2014年05月15日

●「中谷巌多摩大学名誉学長の懺悔書」(EJ第3790号)

 中谷巌氏というマクロ経済学者がいます。多摩大学名誉学長で
あり、一橋大学名誉教授です。中谷氏といえば1993年の細川
内閣において「経済改革研究会」の委員を務め、1998年には
小渕内閣で「経済戦略会議」の議長代理を務めるなど改革派の代
表のような経済学者です。
 しかし、中谷氏は2008年12月に『資本主義はなぜ自壊し
たのか』(集英社インターナショナル)という本を上梓し、その
本で、自分がこれまでやってきた言動──米国流の新自由主義や
市場原理主義、グローバル資本主義に対する礼賛言動、構造改革
推進発言などは間違いであったと自己批判したのです。中谷氏は
この本の「まえがき」で次のように述べています。
―――――――――――――――――――――――――――――
 一時、日本を風靡した「改革なくして成長なし」というスロー
 ガンは、財政投融資制度にくさびを打ち込むなど、大きな成果
 を上げたが、他方、新自由主義の行き過ぎから来る日本社会の
 劣化をもたらしたように思われる。たとえば、この20年間に
 おける「貧困率」の急激な上昇は日本社会にさまざまを歪みを
 もたらした。あるいは、救急難民や異常犯罪の増加もその「負
 の効果」に入るかもしれない。「改革」は必要だが、その改革
 は人間を幸せにできなければ意味がない。人を「孤立」させる
 改革は改革の名に値しない。かつては筆者もその「改革」の一
 翼を担った経歴を持つ。その意味で本書は自戒の念を込めて書
 かれた「懺悔の書」でもある。        ──中谷巌著
     『資本主義はなぜ自壊したか「日本」再生への提言』
                 集英社インターナショナル
―――――――――――――――――――――――――――――
 中谷巌氏は、2000年を過ぎてから、訪米するたびに何か違
和感を感じていたといいます。1980年代に見られた米国とは
明らかに何か違う感じなのです。
 今から30数年前の米国は、リッチな中流階級が多数を占め、
何かしらゆったりとした、華やかにして豊かな生活が存在してい
たといえます。当時の米国の豊かさは、日本をはじめ、世界中か
ら憧れの目で見られていたのです。
 それから30年ほど経過し、米国は以前よりも経済的にはさら
に豊かになっています。しかし、とくに今でも文化の香りが残る
ヨーロッパから米国に入ると、文化の香りが消え、何かしら米国
社会の「粗雑さ」が目につくようになったというのです。
 どのような変化が起きたのでしょうか。調べてみてわかったこ
とは、米国の所得格差が驚くほど拡大したということです。その
結果、豊かな中間層が消失してしまったのです。
 中谷氏は、米国社会の中間層の消失について、次のように述べ
ています。
―――――――――――――――――――――――――――――
 数字を挙げてみよう。驚くべきことに、この数十年の間に、所
 得上位1パーセントの富裕層の所得合計がアメリカ全体の所得
 に占めるシェアは8パーセントから何と倍以上の17パーセン
 ト台に急上昇した。これに伴って、アメリカ人の「平均所得」
 は毎年2パーセント以上も上がった。これだけを見れば、たし
 かにアメリカは豊かになったはずだ。だが、それはあくまでも
 平均値の話であり、最も所得の高い人から最も貧しい人を一列
 に並べた場合、ちょうど列の真ん中にいる人たち、すなわち、
 「中位の人の所得」はほとんど上がらなかった。つまり、ビル
 ・ゲイツのような、あるいはウォール街を閥歩する金融マンや
 大会社のCEOなど富裕層の急激な所得上昇がアメリカ全体の
 「平均所得」を引き上げただけであり、庶民はそのおこぼれに
 あずかれなかったということである。これがかつて世界中が憧
 れたアメリカの「豊かな中流家庭」が崩壊した真相であり、私
 がアメリカに行くたびに「何か変だ」と思わせた犯人だった。
                 ──中谷巌著の前掲書より
―――――――――――――――――――――――――――――
 リーマンショックの起きる直前のことですが、米最大手のゴー
ルドマンサックスの従業員に2007年度に支払われた給与総額
は、約200億ドルであり、従業員総数が約3万人であるので、
1人当たりでは、約66万ドル──当時の為替レートで計算する
と、年収7000万円になるのです。驚くべき高所得層です。
 その一方で健康保険に加入するお金がなく、病気になっても医
者にかかれない低所得の米国人は5000万人もいるのです。こ
んなことをしていれば、米国社会はメルトダウンするのではない
かと思っていた矢先、あの米系証券会社リーマン・ブラザーズが
経営破綻し、世界中の金融市場相場は大暴落したのです。
 このことは米国だけの現象ではないのです。かつて日本の最大
の特色といわれた「1億総中流社会」は今や見る影もなく、米国
で起きたことのミニチュア版ともいうべき現象が日本でも起きて
いるのです。それは、小泉政権のときから加速し、この10年ほ
どの間に、年収200万円未満の貧困層が200万人も増えて、
1000万人の大台に達しているのです。
 こういう状況を打破しようと、2009年の総選挙では、国民
は自民党を見限り、民主党に政権交代させたのですが、民主党は
信じられないような劣悪な政権運営を行い、結局何もできずにま
たしても自民党に政権を戻しています。そして、大企業だけを優
遇するアベノミクスでまたしても所得格差が拡大しようとしてい
るのです。彼らは国民の生活のことなど考えていないのです。
 5月11日に自民党は、公的年金の支給開始年齢を75歳まで
広げる案を発表し、これについて田村憲久厚労大臣は平然と次の
ように発言しています。
―――――――――――――――――――――――――――――
 与党から75歳まで選択制で広げるという案が出されている。
 選択制というのは1つの提案と認識している。──田村厚労相
―――――――――――――――――――――――――――――
               ──[新自由主義の正体/04]

