ります。これまでEJで取り上げたアルベルト・アレシナ教授の
緊縮財政の考え方、公的累積債務を問題にするカーメン・ライン
ハートとケネス・ロゴフ両教授の論文、リチャード・クー氏のバ
ランスシート不況論などはいずれも主観的な考え方であり、デー
タはその正当性を裏付けるものが集められているといえます。
しょせん経済学はそういうものであり、どの考え方が正しいか
は客観的に決められないのです。したがって、政府が経済政策を
決める場合、多岐にわたる経済についての考え方のどれを取り上
げるかを選択する必要があります。
アベノミクスの最大の目標は「デフレからの脱却」です。とこ
ろが、その「デフレ」にもいろいろな考え方があるのです。既に
1月20日のEJ第3712号で述べたように、経済学の世界で
は、デフレの原因、デフレの対策をめぐって、学者たちの意見は
真っ二つに分かれているのです。再現します。
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1. 貨幣現象派
2.総需要不足派
http://bit.ly/1bbPN6F
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浜田宏一氏によると、世界の経済学の常識では、「デフレ」は
「物価水準が下がっている状態」と定義されていますが、日本で
は2001年3月までは次のようにとらえていたのです。
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デフレは物価水準の下落をともなった景気の低迷である
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この定義に異を唱えて変更させたのは、元日銀副総裁の岩田一
政氏です。当時内閣府政策統括官をしていた岩田氏は、日本のデ
フレの定義は世界の常識に合わないとして、それまでの定義を次
のように2つに分割させたのです。
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1. 物価水準が下がっている状態
2.景気が悪くなって生産が停滞すること
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浜田宏一氏は、岩田一政氏を安倍首相に日銀総裁の候補として
推薦していたといいます。岩田氏が体制のなかから改革のできる
人物であるからです。浜田宏一氏は、岩田氏について次のように
述べています。
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東大教授を務めたこともある岩田一政氏は、その後、日本銀行
副総裁に就任し、さらに内閣府経済社会総合研究所の所長も歴
任した。岩田一政氏は、私が経済企画庁に客員として在籍して
いたときの共同研究者であり、『金融政策と銀行行動』(東洋
経済新報社)や、英文の論文の共著者でもある。絶えず経済学
のフロンティアをわきまえながら、日銀政策委員会でも、正し
い金融の論理に基づいて少数票を投じるたいへん貴重な存在。
日銀総裁の有力候補だ。 ──浜田宏一著/講談社刊
『アメリカは日本経済の復活を知っている』
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デフレを2つに分けて考えることは意義があります。デフレは
「物価水準が下がっている状態」であり、貨幣現象であるので、
金融政策で解決することができます。そのために安倍首相は、第
1の矢として、黒田東彦氏を日銀総裁を任命し、「異次元金融緩
和」で「物価水準が下がっている状態」から脱却させることを目
指しています。これは「通貨の創出」です。
そのうえで「景気が悪くなって生産が停滞すること」にも手を
打つ必要があります。そこで安倍首相は第2の矢として財政政策
を推進しています。これは、総需要の不足を解決しようとしてい
るのです。つまり、「通貨の支出」です。
これら第1の矢と第2の矢については、定量的な裏付けもあり
デフレ期の日本の経済政策としては正しいといえます。当初安倍
氏はこの第1の矢と第2の矢しかいっていなかったのです。安倍
首相は、誰が何といおうと徹頭徹尾第1の矢と第2の矢で、日本
経済をデフレから脱却させ、数年をかけて、景気再生を図るべき
だったのです。
ところが、こと経済再生にかけては諸悪の根源である財務省と
それを取り巻く識者と称する烏合の衆の学者たちの画策によって
安倍首相は、2014年4月からの消費税増税を決めたのです。
これはせっかく正しい第1の矢と第2の矢を潰してしまい兼ねな
い大失策です。
今まで日本は、せっかく再生しかかっている経済をうんざりす
るくらい財政再建という名の増税で潰してきたのです。少し経済
が回復しそうになると増税という緊縮政策を取り、経済回復の芽
を摘んでいるのです。何度失敗を繰り返しても、それを失敗と認
めず、彼らは一切反省しないのです。
経済失策による「失われた20年」によって多くの自殺者が出
ていることを考えると、何回も同じ失敗を繰り返すことは犯罪行
為に等しいことです。それでいて、財政再建は一向に進まず、経
済の失速により、かえって財政赤字は拡大しています。
首相を取り巻く財務省や学者、評論家などの識者のやったこと
を今週のEJでは振り返ります。そして、今回の消費増税が日本
に何をもたらすかを検証します。
もうひとつ、政府が日本経済の再生に取り組もうとすると、必
ず出てくる構造改革派の動きです。既に彼らはアベノミクスに第
3の矢を追加させ、動き出しています。そもそも構造改革とは何
をするのか、安倍首相は岩盤規制といっていますが、改革すべき
「構造」とは何でしょうか。そして彼らは構造改革をしないと日
本経済は復活しないといい続けています。それに構造改革派は、
現在安倍政権の進めているリフレ政策には反対の立場です。この
問題にもメスを入れます。 ──[消費税増税を考える/44]
≪画像および関連情報≫
●デフレ脱却のための2条件/岩田一政氏
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政府は、デフレ克服のための閣僚会議の設置を決定した。野
田総理は10年におよぶデフレを克服することは、全力を挙
げて取り組むべき最重要課題であると述べた。古川経済財政
政策担当大臣は、デフレの背景として(1)需給ギャップの
存在(2)デフレ予想の定着(3)予想成長率の低迷を指摘
した。私は、日本が1990年代半ば以降の持続的なデフレ
傾向、すなわち、「デフレ均衡」からの脱却を図るには、2
つの条件を満たすことが重要と考えている。第一は、根強い
円高傾向(円高期待)を円安傾向(円安期待)へと方向転換
することである。第二は、一人当たり名目賃金が安定的に上
昇するようになることである。また私は、1970年代から
の持続的な円高傾向(円高期待)が、1990年代半ばに一
つの頂点に達し、日本経済を「デフレ均衡」へと導いた主要
な要因であったと考えている。「デフレ均衡」という用語は
物価上昇率が正で財市場・金融市場・労働市場の需給が等し
くなる「正常な均衡」とならんで別の均衡(複数均衡)が経済
に存在することを暗黙の前提にしている。複数均衡を想定す
ることは、日本のデフレは正常均衡からの一時的な乖離では
なく、構造的な性格をもっていることを意味している。従っ
て経済が一時的にデフレに陥った場合よりも、デフレ克服が
一層困難であることを意味している。他方で、戦前1930
年代のようなスパイラル的な物価下落が生ずるわけでもない
ことも意味している。 ──2012年4月17日
http://bit.ly/1dB2FI6
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岩田 一政氏