それぞれ違うのです。そのため、ある経済の現象について、景気
刺激策をとるのか、財政緊縮策を取るのか、学者によって意見が
大きく分かれるのです。
現在の日本経済にとって、それは当てはまると思います。景気
刺激策をとるのか、それとも政府債務がGDPの200%を超え
ている財政の危機に対応して財政緊縮策を取るのか、学者や評論
家によって意見が異なります。アベノミクスに対して、賛否両論
があるのはそのためです。
その場合、学者や評論家たちは、自分の経済に対する考え方が
正しいことをアカデミックな立場から裏付けてくれる学説を求め
ているのです。権威づけが欲しいわけです。
公共事業を行うことによって景気刺激を行い、経済を回復させ
る考え方に関しては、ケインズ経済学という理論的支柱が既にあ
ります。しかし、ケインズ主義に対しては、多くの批判がありま
すが、かといって、財政緊縮策に関しては、理論的支柱になる有
力な学説が乏しいのです。
それだけに1998年に発表されたアルベルト・アレシナの緊
縮財政に対する論文に緊縮主義者は飛びつき、錦の御旗にしたの
です。しかし、その統計的な結論や歴史的な事象を子細に分析し
たとき、それはとても検証に耐えられるようなものではなかった
ことがわかったのです。
アレシナの学説と同じく、緊縮主義者の錦の御旗になっている
学説があるのです。それは2010年に発表されたラインハート
&ロゴフ教授の次の論文です。2人はともにアレシナ氏と同様に
ハーバード大学の教授です。
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カーメン・ラインハート&ケネス・ロゴフ教授による
「債務時の経済成長」(Growth in a Time of Debt)
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これに緊縮財政派は飛びついたのです。ラインハート&ロゴス
両教授の主張の骨子は次の通りです。
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政府の債務残高がGDPの90%を超えると、経済成長が大
きく停滞する。 ──ラインハート&ロゴス教授の主張
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この論文は、欧州、とくに英国での経済政策の錦の御旗となっ
たのです。なぜなら、緊縮財政を推進したい政治家にとって、こ
れほど都合のよい論文はなかったからです。
とくにここでいう「90%」という数字は、先の米国の大統領
選において、共和党の副大統領候補として立候補したポール・ラ
イアン氏や、欧州委員会のトップ・エコノミストであるオッリ・
レーン氏にいたるまで、さまざまなところで引き合いに出される
ことになったのです。
しかし、ラインハート&ロゴス教授が主張するデータが、20
13年4月に、マサチューセッツ大学のアマースト校の博士課程
に在籍するトーマス・ハーンドンという大学院生によって間違い
であることが発表され、世界中で話題になったのです。
この論文の間違いが公表されたとき、それまでこの論文を金科
玉条のごとく使っていた緊縮政策推進派の著名な学者や評論家や
政治家が冷笑の的になり、大恥をかいたのです。
トーマス・ハーンドン氏は「ビジネスインサイダー誌」に投稿
を求められ、論文のミスについて書いているので、その一部をご
紹介します。詳細については、URLを付けておくので、それを
読んでいただきたいと思います。
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ロゴフとラインハートが意図的にデータを除外したり軽く扱っ
たという事を私が指摘したかったのではない。私の研究の意図
は単に彼らの研究結果と結論が検証可能であるかどうかを再現
してみただけで、彼らの動機などについては一切、私の研究で
は触れていない。(中略)われわれが「選択的な」とか「非伝
統的な」という言葉を用いてロゴフとラインハートの論文のも
つ問題点を論じたのは、それが正確な表現だと思ったからだ。
特定のデータが「選択的に」かれらの計算から除外されたのだ
から、それを「選択的だ」と形容することは中傷ではない。な
ぜ特定のデータを除外したのか、その足切り基準を論文の中で
明示する必要が彼らにあっただけだ。そうでないと他の研究者
が、かれらの研究を再現できなくなる。(中略)ロゴフとライ
ンハートは私の計算結果を使っても、国家の負債が90%を超
えると成長が著しく鈍化するという結論には変わりは無いと主
張しているが、それは私の解釈とは違う。私の解釈では負債が
90%以上になっても統計学上明らかな成長の鈍化は認められ
ないというものである。 http://bit.ly/1iY7oVs
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アベノミクスの功罪に関して、日本でも緊縮派の学者や評論家
がテレビなどで、ラインハート&ロゴス教授の論文を引き合いに
出してその危険さを批判していたものですが、2013年4月以
降さっぱり口にしなくなってしまったのです。
ポール・クルーグマン教授は、「なぜ、このような論文がまと
もに取り上げられたのか、理解できない」としたうえで、この現
象について次のように述べています。
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最近読んだある本に学ぶなら、それは「政治」と「心理学」に
関係しているかもしれない。すなわち、緊縮政策は多くの権力
をもつ人たちが「正しいと信じたい」と感じるような政策であ
る。だからこそこの論文が出てきたとき、彼らは「これだ!」
とばかり飛びついたのだ。 ──ポール・クルーグマン著
「そして日本経済が世界の希望になる」/PHP新書
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──[消費税増税を考える/29]
≪画像および関連情報≫
●ラインハート&ロゴフ教授/検証結果に重大な誤り?
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エコノミストや実証系経済学者なら実は承知のことですが、
データによる検証って、実はちょっとした設定の違いで黒が
白になったりすることがあるんです。引用:「ラインハート
とロゴフ両氏の論文「債務時の経済成長」では、公的債務の
国内総生産(GDP)に対する割合が90%を上回っている
諸国は景気拡大ではなく、経済が年率約0・1%縮小する傾
向があると指摘した」。「しかし、ハーンドンさんと、アシ
ュとポーリンの両教授は、ロゴフ・ラインハートの計算を再
現するなかで、GDPに対する債務比率が90%を超える諸
国のGDP成長率は2・2%となっていて、GDPに対する
債務比率がそれ以下の国々の成長率を1ポイント下回ってい
ると結論付けた」。「批判はアシュとポーリンの両教授が教
える経済学のコースで始まった。ハーンドンさんは実証的経
済学との融通を立証するため、経済論文での優れた研究の計
算を再現するよう求められた。同氏はラインハート・ロゴス
論文を選んだ。これはアシュ教授が「単刀直入な方法で非常
に魅力的」だと称賛していた。ハーンドン氏は一般公開され
ているデータを使用し、秋の学期中この宿題に取り組んだ。
しかし、アシュ教授によると、ハーンドンさんは「何度やっ
ても得られる結果が、公表されている研究の結果と一致」し
なかった。アマースト校の研究者たちのグループは4月初め
ハーバード大学の2010年の研究論文の執筆者たちに連絡
し、この論文の「実際のスプレッドシート」を受け取った。
彼らの計算では引き続き、0・1%の縮小ではなく、2・2
%の景気拡大が示された。 http://bit.ly/1c8BQuj
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ポール・クルーグマン教授