「財政出動」というと、日本はGDPの2倍以上の政府債務があ
るのにまだ債務を増やすのかと非難されます。
しかし、日本では民間全体でGDPの8%も貯金しているので
す。こういう状況で財政再建などやると、日本経済のデフレスパ
イラルはますます深刻化することになります。
機動的な財政出動というケインズ流の景気刺激策に対して、反
対の立場をとる学説は少なくないのです。そのなかで最近最も有
名な学説は、アルベルト・アレシナ米ハーバード大学教授の「ナ
ナサンの法則」と呼ばれる論文です。
この論文は、1998年に発表されたものですが、当時はほと
んど注目されなかったのです。しかし、景気刺激策と緊縮財政の
バランスをどのようにとるかという論点が、経済学者の論ずる重
要なテーマになり、この論文は、緊縮財政派の錦の御旗になった
のです。さらに、アレシナ氏の論文は、2012年に米ブルーム
バーグビジネスウィーク誌に次のテーマで掲載されたことで、一
般に知られるようになったのです。
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「ケインズVSアレシナ」/アレシナとは何者だ?
Keynes vs. Alesina. Alesina Who?
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アレシナ教授によると、緊縮財政には経済成長を促す効果があ
るいうのです。政府が思い切った歳出削減をすると、財政再建の
成功確率が高まると同時に、政府がそういう政策に取り組むこと
が、国民に安心効果をもたらし、その後の経済回復に資する可能
性があるというのです。
なぜなら、政府が財政再建に成功すると、より大きな痛みを伴
う厳しい財政再建の苦労から解放され、先行き不安がなくなるの
で、消費が活性化するというのです。
アレシナ教授の論文の「ナナサン」とは、歳出削減と歳入拡大
の比率のことで、これを7対3にすることを意味しています。さ
らに、公共事業の削減ではなく、社会保障と公務員人件費の削減
に切り込むこと、法人税と間接税を中心にした歳入拡大を図るこ
となどが論文の骨子になります。
この論文の数値の根拠に関しては「日経ビジネスオンライン」
の次の記事を参照してください。
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財政再建と経済成長を両立させる「ナナサンの法則」
ケインズに比され、注目されるアレシナ教授の提言
小川光著/「日経ビジネス・オンライン」
http://nkbp.jp/1daTONm
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これに関して、ポール・クルーグマン・プリンストン大学教授
は、アレシナ教授の論文を痛烈に批判しています。最近刊書では
次のように述べています。
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アレシナの主張には二種類の根拠がある。その一つは経済的
なケーススタディだが、近年の経済状況に当てはまらないもの
が多い。もう一つの回帰分析も、緊縮政策として取り上げる事
例が実際の政策と一致していないという欠陥がある。
たとえば、1990年代末、アメリカは財政赤字から財政黒
字へと移行したが、この動きは好景気に連動していた。はたし
てそれは、緊縮財政の強化を証明するものになるだろうか。
当時の好景気と赤字削減はITバブルのせいで生じていたの
だ。それが株価の高騰を導き、税収増を成し遂げたにもかかわ
らず、「緊縮財政が財政赤字を減少させた」と結論づけるのは
間違いだ。財政赤字と経済の強さに相関関係があるからといっ
て、緊縮財政が経済成長をもたらすという因果関係が必ず存在
する、ということにはならない。
──ポール・クルーグマン著/大野和基訳
「そして日本経済が世界の希望になる」/PHP新書
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もちろんケインズ派や新ケインズ派のエコノミストらは、アレ
シナ教授の意見にきわめて懐疑的です。米ニューヨーク連銀のエ
コノミスト、ガウティ・B・エガートソン氏は、ゼロ金利下にお
ける正しい方策は積極財政であって、緊縮財政ではないと主張し
ています。
元財務省官僚で現在嘉悦大学教授の高橋洋一氏は、早稲田大学
政治経済学術院教授の若田部昌澄氏との特別対談で、アレシナ論
文に言及し、次のように述べています。
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財政再建の話だけでいっても、みんなが各国の財政再建の事例
を研究したハーバード大学のアルベルト・アレシナを持ちだし
て、財政再建がうまくいくのは歳出カットが7割で、増税が3
割だとか、自分の主張に都合のよい部分だけを使っている。し
かし、アレシナの研究の本当の根っこの部分には、財政再建に
一番、影響力があるのは経済成長だというのがある。それを前
提としつつ、その中で歳出カットと増税のどっちがいいのかと
いう議論なんですね。逆に、経済成長しなくなると、何をする
にも本当に苦しくなる、だから、経済成長を高めて財政再建し
ようというのは、けっこう簡単です。はっきり言えば、放って
おいてもなんとかなってしまう。 http://bit.ly/1geZt55
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やはり、財政再建にいちばん必要なのは、何だかんだといって
も「経済成長」なのです。そのための第1の矢であり、第2の矢
なのです。財政政策を景気循環の波にうまく乗せて、経済の成長
をはかることが必要なのです。
日本人は国の借金を家計の借金と同じように考える人が少なく
ないのですが、こういう人は、長年にわたる財務省のプロパガン
ダに洗脳されているのです。 ──[消費税増税を考える/28]
≪画像および関連情報≫
●若田部昌澄VS高橋洋一/特別対談
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若田部:経済成長でGDPが増えて、税率は同じでも税が増
収になるからですね。
高橋:そう。増収でなんとかなる。日本でいえば、簡単な計
算をすると、5%強の名目成長すると、実はプライマリー収
支はゼロになる。だから、歳出を少しカットするとすれば、
名目成長率が4%程度で財政再建は達成できる。こんなに簡
単な話は、めったにない。しかし、経済成長しなかったら、
何をやってもほとんど効果がない。
若田部:与謝野(馨・前経済財政担当大臣)さんが、菅政権
の最後のころにいくつか報告書を出しましたね。その際に、
景気が回復してきたら、増税に踏み切るべきだというような
話があった。その時に、内閣府の人が民主党の議員さんたち
のところに来て、レクチャーがあったということなんですが
ある議員さんが「じゃあ、デフレのもとでも増税をしてもい
いんですか。成功例はあるのですか」と聞いたら、「いや、
そんな例はありません。というのは、戦後、デフレに陥った
先進国はこれまでないから」と。(笑)。
高橋:デフレに陥ったときに、増税を考える必要はない。経
済がノーマルになってからでないと、増税は考えられない話
です。 http://bit.ly/1eMQ455
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高橋 洋一氏と若田部 昌澄氏