2014年02月05日

●「米FRBの量的緩和縮小の影響度」(EJ第3724号)

 米FRBバーナンキ議長が、1月31日、2期8年の任期を終
えて退任しました。バーナンキ議長は、2008年9月のリーマ
ンショックが起きたさい、異例ともいえる大規模な量的金融緩和
政策を実施して市場に大量の資金を供給し、それを継続したので
す。その結果、現在米国経済は順調に回復しつつあり、立派な仕
事をやり遂げての退任といえます。
 もし、あのときバーナンキ議長が量的緩和をしていなければ、
米国経済は2度目の大恐慌に苦しんでいたはずです。なぜなら、
量的緩和には「副作用が大き過ぎる」とか「効果がない」とか反
対する経済学者が多いからです。しかし、それが間違いであるこ
とはバーナンキ議長の仕事の結果が示しています。
 それに加えてバーナンキ議長は、2012年1月に「インフレ
目標」を導入しています。このことが、黒田日銀総裁がインフレ
目標2%の導入と、異次元の金融緩和政策をやるさいの格好のお
手本になったことは間違いないと思われます。
 インフレ目標は、わかりにくい中央銀行の金融政策をわかりや
すく対外的に説明し、中央銀行が市場とコミュニケーションを取
る手段です。前任の白川日銀総裁はインフレ目標に近い「目途」
などを導入したものの、それが出来なかったときの責任を曖昧に
し、明確なかたちでのインフレ目標は導入しなかったので、デフ
レは深刻化するばかりだったのです。
 しかし、量的金融緩和政策はあくまで恐慌になることを防ぐた
めの「有事の対応」です。量的金融緩和政策の目標は失業率を低
下させることにあります。FRB議長は、失業率を下げる責任を
負っているのです。リーマンショック直後の米国の失業率は10
%を超えていましたが、バーナンキ議長の適切な政策実行によっ
て徐々に下がり、現在では6.7 %になっています。量的緩和に
よって景気が良くなり、失業率が下がったのです。
 あくまで「有事対応」である量的金融緩和政策は、目的が達成
できたときは、それを終了させる必要があります。これが「出口
戦略」です。バーナンキ議長は、2014年1月末にFRB議長
を退任することになっており、出口戦略を実施するためには、あ
る程度時間をかけてやる必要があったのです。そこで2013年
5月に、量的金融緩和を縮小する方針を明らかにしたのです。
 これによってアベノミクスの「ハネムーン」が終り、最大の危
機を迎えることになったことは既に述べた通りです。しかし、米
FRBがその後量的金融緩和継続を宣言したことや、米国の長期
金利の上昇という幸運に恵まれ、アベノミクスは「円安/株高」
のトレンドに回復したのです。
 しかしながら、その後の経済指標の改善により、米FRBは、
昨年末に今度は明確に量的金融緩和縮小を実行し、今年の2月か
らは証券買い入れ額をさらに100億ドル(約1兆円)減らし、
月額650億ドルとすることを決めたのです。自分の退任に合わ
せて、金融政策の正常化──ノーマライゼイションを行ったこと
になります。
 ところが、この米国の量的緩和縮小は日本だけでなく、アルゼ
ンチンやトルコなどの経常赤字を抱える新興国に大きな打撃を与
えたのです。緩和縮小によってリスクを避けたい投資マネーが新
興国から一斉に流出しているからです。
 これに対してインド準備銀行(中央銀行)のラジャン総裁は、
粛々と緩和縮小を進めるとのFRBの方針に対して、次のように
強い不満を述べています。
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 先進国が危機対応を勝手に収束して、「あとはそれぞれで」
 というのでは・・・。  ──インド準備銀行ラジャン総裁
           2014年2月2日付、日本経済新聞
―――――――――――――――――――――――――――――
 これについては、2月22日〜23日にシドニーで開催される
20ヶ国・地域(G20)財務相・中央銀行総裁会議で議題に取
り上げられ、議論されることになると思います。
 2008年にノーベル経済学賞を受賞したポール・クルーグマ
ン・プリンストン大学教授は、近著のなかで、このバーナンキ議
長の量的緩和縮小の実施を次のように批判しています。
―――――――――――――――――――――――――――――
 2013年6月19日のFОMC(米連邦公開市場委員会)後
 に行った記者会見で、バーナンキは13年度内の緩和縮小に言
 及し、これがタカ派的な発言と受け止められて、新興国株の下
 落を招くことになった。雇用などの状況を鑑みれば、日本は当
 然のこと、アメリカも出口戦略を口にする段階ではない。まだ
 まだ出口の時期は先である。なぜいまバーナンキが非伝統的な
 金融政策をとめたい、という気持ちになるのか、私には見当が
 つかない。長期の国債を保有しているならば、むしろ、それを
 売ったときの悪影響を心配すべきではないか。いま買い入れて
 いる長期国債は満期まで保持し、期限が来たら清算すればよい
 だけだ。現時点ではその可能性はかなり低いが、もしインフレ
 率が高くなりすぎる事態を心配するのなら、短期金利を上げれ
 ばよい。中央銀行が多額の長期国債を保有することと、短期金
 利を上げることは矛盾しない。政策的にはそれが最善の戦略と
 いえる。     ──ポール・クルーグマン著/大野和基訳
     『そして日本経済が世界の希望になる』/PHP新書
―――――――――――――――――――――――――――――
 米国の量的緩和縮小によって新興国の通貨安などの不安が広が
ると、1997年のアジア通貨危機に近い状態になるのではない
かとの不安があります。もっとも当時と比べると、新興国はより
多くの外貨準備を持つようになってきているので、多少のショッ
クには耐えられるとの指摘もありますが、予断を許さない状況に
なりつつあります。とくに日本は4月から消費税増税が控えてお
り、1997年の橋本内閣の失敗の轍を再び踏むことが心配され
ます。経済の状況は、1997年のときと非常によく似てきてい
るからです。       ── [消費税増税を考える/22]

