2014年05月19日

●「『構造改革』と新自由主義の関係」(EJ第3792号)

 新自由主義と市場原理主義という2つの言葉が出てきました。
新自由主義者は市場原理主義者といわれることもあります。ここ
までの考察で、この2つの関係を整理しておきます。
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 新自由主義とは何か/市場原理主義の思想を政府の経済政策や
 社会政策に使うのが新自由主義である。
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 ここでもうひとつよく出てくる言葉が「構造改革」です。社会
にある問題点があり、それが表面的な制度や事象から生ずるもの
ではなく、社会そのものの構造に起因するとき、それ自体を変え
ようとする政策的な立場を「構造改革」というのです。
 構造改革といえば、1989年7月に米国から宇野内閣に提案
された「日米構造協議」、1994年11月から米国からの「年
次改革要望書」、2001年以降に小泉内閣の唱えた「聖域なき
構造改革」が記憶に残っています。
 この「構造改革」という言葉は、もともと社会主義のなかで体
制内改革や路線をいうときの言葉だったのです。資本主義を社会
主義に変えるとき、次の2つの考え方があったのです。
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         1.革命により達成する
         2.構造改革で実現する
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 世界の共産主義運動は、ソ連型の社会主義を理想とし、その実
現は、ソ連の指示により、その国で革命によって達成するという
こととされていたのです。上記の「1」のスタイルです。
 しかし、イタリア共産党のパルミロ・トリアッティは、ソ連型
の実現手段から距離を置き、「イタリアの道のための・・」構造
改革で社会主義の実現を目指したのです。「2」がそうです。
 一党独裁の共産党が経済を管理支配するのではなく、資本主義
体制の枠内において、構造を改革して少しずつ社会主義に移行す
るという考え方であり、それはアントニオ・グラムシに近いので
す。イタリアのマルクス主義の偉大な思想家であったグラムシは
イタリア共産党の発展に貢献した先駆者でもあるのです。
 グラムシは、1922年に政権をとったファシズムの犠牲にな
り、1926年にムッソリーニによって獄に繋がれ、一生を獄中
で過ごしたのです。
 現在グラムシの思想といわれるものは、彼が獄中で書きとめた
ノートのなかのものなのです。トリアッティはグラムシについて
いたるところで次のように指摘しています。
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 グラムシは、イタリアにおける最初の真の完全な首尾一貫した
 マルクス主義者であり、イタリアで始めてレーニンの思想と十
 月大革命の国際的意義とを把握した人であり、西欧全体の知的
 発展についての豊かな知識と我が国(イタリア)の諸条件につ
 いての深い知識とに基づいて、最近50年間に亘る西欧のマル
 クス主義理論の深化と発展に最も大きく貢献した思想家であっ
 た。                http://bit.ly/1hSDob0
―――――――――――――――――――――――――――――
 日本共産党は、ソ連の革命論とは距離を置き、独自の綱領を作
成し、現在では次の「二段階革命論」を唱えています。
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          1. 民主主義革命
          2.社会主義的変革
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 「民主主義革命」というのは、現在の日本は高度に発達した資
本主義国でありながら、国土や軍事などの重要な部分を米国に握
られた事実上の属国になっているという現状認識に立って、独立
民主主義、平和、生活向上を求めるすべての人を結集した統一戦
線と日本共産党が国民多数の支持と国会の過半数を得て政府(民
主連合政府)をつくることです。
 日本社会党も構造改革をめぐって党内では党組織の改革運動が
盛んになり、派閥抗争が激化したのです。構造改革を唱えた中心
人物は江田三郎です。江田三郎は次の4つの「江田ビジョン」を
掲げ、漸進的な改革の積み重ねによって社会主義を実現するとい
う構造改革を提唱したのです。
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      1.米国の平均した生活水準の高さ
      2.   ソ連の徹底した生活保障
      3.    英国の議会制民主主義
      4.    日本国憲法の平和主義
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 しかし、党内抗争の結果、江田三郎は1977年に社会党を離
党し、その思想は新たに結成された社会市民連合(社民連)に引
き継がれたのです。社民連は、1994年、日本新党、新党さき
がけへの合流に伴い、解散しています。
 このように「構造改革」という言葉は、資本主義を社会主義に
変えるマルクス主義用語なのです。その言葉を保守政党であるは
ずの自民党の小泉政権がスローガンとして使ったのです。そのと
きのマニフェストにはごていねいに「構造改革はマルクス主義用
語である」と紹介されているのです。
 「構造改革」は、歴史的に見てもつねに人々の期待と支持を集
めてきたプラスシンボルだったといえます。平等で理想的な公共
福祉社会の理想郷を目指す言葉だったはずです。現在ではその言
葉が、本来目指すべき理想郷を破壊する新自由主義を目指す言葉
として使われている──これはとんでもないことです。
 もし現代の世の中が共産主義社会になるといったら、戦慄する
人は多いと思います。しかし、新自由主義社会になるといっても
誰も驚かない。「自由」という言葉が入っているからです。でも
新自由主義は共産主義よりも恐ろしい思想であるといっても過言
ではないのです。       ──[新自由主義の正体/06]

≪画像および関連情報≫
 ●小泉政権の構造改革/2001年6月
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  本誌(経済コラムマガジン)は、これまで構造改革と言う事
  柄をまともには取上げたことがない。基本的に経済政策と言
  うものは、それぞれの社会や経済の構造と言うものを前提に
  行うものと筆者が考えているからである。そして社会や経済
  の構造は、社会経済の変化や時代の流れによって、自然と変
  わっていくものと考えている。ところが世間では構造改革を
  行えば、経済も蘇るような印象を与える議論で溢れている。
  特に小泉新総理(当時)は「構造改革なくして景気回復はあ
  りえない」とまで言い切っている。したがって気が進まない
  が、本誌でも構造改革と言うものを取上げることにする。ま
  ず構造改革と言う言葉自体が曖昧であることを指摘しておき
  たい。「構造改革」と言っても、この言葉を使う人によって
  概念がそれぞれ違う。ある人は、銀行の不良債権処理が進ん
  でないから「構造改革」が遅れていると言う。一方、銀行に
  は公的資金の注入が行われ、さらに合併などによる体質強化
  がなされ、「構造改革」は進んでいると反論する人もいる。
  またある人は構造改革を規制緩和と結び付けて考えている。
  つまり規制に守られている産業を整理することが構造改革と
  思っているのである。とにかく構造改革をめぐる議論は混乱
  している。小泉政権の郵政事業の民営化、地方交付金のカッ
  ト、道路特定財源の一般歳入化なども構造改革と言われてい
  る。これらは関係者の利害が複雑にからんでいるため、これ
  まで変更が見送られていた事柄である。
                   http://bit.ly/1gyJu5D
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トリアッティ/グラムシ(イタリア共産党)
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posted by 平野 浩 at 03:00| Comment(0) | TrackBack(0) | 新自由主義の正体 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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