2013年04月24日

●「未富先老の暗示するものとは何か」(EJ第3534号)

 「和平演変」に続いて「未富先老」──ウェイフウシェンラオ
という言葉が、最近中国でよく使われます。文字を見れば見当は
つきますが、その意味は次の通りです。
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      未富先老
      いまだ富むことがないまま、先に老いる
―――――――――――――――――――――――――――――
 この「未富先老」について、野村資本市場研究所のC・H・カ
ーン氏は、インタビューに対して次のように答えています。
―――――――――――――――――――――――――――――
 中国社会は、1980年代のはじめに導入した一人っ子政策に
 よって、国民全般が富裕となる前に年老いることになります。
 そうなるなら、中国はこの問題に直面する世界で最初の国にな
 ります。              ──鳥居民著/草思社
 「それでも戦争できない中国/中国共産党が恐れているもの」
―――――――――――――――――――――――――――――
 中国の実施している政策には、普通の国が理解できないものが
いくつかあります。そのひとつが「一人っ子政策」です。今や日
本をはじめとして、韓国、台湾、ASEAN諸国と周辺東南アジ
ア諸国が少子高齢化対策で苦慮しているのに、中国だけが子供の
数を制限しているからです。
 なぜ、一人っ子政策を続けているのでしょうか。現代中国研究
家の津上俊哉氏は、その原因として次の2つを上げています。
―――――――――――――――――――――――――――――
  1.マルサスの「人口論」的考え方が中国で支配的である
  2.一人っ子政策の維持が実施部門の既得権益化している
―――――――――――――――――――――――――――――
 マルサスの「人口論」とは何でしょうか。
 イギリスの経済学者であるロバート・マルサスは、1798年
に「人口の原理関する一論」を著しています。この理論を簡単に
まとめると、次の3つになります。
―――――――――――――――――――――――――――――
 1.人口は、生活資源が増加するところでは常に増加する。逆
   に生活資源が足りないところでは人口は制限される
 2.人口は幾何級数的に増加し、生活資源は算術級数的に増加
   するから、人口は生活資源の水準を越えて増加する
 3.不均衡が発生すると人口集団にはそれを是正しようとする
   力が働く。「積極的制限」と「予防的制限」の2つ
―――――――――――――――――――――――――――――
 世界人口を10億とします。それは25年ごとに倍増し、その
比率は1,2,4,8、・・・となります。それに対して土地か
らの農産物の収穫量は算術級数的なスピード、すなわち、1、2
3、4、・・・でしか増加しないのです。そうなると、人口の増
加率が食糧の生産増加率を上回り、やがて人口を養うだけの食糧
よりも、人口そのものの方が上回ってしまうことになる──マル
サスはこのように指摘しているのです。
 人口の数とそれを養う生活資源の量は前者が後者を大きく上回
り、不均衡化することは避けられないのです。そのため、行われ
るのが、貧困、飢饉、戦争、病気、退廃といった「積極的制限」
であり、晩婚化、晩産化、非婚化による出生の抑制などの「予防
的制限」の2つです。
 中国は、このマルサスの人口論を基にして、「一人っ子政策」
を実施したと考えられるのです。これが第1の原因です。
 第2の原因は、一人っ子政策を堅持することがそれを管理する
部門の既得権益になっていて、やめることができないことです。
これは一体どういうことなのでしょうか。
 一人っ子政策を担当するのは、計画生育委員会(以下、計生委
と省略)という大きな組織です。それは、中央レベルから全国津
々浦々まで広がり、最基層レベルの「村」にいたるまで、きちっ
としたビラミット型組織が形成されているのです。
 そこで何が既得権益になっているのかというと、一人っ子政策
違反者に課せられる罰金徴収の経済利益なのです。これは、とく
に農村地帯の党政府機関にとって、貴重な収益源になっているの
です。したがって、一人っ子政策廃止の議論が起きると、計生委
は猛然と政策堅持を主張するのです。米国で銃規制がなかなか実
現できないのと同様に、中国では一人っ子政策をやめることは、
計生委がある以上、もはや不可能であるといえます。
 この問題と密接に関係するのは、都市農村二元機構問題です。
中国では、戸籍を「都市住民」と「農民」に分けており、戸籍の
移動を認めないのです。現在は仕事を求めて、多くの農民が都市
部に出稼ぎにきており、都市に住んでいるのですが、農民は都市
の戸籍を取得することはできないのです。
 それだけではないのです。都市住民と農民の間には多くの格差
があります。例えば、農民は都市で働いていても、農民の就ける
職業には制約があり、失業保険や年金なども適用されず、医療
費の公的補助もない。おまけに賃金は不当なほど低く、満足に暮
らしていけないほどなのです。
 中国では「戸籍」のことを「戸口」といいます。この条例が制
定されたのは、1958年のことで正式名称は「戸口登記条例」
というのです。
 中国共産党の体制を批判する人は、この条例は憲法よりも強固
であるといいます。なぜなら、中国共産党50年の歴史において
憲法は4回変わり、中国共産党の党章は8回書き換えられていま
すが、この条例は不変だからです。
 なぜ、この条例ができたのでしょうか。
 中国の都市、例えば北京は中国という大海に浮かぶ小さな島の
ようなもの。そこにある日、農民という大波が襲ってきたら、ひ
とたまりもない──毛沢東はあるとき、こう考えたのです。
 つまり、毛沢東は農民が急増して、都市に押し寄せてくること
を危惧したのです。しかし、皮肉なことに、中国の経済成長はこ
の条例のお蔭なのです。       ── [新中国論/32]

