2014年05月30日

●「サッチャーへのイギリス人の評価」(EJ第3801号)

 マーガレット・サッチャー元英国首相が亡くなったのは、20
13年4月8日のことです。世界中で多くの追悼記事が書かれ、
英国では、サッチャー首相に関して世論調査機関のYouGov と大
衆紙TheSun が世論調査を行っているのです。その一部をご紹介
しましょう。
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 設問1「1945年以降の最も偉大な首相は誰か」
      サッチャー ・・・・・・ 28%
      チャーチル ・・・・・・ 24%
        ブレア ・・・・・・ 10%
 設問2「首相としてのサッチャーをどう評価する」
         偉大 ・・・・・・ 20%
         良い ・・・・・・ 30%
        平均的 ・・・・・・  8%
        お粗末 ・・・・・・  8%
      ひど過ぎる ・・・・・・ 25%
 設問3「サッチャーは英国をどのように変えたか」
      好転させた ・・・・・・ 48%
      悪化させた ・・・・・・ 35%
     不平等にした ・・・・・・ 49%
      平等にした ・・・・・・ 25%
 設問4「首相として実施した最悪の政策とは何か」
      人頭税導入 ・・・・・・ 44%
  鉱工業を衰退させた ・・・・・・ 37%
   公益企業の民営化 ・・・・・・ 31%
                   http://bit.ly/1hptFsU
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 設問1の「1945年以降の最も偉大な首相は誰か」について
の結果はサッチャーが亡くなった直後の調査であることや、チャ
ーチル首相時代のことを知らない世代が増えていることなどを考
えると当然の結果であると思われます。
 興味深いのは設問2の「首相としてのサッチャーをどう評価す
る」の結果です。トップの「良い」の30%に続くのが「ひど過
ぎる」の25%であり、珍しい評価です。サッチャーが一方では
慕われ、他方では嫌われた宰相であったことを示しています。
 設問3の「サッチャーは英国をどのように変えたか」について
は、「好転させた」の48%と「悪化させた」の35%の差が小
さいことにより、見方によって評価が半ばしています。しかし、
「平等にした(25%)」が「不平等にした(49%)」の約半
分に過ぎないことを考えると、「不平等にした」、すなわち格差
が拡大したと考える人が多いことを裏付けています。
 設問4の「首相として実施した最悪の政策とは何か」について
は、3つとも数値が高く、サッチャー首相が断行した小さな政府
をはじめとする規制緩和、市場メカニズム重視などを柱とするフ
リードマン風の経済政策が毀誉褒貶相半ばしていることを示して
いるといえます。
 マーガレット・サッチャーの原点は、その生家の家訓にありま
す。それは「質素倹約」「自己責任・自助努力」の精神であり、
その家訓はサッチャーに色濃く受け継がれているのです。
 サッチャーはオックスフォード大学に進学しますが、化学を専
攻し、研究者の道に進んでいるのです。しかし、大学時代にフリ
ードリヒ・ハイエクの経済学に傾倒していた時期があります。こ
の頃に培われた経済学に対する思想が、首相になってからのサッ
チャリズムの源流になったものと考えられます。
 1950年に保守党から女権拡張を訴えて下院議会議員選に出
馬しますが、落選しています。その翌年結婚し、法律の勉強をは
じめ、1953年には弁護士資格を取得します。そして1959
年に念願の下院議員に初当選するのです。
 1970年にはヒース内閣で教育科学相に就任するのですが、
このとき、教育関連予算の削減に迫られたサッチャーは、それま
で学校給食で無償で出されていた牛乳の廃止を決定したのです。
このため、サッチャーは国民から「ミルク泥棒(ミルク・スナッ
チャー)」と呼ばれるようになるのです。
 1975年に保守党の党首選挙が行われ、そこでエドワード・
ヒースを破ってサッチャーは保守党党首になるのです。そして、
1979年の選挙で、「小さい政府へと政策転換する」、「規制
緩和して経済を活性化させる」などを訴えて選挙に大勝し、首相
に就任するのです。
 マーガレット・サッチャーについては、メリル・ストリーブが
演じてオスカーを取った次の映画が公開されています。
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   映画『マーガレット・サッチャー〜鉄の女の涙』
  The Iron Lady/フィリダ・ロイド監督 2011年
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 サッチャー首相が、どのような考え方で政権を運営したのか興
味があったのでこの映画を見に行ったのですが、私の考えていた
のとは違う手法で映画が作られていたのです。この映画は、サッ
チャーの政策や政治手法のフラッシュバックと、老いて衰えた彼
女の姿を重ね合わせてバランスをとるという珍しいアプローチで
制作されています。
 この映画の冒頭に、引退後のサッチャーがスーパーに牛乳を買
いに行き、普通サイズのボトルを買おうとしますが、値段が高い
ので、小さなサイズにするシーンがあるのです。これは、明らか
にサッチャーが「ミルク・スナッチャー」と呼ばれていたことと
無関係ではないと思います。
 これをもってこの映画は、明らかにアンチ・サッチャー派の人
たちによって制作された作品ではないかという人もいます。いず
れにしても、毀誉褒貶相半ばする英国首相サッチャーを描いた貴
重な作品であり、一見の価値はあると考えます。
               ──[新自由主義の正体/15]

≪画像および関連情報≫
 ●時代を創った女性たち――マーガレット・サッチャー
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  「鉄の女」の別名を持つイギリス初の女性首相、マーガレッ
  ト・サッチャー。1925年にイギリスの中産階級家庭・ロ
  バーツ家に生まれ、市議会議員や市長経験もある父の影響を
  受けて育ちます。食料雑貨商を営む父はキリスト教の一派で
  あるメソジストの敬虔な信徒でした。ロバーツ家の家訓は、
  メソジストの教えでもある、“質素倹約・自己責任・自助努
  力”。マーガレットは後に「人間として必要なことはすべて
  父から学んだ」と語っています。マーガレットには、父から
  学んだふたつの生活信条がありました。
   1、何ごとも自分の意思で決めよ。
   2、皆のあとについていくような行動を取るな。
  この信条はマーガレットの後の政治人生における柱となりま
  す。幼いころから優秀だったマーガレットは、名門オックス
  フォード大学で化学を学び、同時期にハイエクの経済学に傾
  倒。卒業後は研究者として就職しアイスクリームなどに空気
  を混ぜる研究を行っていました。大学卒業から3年後の50
  年、保守党から下院議会議員に立候補しますが落選。51年
  にデニズ・サッチャーと結婚し、マーガレット・サッチャー
  となります。息子と娘の双子を授かったサッチャーは、家事
  をこなすかたわら法律の勉強を始め53年には弁護士資格を
  取得しますが、家族を第一に考え、勤める弁護士事務所は自
  宅から通える圏内に絞っていたそうです。その家族愛は政治
  家になってからも変わらず、家族と離れずにすむ距離の選挙
  区からしか立候補しませんでした。 http://bit.ly/1guR3ds
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マーガレット・サッチャー英国首相.jpg
マーガレット・サッチャー英国首相
posted by 平野 浩 at 03:00| Comment(0) | TrackBack(0) | 新自由主義の正体 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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