2004年02月27日

●勝元の村/吉野と武士道(EJ第1298号)

 オールグレン大尉がどのような心境で日本にやってきたのかと
いうことについては、昨日のEJで理解していただけたと思いま
す。彼は南北戦争における自国民同士の殺し合いに疲労し、それ
に加えて先住民の騙まし討ちと虐殺に心を痛め、大きな心の傷を
負っていたのです。
 しかし、これだけではオールグレンが勝元たち反乱軍に加わり
政府軍と戦うことを決意したという謎は解けません。それはオー
ルグレンが勝元たちの村――吉野での軟禁生活を送る中で、少し
ずつ何かが心の中で育ってきたということができます。
 軟禁生活といっても、オールグレンは自由に村の中を歩き回る
ことはできたのです。しかし、彼の背後には福本清三扮する寡黙
なサムライが遠慮勝ちではありますが、刀を手につねに付き添っ
ていたのです。おそらく勝元から、「何か不審なことをしたら斬
れ!」と命令されていたのだと思います。
 吉野で毎日行われていることを見聞きして、オールグレンの心
は大きな変化を遂げていくのです。映画では、オールグレンの心
中を次のナレーションで観客に伝えているのです。
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     オールグレン――ナレーション
     1876年・・・
     月も日も、もう分からない
     不思議な人々とのこの暮らし・・・
     わたしは彼らの捕われの人で、
     例えるなら野良犬か、
     迷惑な客人のように
     適当に見過ごされている
     皆、礼儀正しく、笑顔を見せる
     だがその下には
     複雑な感情が隠されている
     驚嘆すべき人々だ
     朝、目覚めると何事にも
     完ぺきを目指して取り組む
     そしてつねに自分に厳しい
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 西郷隆盛をモデルとしてつくり上げられた勝元盛次は、西郷の
人生訓である「天地自然の道」を体現しています。それは、次の
2つの西郷南州遺訓によくあらわれています。
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 道は天地自然の物にして、人はこれを行なふものなれば、天を
 敬するを目的とす。天は人も我も同一に愛し給ふゆえ、我を愛
 する心を以て人を愛する也
                ―――「西郷南州遺訓」24
 人を相手とせず、天を相手とせよ。天を相手にして己を尽して
 人を咎めず、わが誠の足らざるを尋ぬべし
                ―――「西郷南州遺訓」25
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 これは、新渡戸稲造著『武士道』の第8章「名誉」に出てくる
のです。武士道の基本は「名誉心」と「廉恥心」です。吉野に住
む人たちの生活はこの精神に貫かれており、それが母国でのイン
ディアンの虐殺を強制されて騎士道の名誉を汚されたオールグレ
ンの心を強く打ったのです。
 ところで、「名誉心」と「廉恥心」とは、どういうことを意味
しているのでしょうか。現在の日本では「名誉心」は「名誉欲」
に、「廉恥心」は「羞恥心」になってしまっています。
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  名誉心 ・・・ 自分自身を律して行動し、その評価は
          他人に任せる心
  廉恥心 ・・・ 恥をかいたなら、それを二度と繰り返
          さないと誓う心
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 これは道徳教育そのものです。昔は良い大学を卒業して官僚に
なったというと憧憬と尊敬の目で見られたものです。しかし、現
在ではそうは思われていません。一般的にいって、官僚には尊敬
が集まらないようになっています。
 せっかく一生懸命に勉強して良い大学に入り、官僚になったの
に、戦後は道徳教育が欠如していたために、名誉心と廉恥心に欠
けてしまっているからです。それでいて、名誉欲と羞恥心は人一
倍持っているのですから、尊敬されるはずがないのです。
 新渡戸稲造先生は、「廉恥心」という感性を育てることの重要
性をついて次のように説いています。
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  「人に笑われるぞ」「体面を汚すなよ」「恥ずかしくないの
 か」などということばは過ちをおかした少年の振舞を正す最後
 の切り札であった。子が母の胎内にいる間に、その心があたか
 も名誉によってはぐくまれたかのように、この名誉に訴えるや
 り方は子供の心の琴線に触れたのである。
             ―――新渡戸稲造著『武士道』より
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 現代人の中には恥をかくことを嫌う人が多いです。つまり、羞
恥心を持つ人が多いのです。だから何かというと「侮辱された」
という人が多いのです。しかし、武士道では恥をかくことは恥で
はないのです。恥をかいて、そこから学ぶことが大切なのです。
それが「廉恥心」なのです。
 先ほど官僚の悪口をいいましたが、ほとんどの人は立派な人な
のでしょう。少数の人に問題があると、一般の人はそこだけを見
て全体を批判するものです。武士もそうだったのです。自分たち
の中に堕落した者が出ると、「武士の風上に置けない」と厳しく
非難し、排斥したものです。
 勝元の村、吉野では、まさにここでいう武士道の精神が溢れて
いたといえます。オールグレンはそれに救われたのです。
               −− [ラストサムライ/05]

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posted by 平野 浩 at 00:00| Comment(0) | TrackBack(0) | その他 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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