大きく働いたのです。学者の立場に立つと、やはり「社会の役に
立ちたい」という思いがあります。そのためには、公的な仕事に
何とかかかわりたいと思っています。その思いが強いと、政府の
政策への批判はどうしても鈍ってしまいます。
金融の分野の学者は、日銀の審議委員や副総裁になることを目
指します。なぜなら、そういう地位に就けば、その分野の専門家
として認められるからです。そうであるとすると、あからさまに
日銀を批判できなくなります。
財政分野の学者の場合は、ほとんどは財政審(財政制度等審議
会)や税調(税制調査会)のメンバーになりたがっています。こ
こは財務省が仕切っているので、何かにつけて財務省にゴマをす
ることになります。
嘉悦大学教授の高橋洋一氏は、そういう公的な仕事に就きたが
る学者は、東京大学出身の学者に多いとして、東京大学教授につ
いて、次のように述べています。
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「東京大学教授」という肩書を見ると誰もが「学問の最高峰」
と思っている。メディアはもちろん、ほかの大学の学者先生方
にも、その傾向はある。私にいわせれば、それは幻想だ。そも
そも、国家公務員養成所が、政府の政策を批判的に検証できる
のだろうか。国家公務員養成所が学問の最高峰ということがあ
りうるのだろうか。だが、そういう幻想に基づいて、御用学者
村が形成されている。 ──高橋洋一著/東洋経済新報社刊
『財務省の逆襲/誰のための消費税増税だったのか』
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高橋洋一氏は、東京大学理学部数学科・経済学部経済学科の出
身で、1980年に大蔵省(現財務省)に入省した秀才です。私
は、彼がそれほど有名でない頃から、雑誌に掲載される論文を読
んで、EJでもたびたびその所論を紹介してきています。彼は数
学者でもあるので、論旨明快で分かりやすいからです。
今回の消費税増税ほど、財政学者からの反論が少なかったこと
はないといわれています。反論が少なかった理由について高橋氏
は次のように述べています。
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学者先生から消費税増税に異論が出てこない一つの理由として
「反論できるほどの知識を持ち合わせていない」という現実が
ある。日本の財政関係の学者先生の大半は不勉強だ。数学がわ
からず、基本的な経済分析すら自分ではできない。また日本の
財政を外野から見て研究している学者先生は、当事者として財
政に取り組んでいる役人たちに、情報、知識でまったくかなわ
ない。それは、日銀の業務について、外野の人間が知識ではか
なわないのと同じかそれ以上だ。──高橋洋一著の前掲書より
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実際に学者にとって財務省に反論することは、非常に困難なこ
となのです。ある学者が今回の消費税増税への反論を書籍か雑誌
などに書いたとします。論文を書いた学者の知名度によっても違
いますし、掲載されたメディアによっても対応は異なりますが、
世論に影響を与えかねないと判断すると、財務省は動くのです。
たとえば、日本経済新聞の平日に連載されている『経済教室』
に載った反対論文は影響が大きいので、財務省は対策に乗り出す
ことになります。もっともメディアは財務省に牛耳られているの
で、正面切った増税反対論文やレポートは事前にチェックされ、
掲載されないことになります。
それでは、財務省は反論を書いた学者に対して具体的にどのよ
うな手を打つのでしょうか。高橋氏の書籍を参照して以下に要約
してご紹介します。
まず、財務省はその論文を分析して誤りを探します。それも決
定的な誤りを徹底的に探すのです。そんなに都合よく誤りがある
のかと思うかもしれませんが、誤りは必ずあるのだそうです。制
度に関してはとても複雑であり、外部の学者が理解していないこ
とはたくさんあるからです。
論文のチェックが終わると、財務省の課長補佐クラスが学者の
ところに電話を入れます。これが「ご説明」です。
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先生のご所説につきまして、ご説明申し上げたいことがござ
います。関連資料を持って伺いますがよろしいでしょうか。
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何しろ相手は財務省です。その財務省からいわれて断る学者は
皆無だそうです。自分の反論を一応読んでくれ、そのうえで意見
があるという。話くらい聞いてやっても損はないと考えるからで
す。そして「ご説明」を受け入れるのです。
課長補佐は、学者に会うと、慎重に言葉を選んで間違えを指摘
し、ていねいに説明します。多くの情報と資料を基にしての説明
なので、学者としては反論の余地はないのです。そして、最後に
課長補佐は次のようにいって引き揚げるのです。
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本日はお忙しいなか、時間をとっていただき、ありがとうご
ざいました。必要なとき、いつでもお呼びください。ご説明
参上します。必要なデータや資料がありましたら、遠慮なく
お申し付けください。今後ともよろしくお願いいたします。
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まさに慇懃無礼なのですが、隙はなく、実に見事な対応なので
す。これをやられると、どんな学者もそれ以降は、財務省に楯突
くようなことはしなくなるといいます。どう議論しても財務省に
勝てるはずがないし、今後とも付き合っておいて損はない──こ
のように考えるからです。
実際に論文の事前チェックも求めてくる学者は少なくないそう
です。これは財務省はウエルカムで、反論を事前に封じ込めるこ
とができるからです。 ──[消費税増税を考える/48]
≪画像および関連情報≫
●学者先生は海外出張が大好き/高橋洋一氏の本より
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財務省から見れば、自分たちに逆らう学者先生を「折伏」す
るのは簡単だが、逆に意中の学者先生を持ち上げて、御用学
者に仕立てることも簡単だ。学者先生を「飼い慣らす」ため
の仕掛けはいろいろある。財務省の覚えがめでたければ、研
究費や委託調査費は優先配分してもらえるし、内部資料を見
させてもらうなど研究のサポートもしてもらえる。研究者志
望の弟子の就職斡旋でも力になってもらえる。いいことずく
めである。なかでも効果的なのが、審議会や勉強会の委員に
選んであげること。勉強会に呼ぶときには「ぜひ先生のご意
見をお聞きしたい」とおだてるのがコツだ。審議会は1回あ
たり2時間程度。そのうち半分は役所からの説明で、委員1
人あたりの発言時間は数分しかない。それでも出席すると報
酬が出て、地方から上京する委員には旅費も払われる。いく
つもの審議会を掛け持ちする学者先生もいて、それなりの収
入になる。ある程度、名前の売れている学者先生の場合、審
議会に入ってもらったうえで、勉強という名目で海外出張に
連れていくことも多い。出張は「アゴアシ」つきで、アテン
ドの役人が同行する。学者先生はみな海外出張が好きだ。観
光旅行がしたいというよりも、まじめに海外の事情を勉強し
たいのだろう。中央省庁、なかでも財務省は海外にさまざま
なコネクションがあるため、役所関連の審議会で出張すると
普通ではまず会えないような世界的な学者にも会うことがで
きるからだ。 ──高橋洋一著/東洋経済新報社刊
『財務省の逆襲/誰のための消費税増税だったのか』
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高橋洋一氏の本「財務省の逆襲」