だいいち病気のためとはいえ、途中で政権を投げ出した政治家が
再び総理大臣に復帰すること自体が強運の証ですし、総理に復帰
してからも強運に恵まれ続けています。
安倍政権は、いわゆるアベノミクスによる株価回復に支えられ
ています。といってもアベノミクス自体が株価上昇をもたらした
わけではないのです。アベノミクスはあくまで副次的要因であり
原因は別のところにあります。
添付ファイルを見てください。このグラフは、植草一秀氏の著
書に掲載されている2010年から2013年の「円・ドルレー
トと日経平均株価」を表したものです。上のグラフは「円・ドル
レート」、下のグラフは「日経平均株価」です。2つのグラフは
まるで同じものであるかのようによく似ています。これによって
わかることは、次のことです。
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円・ドルレートが円安になると、それに応じて株高になる
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2つのグラフによると、2012年11月から2013年5月
にかけて、円は24円安くなっていますが、それに伴い日経平均
株価は6963円上昇しているのです。
しかし、問題は、何によって「円安/株高」が引き起こされる
かです。これについて植草一秀氏は次のように述べています。
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先走って結論を出すが、近年の円ドルレート変動の最大の要因
は米国長期金利の変動である。(中略)米国長期金利が低下の
トレンドから上昇のトレンドに転じることは、すなわち、円ド
ルレートのトレンドが、円高=ドル安から円安=ドル高に転じ
ることを意味することになる。この関係を捉えることが何より
も重要であった。2012年秋以降の日本の金融市場での激変
すなわち円安株高大変動の伏線を形成したのが、実は米国長期
金利の方向転換だったのだ。この下地があるところに、追加的
な要因が加わった。それが安倍政権の誕生に伴う日本の金融緩
和政策の推進、巷に言うところの、アベノミクス第一の失であ
る。安倍政権が誕生し、追加的な金融緩和措置が実行される。
この影響で日本の長期金利が低下して株安が加速される。その
時、為替に連動する日本株価は大幅に上昇する。
──植草一秀著
『日本経済撃墜/恐怖の政策逆噴射』/ビジネス社刊
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米国の長期金利は、2012年7月に「1.38 %」になりま
したが、植草氏はこれをもって米国の長期金利がボトムに達し、
以後相場が堅調に上昇する可能性があると判断したのです。
植草氏は、新政権による金融緩和政策がそれに加われば、「円
安/株高」になる可能性は十分あると、2012年10月29日
付の自身のレポートで予測しています。この時点では、野田首相
と安倍総裁の党首討論で、年内選挙は決まっていたのです。
しかし、2013年5月から6月にかけて、10円幅の円高と
3182円の株安が突然に生じたのです。安倍政権としては7月
21日に参院選を控えていたので、その直前の「円高/株安」は
最悪のタイミングだったといえます。
原因は、2013年5月の米国バーナンキFRB議長の「金融
緩和縮小」の発言だったのです。これに中国の経済状況の不振が
加わり、「円高/株安」は一挙に加速したのです。これを機にア
ベノミクスに疑問を持つ経済学者たちが一斉に安倍政権を批判し
はじめたのです。安倍政権にとって最大の危機の到来です。
しかし、安倍政権にとって思わぬ幸運が訪れたのです。バーナ
ンキ議長の金融緩和縮小の発言が、日経平均を押し下げる原因と
なったのですが、その結果、米国長期金利が上昇に転じて、再び
「円安/株高」のトレンドに戻ったからです。これについて、植
草氏は、次のように解説しています。
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バーナンキ議長はひるむことなく量的緩和政策縮小の方針を示
し続けた。そこにはバナンキ流のしたたかな計算があったと思
われる。いずれ金融緩和政策は縮小せざるを得ない。そうであ
るなら、ある程度早めに、その方針を打ち出し、金融市場が時
間をかけて重大な政策転換情報を消化できる環境を整える。極
めて賢明かつ巧みな政策運営手法が採用されたものと評価する
べきだと思う。この、米国の金融政策運営が安倍首相へのビッ
グプレゼントになった。米国金融媛和政策の縮小方針提示が米
国長期金利上昇の原因になり、この金利上昇がドル高=円安を
もたらしたのだ。このドル高=円安が急落した日本株価を一気
に引き上げた。そして、その株価反発のおかげで、安倍政権は
参院選勝利を獲得したのである。──植草一秀著の前掲書より
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実は、これとほとんど同じトレンドが第1次安倍政権誕生の前
後にもあったのです。小泉政権の末期のことですが、2005年
1月から12月にかけて19円幅の円安が生じたのです。それに
連動して日系平均株価が6738円上昇したのです。
ところが、2006年の前半に円・ドルレートは11.5 円の
幅で円高になり、日経平均株価は3345円も急落したのです。
その原因は、福井俊彦日銀総裁が金融緩和政策を縮小したことに
あります。福井日銀総裁としては、2005年から景気回復基調
が明確になっていたので、もはや有事ではないと判断して、金融
緩和政策を縮小したのです。実際には経済、為替、株価はそれに
よって一時大きく落ち込んだものの、短期間で収束し、元のトレ
ンドに復帰したのです。ちょうどそのタイミングの2006年9
月26日に第1次安倍政権が発足したのです。
このときの日銀の対応について竹中平蔵氏は間違いであるとし
て批判していますが、植草氏は日銀の判断は間違いではないとす
る立場を取っています。 ── [消費税増税を考える/20]
≪画像および関連情報≫
●福井日銀総裁(当時)の金融緩和政策縮小について
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福井俊彦日銀総裁(当時)は、前任者速水優の路線を踏襲す
るのではないかと予想する向きもあったが、そうした予想に
反して金融の量的緩和政策をより積極的に進めた。その後、
日本経済ことに輸出部門は2004年から回復に向かったが
本格的なデフレ脱却にはいたらなかった。しかしながら20
06年3月9日には、5年超続いた金融の量的緩和政策を解
除、同年7月には実質的に約8年間に及んだゼロ金利政策か
らも脱し、短期誘導金利を0.25 %(ロンバート金利は、
0.4 %)へ引き上げた。3月9日の決定は意外と受け止め
られると共に、ここまで回復してきた日本経済に冷や水を浴
びせかけるのではないかと危惧する声が出た。また、当時第
3次小泉内閣において官房長官であった安倍晋三は、民主党
の野田内閣の下で2012年12月16日に行われた第46
回衆議院議員選挙を前に自由民主党総裁として選挙運動中、
この決定をした福井が誤っていたと名指しで批判、安倍自身
は反対であったことを明らかにした。
──ウィキペディア http://bit.ly/1eFAMLA
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●グラフ出典/ ──植草一秀著
『日本経済撃墜/恐怖の政策逆噴射』/ビジネス社刊
円・ドルレートと日経平均株価(2011〜2013)