少し追ってみることにします。一般的に石原氏は「過激発言」で
知られますが、都知事を務めながらも国防、とくに対中国の脅威
に関しては執拗にメッセージを発信し続けています。
多くの日本国民が中国を脅威と感じたのは、中国漁船が海上保
安庁の巡視艇に体当たりしてきたとき以降だと思います。さらに
日本政府が尖閣諸島を国有化してからは、毎日のように中国の公
船が尖閣周辺海域を侵犯したり、中国海軍の軍艦が出没してたり
中国の潜水艦が日本の領海の接続海域を浮上しないで、潜航する
に及んで、戦争勃発の危険性すら感ずるようになっています。
私が評価するのは、石原氏が多くの日本国民がこのように中国
を脅威と感ずるようになるはるか以前から、中国に関して警告を
発していることです。
5月28日のEJ第3555号でご紹介した石原氏のワシント
ンのヘリテージ財団での2005年11月の講演──沖縄に原発
が一発落ちたら沖縄は全滅する──には伏線があったのです。
2005年4月のことです。中国の軍の大学の学長である朱成
虎少将が台湾をめぐる紛争について語り、もし、米国が中国と台
湾の争いに介入するなら、中国は米国に対して核による先制攻撃
を仕掛けるだろうと発言したのです。
これに関して中国軍首脳(江沢民軍事委員会書記)は何の言い
訳もせず、朱少将を批判することもなく、この発言に触れること
すら嫌がったのです。もちろんメディアも批判などしていないの
です。石原氏のワシントンでの講演は、明らかにこのことを踏ま
えてのものだったと思われます。
石原氏は、2005年の講演のあと、続いて2006年1月刊
行の「別冊正論」で次の主張をしています。
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私は冒頭に触れた講演で、『日米安保を叩くためにもし(中国
が)核を落すならまず沖縄に落すだろう。広島の何倍もの破壊
力を持った現代の原爆なら、一発で全土は崩壊する』と述べ、
日本国民に対しても重大な警告を発したつもりなのだが、この
部分をも含めて記事にした日本の新聞はわずかに沖縄県の『琉
球新報』(平成17年11月4日付夕刊)だけだったのです。
朝日や読売などの主要新聞が、『アメリカは中国に負ける』と
いう私の発言の一部だけを取りあげ、中国がアメリカと事を構
えようとした瞬間にまず日本が標的とされるということを取り
上げないのは不可解というしかない。沖縄だけでなく首都東京
さえ中国は核の標的とするかもしれないという現実の危機が、
国内の反中世論を刺激し、中国を怒らせる結果になってはまず
いという「自粛」がメディアの当事者たちに働いたのでしょう
かね。 ──鳥居民著/草思社
「それでも戦争できない中国/中国共産党が恐れているもの」
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昨年石原氏が突如東京都知事の地位を投げ出し、橋下徹大阪市
長を共同代表にかついで日本維新の会に合流したのは、危機が目
前に迫っているのに有効な手を何も打てない当時の民主党政権を
倒し、安倍自民党と連携して、憲法改正を成し遂げようとの思い
であることは確かです。
事態は石原氏の思い描いたようには進展していませんが、民主
党は惨敗し、安倍政権が誕生しています。まだ、安倍政権につい
ての評価は定まらないものの、少なくとも就任以後の外交に関し
ては、明らかにしっかりとした意図を持って、中国を牽制する構
図を築きつつあり、評価できます。
5月26日に安倍首相はミャンマーを訪問し、テインセイン大
統領と会談し、共同声明を発表しています。約5000億円の延
滞債務を免除し、今年度内に910億円のODAを供与するとい
う破格の内容です。その狙いは工業団地の造成です。
安倍首相は政権を握ると、1月に麻生財務大臣をミャンマーに
派遣してこのことを大統領に伝えているのです。そして、2月に
は経団連が140人の派遣団を編成し、ミャンマーに乗り込んで
います。そして、今回の安倍首相の訪問はそれを踏まえてのもの
なのです。
続いて安倍首相は岸田外務大臣をブルネイ、オーストラリア、
フィリピン、シンガポールに派遣しています。そしてフィリピン
には巡視艇を10隻供与することを約束しています。中国の脅威
に日本以上に晒されているフィリピンがいまのどから手が出るほ
ど欲しいものが巡視艇だからです。
そして、安倍首相自身は、1月16日から、タイ、ベトナム、
インドネシアを訪問しています。そしてインドネシアでは、ユド
ヨノ大統領との会談で、アジア外交の5原則を発表しています。
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≪アジア外交の5原則≫
1.思想・表現・言論の自由の十全な実現
2.海洋における法とルールの支配の実現
3.オープンにして自由な経済済関係追求
4.文化的なつながりの一層の充実と拡大
5.未来を担う世代の交流の積極的な促進
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さらに、安倍首相は3月にはモンゴル、5月にはロシアにも訪
問し、精力的に動いています。日本のマスコミは、いわゆるアベ
ノミクスに目を取られ、安倍政権の外交の狙いをあまり報道しま
せんが、これは見事な中国牽制の構図そのものであり、現時点で
適切な外交姿勢といえます。
これには、中国も相当神経をとがらせていると思います。この
ままの状態が続くと、日本に中国の外堀を埋められている感じが
するからです。それに中国にとって日本は、経済の相手国として
は重要なポジションを占めている国であり、どこかで手打ちをし
なければと考えているからです。しかし、領土問題が存在し、そ
う簡単には振り上げた手を下ろせないのです。安倍外交はそれな
りに成果を上げつつあります。 ─── [新中国論/55]
≪画像および関連情報≫
●日中衝突劇を演出したヘリテージ財団とは何か
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ヘリテージ財団は、1980年代から1990年代前半にか
けてのレーガン・ドクトリンの主要な立案者かつ支援者だっ
た。米国政府はこれによりアフガニスタン、アンゴラ、カン
ボジア、ニカラグアなどで、反共主義を掲げて公然、非公然
諸々の介入を行い抵抗運動を支援した。また冷戦の期間中全
世界的に反共主義を支援した。ヘリテージ財団の外交政策分
析者はその活動を研究に限定せず、むしろ、アンゴラでのア
ンゴラ全面独立民族同盟(UNITA)への兵器供与、カンボ
ジア、ニカラグア、モザンビーク民族抵抗運動への支援、イ
ラン・コントラ事件での資金提供など、政治的或は軍事的な
支援を反政府勢力や東側諸国とソ連における反体制派に与え
るための工作に力を注いだ。財団はソ連が「悪の帝国」であ
るとして、単なる封じ込めではなく、その敗北を現実的な外
交政策目標としたレーガン大統領の信念を実現させるように
支援した。また、ヘリテージ財団はレーガンの掲げた弾道ミ
サイルに対する「戦略防衛構想」の立案においても重要な役
割を果たした。スチュアート・バトラー
http://velvetmorning.asablo.jp/blog/2012/09/20/6579303
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石原 慎太郎日本維新の会共同代表