly/1oRhJYL
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GLA庁舎.jpg
GLA庁舎
posted by 平野 浩 at 03:00| Comment(0) | TrackBack(0) | 新自由主義の正体 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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