≪画像および関連情報≫
 ●中谷巌氏の懺悔の書/松岡正剛の千夜千冊/書評
  ―――――――――――――――――――――――――――
  若くしてハーバード大学大学院でアメリカ経済学の最前線を
  学び、細川内閣と小渕内閣では経済改革の急先鋒として、規
  制撤廃を叫んでいた著者は、やがて新自由主義と市場原理主
  義の暴走に、ついに転向を決意して、反旗をひるがえすよう
  になった。なぜ中谷巌は転向したのか。なぜ資本主義はおか
  しくなったのか。この二つを自身の体験をもとにふりかえっ
  て、本書は希有の自己懺悔と告発の書になりえた。
   「今にして振り返れば、当時の私はグローバル資本主義や
  市場至上主義の価値をあまりにもナイーブに信じていた。そ
  して、日本の既得権益の構造、政・官・業の癒着構造を徹底
  的に壊し、日本経済を欧米流のグローバル・スタンダードに
  合わせることこそが、日本経済を活性化する処方箋だと信じ
  て疑わなかった」。「だが、その後におこなわれた構造改革
  とそれに伴って急速に普及した新自由主義的な思想の跋扈、
  さらにはアメリカ型の市場の原理の導入によって、ここまで
  日本の社会がアメリカの社会を追いかけるように、さまざま
  な副作用や問題を抱えることになるとは、予想ができなかっ
  た」。中谷さんは一橋大学を出たあと日産自動車に勤めてい
  たのだが、27歳のときにハーバード大学の大学院の経済学
  博士課程に飛び出していった。1969年のことだから、か
  なり早い時期にアメリカ型のエコノミストの群れに身を投じ
  たといっていい。         http://bit.ly/1mR8Oqg
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中谷巌多摩大学名誉学長.jpg
中谷 巌多摩大学名誉学長
posted by 平野 浩 at 03:00| Comment(0) | TrackBack(0) | 新自由主義の正体 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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