2002年03月01日

●カオナシは日本をあらわしている!(EJ第811号)

 DVDの普及で、最近映画が手軽に見られるようになったと思
います。話題を呼んだ映画、印象に残った映画は、あとから何度
でも見たくなるものです。金熊賞をとった「千と千尋の神隠し」
についても何度も見ているとそのたびに新しい発見があります。
 千尋一家が乗っていた車は何でしょうか。車について交わされ
る会話は、道を間違えて深い山道に迷い込んでしまった父親と千
尋の次の会話です。
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 千尋「大丈夫?」
 父親「まかせとけ、この車は四駆だぞ!」
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 車に強い人であれば、映画を見れば車種はわかります。千尋の
父親が運転している車はドイツ製の外車「アウディ」――もっと
正確にいうと、「アウディA4クワトロ」なのです。ちなみに価
格は400万円以上するでしょう。もちろん、左ハンドルです。
 実は、この車は宮崎監督自身が所有している車と同じであり、
映画でこの車の走る音は、本当にこの車種を走らせて音を録音し
たといいますから、この凝り方は尋常ではありません。
 ところで、映画に登場するこの車のナンバープレートは、「多
摩34へ19−01」なのです。このようにリアルにナンバーを
つけると、同じナンバーの人から苦情がくるので、映画のスタッ
フはとても気を使うのです。
 そういうわけで、このナンバープレートは絶対にこの世に存在
しないのです。それは、4桁のナンバーの前に記されているひら
がなが「へ」であるからです。というのは、「お」「し」「へ」
「ん」はナンバープレートとしては使用しないことになっている
からです。他の文字と見間違えたり、「し(死)」など縁起が悪
い文字ということで使わないのです。
 ついでに他のひらがな文字の意味についても述べておきたいと
思います。これは、登録規則第13条第3号で次のように定めら
れているのです。
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 ●事業用 ・・・・・・・ あいうえかきくけこを
 ●自家用 ・・・・・・・ さすせそたちつてとなにぬねの
              はひふほまみむめもやゆらりるろ
 ●レンタカー用 ・・・・ われ
 ●駐留軍人軍属私有車両・ EHKMTYよ
 ●不使用文字 ・・・・・ おしへん
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 千尋一家が迷い込んだ不思議な町をよく観察すると、面白いも
の、わからないもの、不気味なものが結構たくさんあります。添
付ファイルの「油屋の町マップ」をごらんください。
 「生あります」と書いてあるので、神様も生ビールを飲むのか
なと思ったりしますが、よく見るとこの店は「目」を売る店であ
り、目を生で売っているのです。そうかと思うと「唇」と書いて
ある店もあります。本当に「唇」を売っているのでしょうか。
 「呪」と「鬼」なんて書いてある店もありますが、どういう食
べ物を出しているのでしょうか。そうかと思うと「CAFE」と
書いてある店もありますね。やはり喫茶店なのでしょうか。油屋
の従業員は休み時間にこんなところでコーヒーを飲むのでしょう
か。もっとわからないのは「ぶく゜」です。「ふぐ」ではありま
せんよ。「ぶく゜」 です。一体何なのでしょう。
 さて、「千と千尋の神隠し」で一番印象に残る登場人物はなん
といっても「カオナシ」でしょう。カオナシは、最初のうちは油
屋に渡る橋のふもとにオドオドとたたずむ何となく寂しげなキャ
ラとして描かれているのですが、油屋の中に入り込むやいなや大
きく変貌し、散在して大暴れをするのです。
 しかし、千尋に対してだけはおとなしいのです。さんざん暴れ
て食べたものを吐き出してしまうと一転しておとなしくなり、千
尋と一緒に海原電鉄に乗って銭婆を訪ねるのです。そして、カオ
ナシだけ銭婆のところに残ることになるのです。
 要するにカオナシとは、顔(自分)を持たない人間なのです。
ですから、欲深いカエルやナメクジ女を飲み込むとそのまま彼ら
の影響を受けてしまうのです。汚いことばで話しはじめ、姿も後
足を持ったカエルのようになります。「もっと料理を食べたい!
金さえ払えば何でもオレのものだ!」という欲望はカオナシが本
来持っていたものではなく、飲み込んだカエルやナメクジ女の性
格なのです。だから、それらを吐き出してしまうと、もとのおと
なしい性格に戻るのです。
 日曜日によくテレビに登場する著名政治コメンテータは「カオ
ナシは日本そのものだ!」といっていましたが、本当にそうかも
知れません。確かに日本はカオがありませんから・・・。
 宮崎監督は、カオナシを登場させることで、10歳の子供に対
してきっと次のようにいいたかったのでしょう。
−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−
 『お金がすべてなんて考える汚れた大人になりたくなかったら
 今のうちに確固たる自己を確立しなさい。カオナシみたいにフ
 ラフラしていないで、何ものにも染まらず自分の信念を持って
 進むことです』。
−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−
 ところで、神様たちが集合して風呂に入るという行事は本当に
あるのでしょうか。
 「湯立神事」と呼ばれるものがあります。巫女や神職が釜に沸
かした湯に笹の葉を浸して、参拝者にふりかけることで無病息災
を祈るというものです。また、長野県の天龍村に伝わる「霜月神
楽」というものがあります。万物の生命力が衰える冬至の時期に
神々に風呂に入ってもらいその汚れを落とすことで神々の生命力
を回復してもらおうというものです。
                  −− [千と千尋/07]

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posted by 平野 浩 at 00:00| Comment(0) | TrackBack(0) | その他 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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