≪画像および関連情報≫
 ●押し寄せる高齢化の波 「未富先老」にどう対処する?
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  「未富先老」とは先進国になる前に高齢化社会に入るという
  意味である。これは社会問題、経済問題であるだけでなく、
  国民の生活そのものに大きな影響を及ぼす。「未富先老」は
  「十二五(2011〜2015)」期間における課題である
  だけでなく、中国の将来に関係してくる大きな問題である。
  経済的な観点からいえば、「未富先老」が意味するところは
  人口ボーナスをまもなく享受できなくなるということで、廉
  価な労働力にたより続いてきた経済成長がストップするとい
  うことだ。また、今のところ、経済の立て直しや産業の高度
  化をすぐに実現することは難しいので、中国経済の将来の継
  続的な成長には黄信号がともっているといえる。それに「未
  富先老」は資金力のない若者に高齢者の世話をする負担を負
  わせるもので、高齢者もまた、「頼れる人がいない」という
  局面が生じるだろう。政府は高齢者援助のための予算を捻出
  しなければならず、市民も大きな経済的負担を負わなければ
  ならない。先進国の多くが高齢化社会を迎えているが、それ
  ら国家の高齢化社会への対応力は中国を大きく上回る。中国
  の経済力と先進国とではまだまだ大きな差があり、国民一人
  あたりの経済力にも違いがある。これらの点をふまえると、
  「未富先老」は将来の経済的な競争力に大きな影響をもたら
  すといえる。
   http://www.insightchina.jp/newscns/2011/03/04/15479/
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鳥居民氏の本.jpg
鳥居 民氏の本
posted by 平野 浩 at 03:00| Comment(2) | TrackBack(0) | 新中国論 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
>自公政権が0増5減だけをやって定数削減をやらずに逃げようとする姿勢を朝日の社説が「食い逃げ」と批判。その通りである。自らも身を切ると約束して消費増税を決めたのだから、やらないのであれば消費増税は凍結すべきだ。国民を無視して自分たちのことしか考えない自公の悪だくみが露見しつつある。<

今、政治家の数を減らすのはひとつも良い事ない。益々官僚の権益を強化し、小沢一郎が掲げる旧態依然からの脱却が益々困難になるだけだろう。霞が関広報団であるマスゴミの誤誘導に乗ってどうするのか、平野さん。あなたの影響力はかなり大きいので意見させて頂ました。
Posted by ichiro.jr at 2013年04月24日 09:11
定数削減より議員経費削減を嫌がるでしょうね。そうした方がいい。美味し過ぎる職業だから稼業化する。政治の質の低下もそこにある。
Posted by ttt at 2013年04月24日 09:48
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