2014年01月20日

●「デフレは果たして貨幣現象なのか」(EJ第3712号)

 安倍首相は「デフレから脱却する」ことを重要な目標として掲
げてアベノミクスを推進しています。つまり、日本経済の諸悪の
根源はデフレであると見抜いたのです。問題は、デフレからどの
ようにして脱却するかです。それには、デフレをどうとらえるか
がカギを握ります。
 実は、経済学の世界では、デフレの原因や対策について意見が
完全に2つに分かれているのです。
―――――――――――――――――――――――――――――
          1. 貨幣現象派
          2.総需要不足派
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 「貨幣現象派」と「総需要不足派」を分けるものは、「セイの
法則」が成立するかしないかです。成立するとするのは「貨幣現
象派」、しないとするのは「総需要不足派」です。
 「セイの法則」というのは、フランスの経済学者、ジャン=バ
ティスト・セイが著書『政治経済学概論』に記述したことで知ら
れる有名な次の経済学の法則のことです。
―――――――――――――――――――――――――――――
       供給はそれ自体の需要を創出する
―――――――――――――――――――――――――――――
 つまり、供給能力を増やせば、それに応じて需要が自動的に創
出されるという法則です。これによって経済の強化のためには、
経済の供給側の制約を可能な限り取り払い、その効率を高めるサ
プライサイド(供給側)を重視する経済学が、それまでのケイン
ズ経済学に対抗して1980年代以降に台頭してきたのです。こ
れが新古典派経済学です。
 この「貨幣現象派」と「総需要不足派」の違いについて、経済
評論家の三橋貴明氏は次のように述べています。
―――――――――――――――――――――――――――――
 (貨幣現象派の考え方は)銀行を中心にマネーの量を増やせば
 自動的におカネが借り入れられ、必要なところに向けて支出さ
 れるはずだ。借り入れと支出が増えれば、国民の所得は必ず増
 えるため、経済は成長するはずと提言しているのだ。なぜなら
 セイの法則により供給はそれ自体の需要を生み出すからであり
 「需要を制約する要因は生産だけだ」というデビッド・リカー
 ドの説に基づいている。これに対し、「デフレの原因は総需要
 の不足である」と主張する論者(筆者を含む)は、「通貨の創
 出」ではなく、「通貨の支出」を提言している。金融政策の有
 効性は否定せず、財政政策に基づく景気刺激策の拡大を主張し
 ているのである。             ──三橋貴明著
 『2014年世界連鎖破綻と日本経済に迫る危機』/徳間書店
―――――――――――――――――――――――――――――
 ところで、どうして日本はデフレに陥ったのでしょうか。
 きっかけはバブルの崩壊です。バブルがはじけると、民間は借
金返済や銀行預金を増やすのです。総需要とは、消費と投資の合
計ですが、この行為は、消費でも投資でもないのです。
 これをそのままに放置すると、民間の消費や投資が減ると、他
の誰かの所得が減り、その人が消費を減らし、それによって別の
誰かの所得が減り、消費を切り詰めるという悪循環に陥る。デフ
レ現象です。消費と投資を詳しくいうと、次のようになります。
つまり、総需要とは名目GDPのことなのです。
―――――――――――――――――――――――――――――
  消費 ・・・ 民間最終消費支出 + 政府最終消費支出
  投資 ・・・ 民間住宅、民間企業設備、公的資本形成
              ──三橋貴明著の前掲書より
―――――――――――――――――――――――――――――
 1997年のQ1(第1四半期)において、民間の需要(民間
消費と投資の合計/個人消費)はピークに達しており、それ以降
現在まで、日本の個人消費はそれを上回ったことはないのです。
このことは1月16日のEJ第3710号で指摘しています。
 当時バブルが崩壊して民間が支出を抑制している状況の下でも
景気が回復しつつあったので、政府は国債を発行して支出を増や
す政策をとるべきだったのに、橋本首相は財務省を信じて真逆の
政策を断行し、デフレを一層深めてしまったのです。
 何をやったかというと、消費税の税率を3%から5%に上げて
国民の支出を減らす政策を実施しただけでなく、政府自らの投資
である公共投資を削減したのです。これは、デフレを促進させる
最悪の政策以外の何ものでもないのです。
 総需要を増加させるためには、日銀に通貨を発行させ、政府は
国債を発行してそれを借り入れ、インフラ整備などの公共事業を
立ち上げ、雇用と所得を生み出すように支出すべきなのです。つ
まり、金融政策と財政政策を同時に実施するのです。これは安倍
政権がアベノミクスとしてやっている政策と同じです。したがっ
てこれは正解なのです。第1の矢と第2の矢を同時に、しかも速
やかに実施したのです。
 しかし、心配なことがあるのです。それは、安倍首相がデフレ
を貨幣現象ととらえていることです。そのために第3の矢がおか
しくなっています。2013年2月7日、安倍首相は衆議院予算
委員会で、民主党の前原誠司委員の「人口が減少するなかで、構
造問題を解決しないとデフレは脱却できないのではないか」との
質問に次のように答弁しているのです。
―――――――――――――――――――――――――――――
 人口減少とデフレを結びつける考え方を私はとらない。デフレ
 は貨幣現象であり、金融政策で変えられる。人口が減少してい
 る国はあるが、デフレになっている国はほとんどない。
                       ──安倍首相
―――――――――――――――――――――――――――――
 この安倍首相の答弁は竹下平蔵氏の主張と酷似しています。も
しそうなら、自民党は新古典派経済学の立場に立って政策を進め
ていることになります。  ── [消費税増税を考える/10]

≪画像および関連情報≫
 ●セイの法則とケインズ経済学/植草一秀氏の書籍より
  ―――――――――――――――――――――――――――
  ケインズの経済学を、ひとつだけ経済学の用語を使って説明
  すると、古典派経済学が「セイの法則」と呼ばれる考え方を
  ベースとしたのに対し、ケインズは「セイの法則」が働かな
  い局面を想定し、その局面での有効な経済政策を提示したと
  いえる。「セイの法則」とは、「供給はそれ自体の需要を生
  み出す」という見方である。価格が需要と供給をバランスさ
  せるように変動することによって、供給に見合う需要が市場
  メカニズムを通じて生み出されると考えるわけだ。仕事をし
  たいという人がいれば、その人がなんらかの仕事につけるよ
  うに賃金が変動する。時給1000円であれば人を雇おうと
  思わない企業が、時給が800円になれば人を雇うかもしれ
  ない。この場合は、労働力の価格、すなわち賃金が下落する
  ことにより、仕事を欲する労働者に仕事が行き渡るわけであ
  る。これに対し、たとえば、賃金などがそれほど自由に変動
  しない局面では、働きたいと思う人が手を挙げても、誰も雇
  う企業が現れない状態が長期化してしまうことがあるのだと
  ケインズは考えるわけだ。この場合には、供給量は需要の水
  準によって制約を受ける。つまり、供給能力をフルに生かす
  ためには政府が人為的に需要を追加してやることによってそ
  の遊休化してしまった供給力を生かせると考えるのである。
  いわゆる裁量的な政府支出の追加=有効需要の追加によって
  失業問題を解消するという処方箋が生まれてくる。
       ──植草一秀著「日本の再生/機能不全に陥った
            対米隷属経済からの脱却」/青志社刊
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ジャン=バティスト・セイ.jpg
ジャン=バティスト・セイ 
posted by 平野 浩 at 03:00| Comment(0) | TrackBack(0) | 消費税増税を考える | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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