は、フリードマンやスティグラーの唱える新自由主義とは大きく
異なるのです。しかし、現在では、シカゴ学派というとフリード
マンやスティグラーと相場が決まっているのですが、彼らはナイ
トから破門されているのです。
ナイトのリベラリズムは、教育哲学者のジョン・デューイや経
済学の歴史のなかで最も卓越した業績を残し,思想的独創性にお
いて抜きん出るといわれるソースタン・ヴェブレンがバックグラ
ンドを作っています。宇沢弘文氏の著作のなかには、『ヴェブレ
ン』(岩波書店刊)があります。
ナイトのリベラリズムとフリードマンやスティグラーの違いに
ついて宇沢弘文氏は次のように述べています。
―――――――――――――――――――――――――――――
リベラリズムというのは、人間の尊厳を守り、自由を守ること
を基本にして、経済的、社会的、政治的なシステムを考えてい
こうという考え方なのです。ジョン・デューイはそのリベラリ
ズムの考えに基づいてアメリカの学校教育の理念をつくる。フ
ランク・ナイトはリベラリズムの経済学を完成させたのです。
ところが、フリードマンやスティグラーの考え方は、人間の尊
厳を否定して自分たちだけが儲ける自由を主張するというもの
です。これに対してナイトは激怒したわけです。人間の尊厳と
自由といった場合の最も大きな原則は、他の人々の自由を侵害
してはいけないということなのに、彼らはその点を無視したか
らです。 ──内橋克人編、『経済学は誰のためにあるのか/
市場原理至上主義批判』/岩波新書刊
―――――――――――――――――――――――――――――
フリードマンが来日したとき、案内役を務めた伊藤光晴京都大
学名誉教授も次のようにフリードマンの主張に疑問を投げかけて
います。
―――――――――――――――――――――――――――――
かつて会ったフリードマンは、こうした極貧の中で苦労して生
きていくユダヤ人たち、その中で病気で死んでいった人たちに
対して涙する人間でした。そしてそのうちのいったい何人がフ
リードマンのように、立派な家をつくることができたでしょう
か。彼は人に倍する能力と才能を持ち、奨学金を得てシカゴ大
学に学び、学者として大きな業績を残しました。しかしそうし
た成功者一人の陰に何倍もの人が脱落していったのではないで
しょうか。 ──内橋克人著
『新版/悪魔のサイクル/ネオリベラリズム循環』/文春文庫
―――――――――――――――――――――――――――――
フリードマンの思想の背景を知るためのエピソードを続けるこ
とにします。1960年代の中頃のことですが、米国では人種問
題が大きな社会問題になっていたのです。フリードマンは黒人問
題について、次のように述べているのです。
―――――――――――――――――――――――――――――
黒人の問題は貧困の問題である。黒人労働者は景気が悪くなる
とまず第一に解雇される。それは、差別の問題ではなく、企業
が必要とする技能とか技術とか能力をもってないからだ。なぜ
もっていないかというと、黒人は10代のときに、勉強するか
遊ぶかという選択を迫られて、遊ぶことを選択した。それは結
局その黒人の合理的な選択であって、それに対して経済学者は
文句をつけることはできないのである。
──内橋克人編の前掲書より
―――――――――――――――――――――――――――――
この発言は、シカゴ大学で大学院生を集めたワークショップで
行われ、宇沢弘文氏はその場に居合わせたそうです。そのとき、
一人の黒人学生が立ち上がって、フリードマン教授に次のように
質問したそうです。
―――――――――――――――――――――――――――――
先生、私に両親を選ぶ自由があったでしょうか
──内橋克人編の前掲書より
―――――――――――――――――――――――――――――
さすがのフリードマンもこの質問には絶句したといいます。黒
人学生もきっとカチンときたのでしょう。
フリードマンは、自分が奨学金で進学の機会を得たことで、教
育についてはいろいろな提言をしています。そのなかで有名なの
は「教育バウチャー(クーポン)制度」です。
―――――――――――――――――――――――――――――
上流階層の子どもは教育が選べる。ところが大方の子どもはそ
うではない。彼らには私立学校に行く経済的な余裕、よい公立
学校があるからといってその地域へ移住する経済的な能力がな
い。普通の子どもや親が学校の教育内容に影響力をもち、自分
の要望を実現するためには、学校数育という独占を打ち破り、
競争を導入して学生や親に選ぶ権利を与えるしかない。つまり
選択の自由が与えられなければならない。
──内橋克人著の前掲書より
―――――――――――――――――――――――――――――
フリードマンの考え方はこうです。州や地方自治体が公立学校
に出している助成金を全部集めてすべての子どもに平等にクーポ
ンというかたちで再分配するというものです。つまり、国の力に
よって機会を平等にしたうえで、努力するかしないかは本人の努
力にまかせる──その結果について国が助ける必要などないとい
う考え方です。
この教育バウチャー制度については、第1次安倍政権で導入を
検討したことがあり、2012年に橋下徹大阪市長も取り入れて
います。しかし、安倍内閣が導入を検討していたのは学校教育で
利用できる教育バウチャーであって、橋下市長のは学校外の教育
バウチャー制度という違いがあります。このように、部分的にフ
リードマンの提案は少しずつ各国で取り入れられているのです。
──[新自由主義の正体/13]
≪画像および関連情報≫
●橋下市長の「教育バウチャー制度」/池田信夫氏
―――――――――――――――――――――――――――
大阪市の橋下徹市長が当選してから半年。全国的には君が代
斉唱や原発再稼働の騒動ぐらいしか知られていないが、この
半年で橋下市長のやった仕事量は普通の市長の4年分を超え
る。大部分は大阪ローカルの細々した問題なので、東京のメ
ディアは報道しないが、そのローカルな政策の中に彼の本質
がある。私もきのう読売テレビの討論番組に出演して彼の話
を聞いて、その仕事の中身が初めてわかった。特におもしろ
いのは、塾代補助クーポンだ。これは学習塾などの料金の一
部を市が補助するもので、9月から低所得者の多い西成区で
先行実施され、来年度からは市全域で中学生の7割程度に月
1万円分のクーポンを支給する予定だ。予算は34億円のさ
さやかな事業だが、政治的には大きな意味がある。これは日
本初の教育バウチャーなのだ。バウチャーというのは用途を
限定した金券だが、普通の補助金と違うのは、塾ではなく親
に支給する点である。公立学校は公費で運営されているが、
私立学校は補助を受けるだけなので、授業料に格差が残り、
貧しい家庭の子は私立学校に行けない。これに対して50年
前にミルトン・フリードマンが提案したのは、公立学校に公
費を支給しないで親に授業料をバウチャーとして補助する制
である。 http://bit.ly/1kBqAug
―――――――――――――――――――――――――――
内橋 克人氏