2004年02月24日

●勝元盛次は西郷隆盛ではないか(EJ第1295号)

 映画をテーマとして取り上げるときに注意しなければならない
ことがあります。それは、その映画を観ていない人に映画の筋を
先に話してしまうことによって、興味を削いでしまうことです。
しかし、こと映画『ラストサムライ』に関する限り、その心配は
いらないと思うのです。むしろ、事前に知識があった方が楽しく
観られると思うからです。
 そういうわけで、最初に映画『ラストサムライ』の時代背景や
ストーリーについてお話ししておきます。この映画の舞台は18
70年代――1868年8月27日に明治天皇が即位し、近代日
本が誕生しつつあった年代です。
 しかし、明治天皇はそのとき弱冠16歳、父親の孝明天皇の急
死による突然の即位だったのです。当時の16歳は今と違って、
随分としっかりしていたのですが、父親の急死による即位であっ
たため天皇になる心の準備ができていなかったといいます。
 徳川家安泰の時代であれば、天皇がたとえ幼君であったとして
もさほど問題にはならないのです。なぜなら、国を治めることが
天皇の務めではなかったからです。しかし、孝明天皇を境として
事情は一変し、とくに明治天皇が即位した頃は、天皇の役割は国
政を左右するほど極めて重要になっていたのです。ちなみに18
68年9月8日に、年号は慶応から明治に改められました。
 映画において明治天皇の役は、中村七之助が演じていますが、
何となく弱々しく、優柔不断にみえるのはそうした事情によりま
す。当時の日本は欧米にとって欲しくてたまらない市場であり、
兵器などの売り込みは熾烈を極めていたのです。天皇はそれに対
して直接に向き合う必要があったのです。
 こういう状況において、かつての南北戦争の英雄/ネイサン・
オールグレン大尉――トム・クルーズが、日本政府軍に近代式戦
術を教えるために來日するのです。オールグレンはそのとき酒に
溺れ、魂を失ったさまよえる男になっていたのです。
 ここでオールグレンが南北戦争の英雄という設定になっている
のは、この映画の重要なキーポイントになります。米国では、南
北戦争以降の数年間で、かつての「勇気」は実用主義に代わり、
「犠牲」は利己主義に取って代わり、「名誉」などはどこを探し
てもなくなっていたのです。
 このオールグレンに対応する人物として存在するのが、渡辺謙
が演ずる勝元盛次なのです。勝元は、近代化の進む日本において
自らの生き方そのものである「武士道」が崩壊しかけていると痛
切に感じていたのです。この映画の製作者であるエドワード・ズ
ウィックは、ここに西洋のサムライ・オールグレンと東洋のサム
ライ・勝元盛次を2つの極として、登場させることによって、物
語を進めようとしているのです。
 米国にとって南北戦争は、国を分裂させないためのやむを得ざ
る戦いであったのです。しかし、戦いは5年間の長きに及び軍人
たちはこの戦いで心身に大きな傷を負い、復員兵の多くは民間人
として生活することはほとんど不可能だったのです。
 そのため彼らは軍に再入隊し、西部に向かうのです。そして、
次なる戦いの相手とは、長く米国の地に住む先住民――インディ
アンであり、この戦いもやりきれないほどの多くの犠牲を払って
勝利を手にすることになるのです。
 オールグレン大尉は、こういう経験を経て心身ともにボロボロ
になって、それを忘れるために遠く離れた日本の地に人に勧めら
れるままにやってきたのです。その日本で彼は、歴史と進化に抵
抗するもう一人の戦士と出会うのです。
 新時代の到来ということで、サムライのほとんどは新政府に加
わり、一部の者は金と引き替えに領地を手放しているのです。し
かし、他の一部のサムライたちはそういうことはする気はなかっ
たし、することはできなかったのです。
 新政府から与えられる報奨よりは、すでに失われつつある伝統
やこれまで守り抜いてきた大切なものに勝る価値はないと考えて
いたからです。勝元盛次はそのように考えるサムライの一人だっ
たのです。
 このオールグレンと勝元盛次――新たな内戦の最中、最初は敵
として出会った2人の男は一戦を交えることになるのですが、彼
らの戦う理由には共通しているものがひとつあったのです。それ
は、「名誉のためにだけ」戦っているという一点です。
 この勝元盛次――ただの武将ではないのです。明治天皇の指南
役で、廟堂に席を持つ参議――現在の閣僚なのです。これに対し
て、オールグレンの雇い主に当たる男が「大村」です。大村とい
うと大村益次郎を連想しますが、既に述べたように、大村益次郎
そのものではないのです。しかし、大村益次郎といえば、新政府
の中心となり、新生日本のためにさまざまな制度の改革に着手し
たのですが、それが古い考えを持つ武士たちの反感を買ったこと
は確かであり、同一人ではないにしても、暗に大村を指している
ことは否定できないと思います。
 大村は日本の財閥を率いており、米政府はその大村と組んで、
日本と兵器その他の通商を独占しようと画策するのです。大村は
そういう役割を利用して外国との取引を通じて私腹をこやし、若
い天皇をあやつって通商のすべてを握ろうすとするのです。その
ために大村は、オールグレン大尉を新生日本軍の訓練指南役とし
て派遣し、サムライの根絶を図ろうとします。
 そのサムライを率いる参議の勝元盛次――この地位の高さから
考えて、西郷隆盛か江藤新平が想起させられます。しかし、これ
に関してズウィック監督は、勝元盛次のモデルは西郷隆盛である
と次のように明言しているのです。
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 (その当時)サムライたちの指導者で影響力を持っていた人物
 が反政府にいたのか?それが西郷隆盛。西郷が日本の歴史にい
 かに影響を与えたかを証明するかのように東京の上野には彼の
 大きな銅像が建っている。 ――エドワード・ズウィック監督
−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−
               −− [ラストサムライ/02]

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posted by 平野 浩 at 00:00| Comment(0) | TrackBack(0) | その他 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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