2014年02月17日

●「ラインハート&ロゴス教授の主張」(EJ第3731号)

 経済というものをどのようにとらえるかは、経済学者によって
それぞれ違うのです。そのため、ある経済の現象について、景気
刺激策をとるのか、財政緊縮策を取るのか、学者によって意見が
大きく分かれるのです。
 現在の日本経済にとって、それは当てはまると思います。景気
刺激策をとるのか、それとも政府債務がGDPの200%を超え
ている財政の危機に対応して財政緊縮策を取るのか、学者や評論
家によって意見が異なります。アベノミクスに対して、賛否両論
があるのはそのためです。
 その場合、学者や評論家たちは、自分の経済に対する考え方が
正しいことをアカデミックな立場から裏付けてくれる学説を求め
ているのです。権威づけが欲しいわけです。
 公共事業を行うことによって景気刺激を行い、経済を回復させ
る考え方に関しては、ケインズ経済学という理論的支柱が既にあ
ります。しかし、ケインズ主義に対しては、多くの批判がありま
すが、かといって、財政緊縮策に関しては、理論的支柱になる有
力な学説が乏しいのです。
 それだけに1998年に発表されたアルベルト・アレシナの緊
縮財政に対する論文に緊縮主義者は飛びつき、錦の御旗にしたの
です。しかし、その統計的な結論や歴史的な事象を子細に分析し
たとき、それはとても検証に耐えられるようなものではなかった
ことがわかったのです。
 アレシナの学説と同じく、緊縮主義者の錦の御旗になっている
学説があるのです。それは2010年に発表されたラインハート
&ロゴフ教授の次の論文です。2人はともにアレシナ氏と同様に
ハーバード大学の教授です。
―――――――――――――――――――――――――――――
  カーメン・ラインハート&ケネス・ロゴフ教授による
  「債務時の経済成長」(Growth in a Time of Debt)
―――――――――――――――――――――――――――――
 これに緊縮財政派は飛びついたのです。ラインハート&ロゴス
両教授の主張の骨子は次の通りです。
―――――――――――――――――――――――――――――
 政府の債務残高がGDPの90%を超えると、経済成長が大
 きく停滞する。   ──ラインハート&ロゴス教授の主張
―――――――――――――――――――――――――――――
 この論文は、欧州、とくに英国での経済政策の錦の御旗となっ
たのです。なぜなら、緊縮財政を推進したい政治家にとって、こ
れほど都合のよい論文はなかったからです。
 とくにここでいう「90%」という数字は、先の米国の大統領
選において、共和党の副大統領候補として立候補したポール・ラ
イアン氏や、欧州委員会のトップ・エコノミストであるオッリ・
レーン氏にいたるまで、さまざまなところで引き合いに出される
ことになったのです。
 しかし、ラインハート&ロゴス教授が主張するデータが、20
13年4月に、マサチューセッツ大学のアマースト校の博士課程
に在籍するトーマス・ハーンドンという大学院生によって間違い
であることが発表され、世界中で話題になったのです。
 この論文の間違いが公表されたとき、それまでこの論文を金科
玉条のごとく使っていた緊縮政策推進派の著名な学者や評論家や
政治家が冷笑の的になり、大恥をかいたのです。
 トーマス・ハーンドン氏は「ビジネスインサイダー誌」に投稿
を求められ、論文のミスについて書いているので、その一部をご
紹介します。詳細については、URLを付けておくので、それを
読んでいただきたいと思います。
―――――――――――――――――――――――――――――
 ロゴフとラインハートが意図的にデータを除外したり軽く扱っ
 たという事を私が指摘したかったのではない。私の研究の意図
 は単に彼らの研究結果と結論が検証可能であるかどうかを再現
 してみただけで、彼らの動機などについては一切、私の研究で
 は触れていない。(中略)われわれが「選択的な」とか「非伝
 統的な」という言葉を用いてロゴフとラインハートの論文のも
 つ問題点を論じたのは、それが正確な表現だと思ったからだ。
 特定のデータが「選択的に」かれらの計算から除外されたのだ
 から、それを「選択的だ」と形容することは中傷ではない。な
 ぜ特定のデータを除外したのか、その足切り基準を論文の中で
 明示する必要が彼らにあっただけだ。そうでないと他の研究者
 が、かれらの研究を再現できなくなる。(中略)ロゴフとライ
 ンハートは私の計算結果を使っても、国家の負債が90%を超
 えると成長が著しく鈍化するという結論には変わりは無いと主
 張しているが、それは私の解釈とは違う。私の解釈では負債が
 90%以上になっても統計学上明らかな成長の鈍化は認められ
 ないというものである。       http://bit.ly/1iY7oVs
―――――――――――――――――――――――――――――
 アベノミクスの功罪に関して、日本でも緊縮派の学者や評論家
がテレビなどで、ラインハート&ロゴス教授の論文を引き合いに
出してその危険さを批判していたものですが、2013年4月以
降さっぱり口にしなくなってしまったのです。
 ポール・クルーグマン教授は、「なぜ、このような論文がまと
もに取り上げられたのか、理解できない」としたうえで、この現
象について次のように述べています。
―――――――――――――――――――――――――――――
 最近読んだある本に学ぶなら、それは「政治」と「心理学」に
 関係しているかもしれない。すなわち、緊縮政策は多くの権力
 をもつ人たちが「正しいと信じたい」と感じるような政策であ
 る。だからこそこの論文が出てきたとき、彼らは「これだ!」
 とばかり飛びついたのだ。   ──ポール・クルーグマン著
     「そして日本経済が世界の希望になる」/PHP新書
―――――――――――――――――――――――――――――
              ──[消費税増税を考える/29]