≪画像および関連情報≫
 ●バーナンキ議長が新興国市場に残した暗黙の助言
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  [29日 ロイター]──「君たちは自力で頑張れ」──。
  退任するバーナンキ米連邦準備理事会(FRB)議長が別れ
  際、新興国市場に残したものは、最初から理解されておくべ
  き暗黙の助言だった。連邦公開市場委員会(FOMC)の結
  論として、FRBはテーパリング(緩和策の規模縮小)の継
  続を決め、月額の債券買い入れ額をさらに100億ドル削減
  するが、今まさに起きようとしている新興国危機への影響に
  ついては何の言及もなかった。FOMC声明はある程度の景
  気上向きを示す内容となったが、最近の新興国市場の混乱に
  ついては、考慮すべき要素として触れていないのだ。声明で
  は、労働市場の指標は「まちまち」だが「一層の改善」を示
  しているとして、景気は「上向いた」と指摘したほか、家計
  支出と企業の設備投資は「より急速に」伸びたとしている。
  声明の表現は、全体をみると12月と同水準か、あるいは緩
  やかな景気見通しの引き上げか、その中間のどこかに相当す
  る判断だった。反対票がなかったことも併せて考えると、F
  RBは新興国のみならず、リスク資産投資を行う人々一般に
  対してとんでもないシグナルを送っていることになる。新興
  国市場で現在起きていることに対してFRBはどうやら何も
  恐怖感を抱いていないようで、市場全般に対するマイナスの
  波及効果にも慣れ切っているようにすらみえる。それも正し
  い判断ではあるが、リスクの高い株式の買いポジションを保
  有していたら、そんなことは言われたくない。しかも現実に
  は、FOMC声明の発表後は新興国通貨と他の資産が相場下
  落に見舞われただけでなく、米株も下げ足を速めた。
                   http://bit.ly/1dW9YFZ
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posted by 平野 浩 at 03:00| Comment(0) | TrackBack(0) | 消費税増税を考える | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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