インハート&ロゴス教授の論文「債務時の経済成長」に関して、
後者の論文の間違いは決定的ですが、アレシナ教授の論文に関し
ては、それに対する批判や反対は多いものの、決定的に間違いで
あるとはいい切れないのです。
アレシナ教授の論文では、1960年〜1994年のOECD
諸国で緊縮財政が行われた国を調査したところ、プライマリーバ
ランスが1年で1.5 %以上、2年連続で1.25 %改善した国
を62例抽出して調査しています。
その結果、緊縮財政後の3年間、プライマリーバランスが2%
以上改善するか債務残高が5%以上削減した国を成功例とし、調
査すると、成功例は16ヶ国であったというのです。その成功例
と失敗例を比較すると次のことが判明したのです。
―――――――――――――――――――――――――――――
≪成功事例≫
・歳出削減:72% ・・・ 7
・増 税:28% ・・・ 3
≪失敗事例≫
・歳出削減:44%
・増 税:56%
―――――――――――――――――――――――――――――
アレシナ教授の学説が「ナナサンの法則」といわれるのは、歳
出削減と増税の比率のことをいっているのです。このアレシナの
学説を信奉している学者としては竹中平蔵氏がいます。竹中氏は
田原総一朗氏との対談でアレシナに触れています。
―――――――――――――――――――――――――――――
実例を挙げると、アルベルト・アレシナというハーバード大学
の教授が行った調査があります。彼は、戦後に財政再建に取り
組んだOECD加盟20ヶ国を対象に調査を実施し、財政再建
に失敗する例として、「何もやらないで増税だけをする」ケー
スを挙げています。結局のところ、歳出を抑えに抑えて、事務
的経費はもちろん、人件費や社会保障までも抑えた国が財政再
建に成功しているんです。でも、これって当然ですよね。すご
く常識的な結論だと思いますよ。実際、常識的なことが各国で
起きてきたということです。いままでの歴史の中で。
──田原総一朗×竹中平蔵/『ちょっと待って!/竹中先生
アベノミクスは本当に間違ってませんね?/ワニブックス
―――――――――――――――――――――――――――――
アレシナの学説は、歳出削減の努力「7」にプラスして、増税
「3」をするというので、完全な財政緊縮策です。常識から考え
ると、歳出削減と増税を行えば、全体的な需要の減少をもたらし
それが生産高や雇用の減少につながるのです。クルーグマン教授
にいわれるまでもなく、そんなことをすれば、経済はさらに弱く
なってしまうのは必定です。
しかし、アレシナの学説はそういう常識的な判断を否定し、次
の考え方によって経済は成長するというのです。こうなると、宗
教とはいわないものの、心理学の分野です。
―――――――――――――――――――――――――――――
断固として財政緊縮を実行すれば、民間部門に信用が生まれ
この信用が財政緊縮のマイナス面を相殺する。
──ポール・クルーグマン著/大野和基訳
「そして日本経済が世界の希望になる」/PHP新書
―――――――――――――――――――――――――――――
ヨーロッパの多くの国で注目されて調子に乗ったアレシナ教授
は、求められるままにEU経済・財務相理事会で講演し、その主
張は受け入れられたのです。2010年4月のことです。そして
この考え方がそのまま欧州委員会の公式見解になったのです。
2010年6月には、当時のECB総裁であるジャン=クロー
ド・トリシェ氏は、イタリアの新聞「ラ・レプブリカ」で、緊縮
政策が経済成長を阻むという懸念を一蹴し、次のように述べてい
るのです。
―――――――――――――――――――――――――――――
(デフレの危険があるのではという記者の質問に対し)そんな
リスクが実現するとは思いません。それどころか、インフレ期
待は驚くほどわれわれの定義したもの──2パーセント以下、
2パーセント近くにしっかり固定されていますし、最近の危機
でもそれは変わっていません。経済についていえば、緊縮財政
が停滞を引き起こすという考えは間違っています。(中略)じ
つはこうした状況にあっては、家計、企業、投資家が財政の持
続可能性について抱く安心感を高めることはすべて、成長と雇
用創出の実現に有益なんです。私は現状において、安心感を高
める政策は経済回復を阻害するどころか促進すると固く信じて
います。今日では、安心こそが重要な要因だからです。
──ポール・クルーグマン著/大野和基訳の前掲書より
―――――――――――――――――――――――――――――
この間違ったEUの経済財政政策の最大の犠牲になったのは、
何といってもギリシャです。ギリシャは歳出削減と増税を実行さ
せられ、その財政赤字はGDPの15%に相当する額に達したの
です。アイルランドやポルトガルでも緊縮財政策は行われ、激し
い経済の下降を余儀なくされたのです。
ところが、これまでアジア諸国に対して、厳しい財政緊縮策を
強いてきたIMFがその過ちを認めたのです。2010年当時の
ストロスカーンIMF前専務理事は、調査報告書において、厳し
い財政緊縮策による経済への打撃は以前想定していた規模の3倍
に及ぶ可能性があることを指摘したのです。
これは、厳しい財政緊縮策を強いられているEU諸国に衝撃を
与えたのです。それはEUでの緊縮政策の悲惨な結果が表面化す
る前のことです。これによって、アレシナの学説の評価は地に落
ちてしまったのです。しかし、緊縮財政派はそれでも反省という
ものをしないのです。 ──[消費税増税を考える/31]
≪画像および関連情報≫
●IMFが緊縮策の過ちを認めた!/岐路に立つ日本を考える
―――――――――――――――――――――――――――
IMFのプログラムの妥当性は、その当時にすでに明らかに
なっていたはずです。それなのに、こうしたプログラムに関
する過ちに、どうしてIMFは最近まで気がつかなかったと
言っているのでしょうか。この問題を考える際にヒントとな
るのが、歴代のIMFの専務理事(IMFのトップ)の出身
国です。正式な理事は初代専務理事から現在の第11代専務
理事のラガルド女史まで、11人全員が欧州勢です。(欠員
による代行で2〜3ヶ月間だけ米国人がなっていることが2
回ありますが、それを除けば全員欧州勢です)実は、世界銀
行の総裁はアメリカが決め、IMFの専務理事は欧州が決め
るという「棲み分け」が成立してきたのです。そして今、こ
のIMFのお膝元である欧州でとてつもない事態が進行して
いるのは、皆さんご承知のところです。南欧の各国で緊縮策
を求められているのは、欧州で最も経済力のあるドイツにと
って利益があり、ドイツに逆らいにくい状態になっていると
いう事情もありますが、IMFとしても従来とのダブルスタ
ンダードを指摘されないために、緊縮を求める方針を継続し
てきたのでしょう。ですが、この方針ではもはや欧州を守る
ことができなくなってきたので、過去の過ちを認める方針に
転換したのではないかと思います。ノーベル平和賞にEUが
選ばれたことも、欧州が現在の危機を軟着陸させるのに必死
であることを示しているように感じられます。このIMFの
方針転換は、レーガン・サッチャー時代から急激に進んでき
た新自由主義的な流れが、世界的に転換点に達したことを如
実に物語るマイルストーンにもなっていると思います。
http://amba.to/MZtg7s
―――――――――――――――――――――――――――
前ECBトリシェ総裁