2014年02月07日

●「量的緩和策とバランスシート不況」(EJ第3726号)

 昨日のEJで見たように、福井日銀総裁時代から日銀は量的緩
和を行ってきたのです。しかし、事態は少しも改善しなかったの
です。これをいい換えると、マネタリーベースをいくら増やして
も、マネーサプライは一向に増えないということになります。マ
ネーサプライが増加しなければ、景気が良くなることはなく、イ
ンフレにもならないのです。
 さて、金融政策によって景気を刺激しようという試みが成功す
るには次の条件が成立することが必要です。
―――――――――――――――――――――――――――――
     民間部門においてつねに借り手がいること
―――――――――――――――――――――――――――――
 ここでいう「民間部門」とは、政府を中心とする「公共部門」
以外を意味しています。私的な諸個人や企業が民間部門です。現
代の経済機構は、この公共部門と民間部門の混合経済体制である
といえます。
 実はバブル後の日本にはこの条件が成立しないのです。「失わ
れた20年」といわれる日本の不況の原因は、この「民間部門に
借り手がいない」ことに尽きるのです。長年にわたる日本経済の
研究から、この事実を発見し、従来の経済学にない新種の不況と
もいうべき日本の不況を「バランスシート不況」と命名したのが
リチャード・クー氏なのです。リチャード・クー氏は、2003
年と2007年に上梓された次の2つの著書において、「バラン
スシート不況」について、その全貌を詳述しています。
―――――――――――――――――――――――――――――
  ◎リチャード・クー著/楡井浩一訳(2003年)
   『デフレとバランスシート不況の経済学』/徳間書店
  ◎リチャード・クー著(2007年)
   『「陰」と「陽」の経済学/我々はどのような不況と
           戦ってきたのか』/東洋経済新報社
―――――――――――――――――――――――――――――
 EJでは、このリチャード・クー氏の経済に関する斬新なとら
え方に注目して、上記2冊の本の出版の直後に詳細な解説を行っ
ています。『デフレとバランスシート不況の経済学』については
2003年11月17日EJ第1233号〜12月12日EJ第
1251号の19回にわたって取り上げています。
 『「陰」と「陽」の経済学』については、2007年に「日本
経済回復の謎」というタイトルで45回にわたって取り上げてお
り、興味があれば参照していただきたいと思います。
―――――――――――――――――――――――――――――
 ◎「日本経済回復の謎」/EJ第2092号〜EJ第2136
                   http://bit.ly/1dlg1nv
―――――――――――――――――――――――――――――
 民間部門に借り手がいるという前提に立つと、経済が過熱すれ
ば、中央銀行が金利を引き上げれば、一部の借り手はおカネを借
りて使うのをやめ、それによって需要は減少します。逆に経済が
弱ければ、中央銀行が金利を下げると、借り手が増えるので需要
を高めることができるのです。
 しかし、バブル崩壊後の日本はそういう経済学上の常識が成立
しないのです。これについてリチャード・クー氏は次のように説
明しています。
―――――――――――――――――――――――――――――
 バブル崩壊後の日本では、借り手が激減しただけでなく、既存
 の借り手は金利がゼロになっても、借金を返済していた。全国
 的な資産価格の急落で、債務超過となり、借金の返済とバラン
 スシートの修復に悪戦苦闘していた民間は、中央銀行がいくら
 金利を引き下げても、おカネを借りようという気にならなかっ
 たのである。このような状況にあっては、金融政策はなんの効
 果も生まないのである。しかし日本内外の多くの経済学者や政
 治家たちは、これまでの経済学がバランスシート問題からくる
 民間の行動変化をこれまで取り上げてこなかったためこの点に
 気付かず、日銀がさらに流動性を供給することでマネーサプラ
 イを増やしさえすれば、経済は回復すると主張して、日銀に大
 いに圧力をかけた。だがこうした主張は、彼らが長期にわたる
 不況の本当の原因を理解していなかったという事実を示したに
 すぎない。            ──リチャード・クー著
       『バランスシート不況下の世界経済』/徳間書店
―――――――――――――――――――――――――――――
 リチャード・クー氏によると、倒産には2種類のパターンがあ
るというのです。
 1つは、その企業の製品やサービスが相当の広告費を注ぎ込ん
でも売れず、債務超過に陥るケースです。このケースの倒産は、
その企業が世に問うた製品やサービスが社会に評価されなかった
のですから、やむをえないものであるといえます。
 2つは、製品の販売と技術の開発という事業の中核は健全で、
キャッシュフローは堅調であり、利益も確保できているものの、
バブルの崩壊により、国内の資産価値が暴落したことで、企業の
バランスシート上に大きな穴が空き、純資産がマイナスになって
しまったケースです。つまりバランスシート上の倒産というケー
スです。
 この場合は、本業が健全でキャッシュフローがあるので、それ
を使ってバランスシートの修復を行うことになります。この場合
企業の最優先課題は、「利益の拡大化」ではなく、「債務の最小
化」になるのです。このケースでは、企業はたとえ金利がゼロま
で下げられてもおカネを借りようとはしなくなるはずです。「民
間部門に借り手がいない」というのはこのケースの企業のことを
指しています。これは日本だけではなく、どこの国の企業にもこ
ういうケースはあるのです。
 しかし、このようなバランスシート上の穴をふさいで修復に成
功しても、その後遺症みたいなものが残り、積極的な投資には慎
重になってしまうのです。 ── [消費税増税を考える/24]

≪画像および関連情報≫
 ●「デフレとバランスシート不況の経済学」の書評
  ―――――――――――――――――――――――――――
  過去10年にわたる日本経済低迷の根本原因は、経済全体に
  おける構造改革の欠落よりも、企業レベルにおけるバランス
  シート問題に起因するところがずっと大きい。現在、日本の
  企業の70〜80%は、ゼロ金利であるにもかかわらず、借
  金返済を急いでいる。結果として、日本の企業部門は今、銀
  行と資本市場に対し、年間総額20兆円、国内総生産(GD
  P)の4%におよぶ資金純供給者となっている。しかも、こ
  の借金返済への動きは何年も前、日本がまだインフレ状態に
  あった時に始まっているのである。さらに重要なのは、時と
  して大多数の企業が利益の最大化ではなく債務の最小化を目
  指すことがあるということになれば、従来の経済理論とその
  政策的含意を、そのような状況に対応できるように改めなけ
  ればならないということだ。経済学全体からみれば、大多数
  の企業が利益の最大化ではなく、債務の最小化に走るという
  可能性は、ケインズ理論でずっと抜け落ちていた重大な論理
  の隙間を埋めることになる。同時にこの可能性は、マネタリ
  ズムの明らかな限界を示すものである。またバランスシート
  不況論は、従来から「流動性の罠」を説明するために使用さ
  れてきたケインズの「投機的貨幣需要」論よりも、はるかに
  高い説明力を持つ。        http://bit.ly/MpYHaY
  ―――――――――――――――――――――――――――

リチャード・クー氏.jpg
リチャード・クー氏
posted by 平野 浩 at 03:00| Comment(1) | TrackBack(0) | 消費税増税を考える | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
大蔵が。利益が。派生してナイト。資金尾。貸すな。このけいざいでわ。もうからない。かりて。0
Posted by masao.matsuzawa at 2014年02月07日 16:37
コメントを書く
お名前: [必須入力]

メールアドレス: [必須入力]

ホームページアドレス:

コメント: [必須入力]


この記事へのトラックバック
×

この広告は90日以上新しい記事の投稿がない ブログに表示されております。