≪画像および関連情報≫
 ●ラインハート&ロゴフ教授/検証結果に重大な誤り?
  ―――――――――――――――――――――――――――
  エコノミストや実証系経済学者なら実は承知のことですが、
  データによる検証って、実はちょっとした設定の違いで黒が
  白になったりすることがあるんです。引用:「ラインハート
  とロゴフ両氏の論文「債務時の経済成長」では、公的債務の
  国内総生産(GDP)に対する割合が90%を上回っている
  諸国は景気拡大ではなく、経済が年率約0・1%縮小する傾
  向があると指摘した」。「しかし、ハーンドンさんと、アシ
  ュとポーリンの両教授は、ロゴフ・ラインハートの計算を再
  現するなかで、GDPに対する債務比率が90%を超える諸
  国のGDP成長率は2・2%となっていて、GDPに対する
  債務比率がそれ以下の国々の成長率を1ポイント下回ってい
  ると結論付けた」。「批判はアシュとポーリンの両教授が教
  える経済学のコースで始まった。ハーンドンさんは実証的経
  済学との融通を立証するため、経済論文での優れた研究の計
  算を再現するよう求められた。同氏はラインハート・ロゴス
  論文を選んだ。これはアシュ教授が「単刀直入な方法で非常
  に魅力的」だと称賛していた。ハーンドン氏は一般公開され
  ているデータを使用し、秋の学期中この宿題に取り組んだ。
  しかし、アシュ教授によると、ハーンドンさんは「何度やっ
  ても得られる結果が、公表されている研究の結果と一致」し
  なかった。アマースト校の研究者たちのグループは4月初め
  ハーバード大学の2010年の研究論文の執筆者たちに連絡
  し、この論文の「実際のスプレッドシート」を受け取った。
  彼らの計算では引き続き、0・1%の縮小ではなく、2・2
  %の景気拡大が示された。     http://bit.ly/1c8BQuj
  ―――――――――――――――――――――――――――

ポール・クルーグマン教授.jpg
ポール・クルーグマン教授
posted by 平野 浩 at 03:00| Comment(0) | TrackBack(0) | 消費税増税を考える | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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