ます。とくに油屋にやってくる神々が実にユニークです。春日さ
ま、オオトリさま、おしらさま、オクサレさま、牛鬼、おなまさ
ま・・・などなど。千とはとくに、おしらさまとオクサレさまが
かかわっています。
断っておきたいのは、ここで神といっているのは、西洋におけ
る「GOD」のことでも、イスラム教における「アッラー」のこ
とでもなく、日本人がいうところの八百万の神であることです。
古来より、日本に住む人々は自然界に存在するありとあらゆる
ものには神が宿ると考え、自然の要素は、すなわち神の分身であ
るとも考えてきたのです。
日本人なら、あの山の中に山の神が鎮っているのだといわれれ
ば、ほとんど抵抗なく同意することが出来ますし、この森の中に
は森の神が鎮っているのだといわれても、あるいはこの樹木の中
には樹の神が鎮っているのだと言われても同様です。日本人は自
然の恵みを神の恵みと考え、八百万の神々と共存しながら暮らし
ていたのです。すなわち、私たちにとって、神とはかくも身近な
存在であったわけです。これが神道の考え方です。
例えば、映画に出てくるかわいらしいヒヨコの格好をしている
オオトリさまは食べられてしまったヒヨコの霊ですし、ヘドロを
まとって異臭を放つオクサレさまは河の霊なのです。したがって
神々というよりも「霊」という字をあて「神」と読ませるべきか
も知れないのです。
さて、千尋が契約のために湯婆婆に会いに行くときに、大根の
神様であるおしらさまと遭遇します。赤フン姿のおしらさまと油
屋のエレベータに乗り合わせて窮屈そうにしている千尋の姿が、
なかなかかわいいです。
千になってからの最初の仕事の相手は、全身がヘドロの塊のよ
うになっていて、すさまじい臭気を放つオクサレさまだったので
す。その正体は翁の面の顔に百蛇の胴体を持つ高名な河の神様な
のです。宮崎監督は河が産業廃棄物で汚染されていることをこう
いうかたちで訴えているのです。
千はリンに手伝ってもってオクサレさまをやっとの思いで薬湯
につけることに成功します。そして、オクサレさまに刺さってい
るとトゲにロープを巻いて引き抜くと、自転車やら建材やら、何
かの残骸が飛び出し、液体が一斉に噴出します。
最後には巨大な翁の面が浮かび上がって空中に止まり、ヒモで
吊ったアゴがかすかに動いて「よきかな」といって空中高く舞い
上がり消えていくのです。そのあとには、団子状の黒い塊が残る
のですが、これが「河の神様がくれたお団子」で、あとでハクを
救うときに役に立つのです。
これらの神々以上に、千にかかわりを持つ登場人物に「カオナ
シ」がいます。カオナシは、油屋のある世界とは別な世界からき
たといわれる謎の男です。自分というものを持たず、自分からは
「アーウー」としか喋れず、呑み込んだ相手の声を借りてしかコ
ミュニケーションのとれない男として描かれています。宮崎監督
は、カオナシを現代の若者に見立てているのです。
宮崎監督は、カオナシを当初は橋のたもとにただ立っているだ
けのキャラとして位置づけていたのです。しかし、繰り返し映像
を見るにつけ、妙に存在感のあるヤツだということがわかってき
て、監督は考え方を改めます。「そうだ、カオナシを千のストー
カーとして使おう」と考えたわけです。
油屋の最初の部分で、千が縁側から水を捨てようとすると、暗
闇の中にカオナシが立っていることに気がつきます。千は「そこ
寒いでしょう。ここ開けときますから」といって、オカナシを油
屋の中に入れてしまうのです。これがあとで、大きな騒動の原因
になってしまうのです。要するに、宮崎監督は、カオナシを劇の
後半部分で、千にからむ重要なキャラとして使うことにしたので
す。結果としてこれは大きな成果をあげていると思います。
カオナシは、神ではないのに油屋の客人になりすまし、従業員
達に砂金をばらまき、支配しようとします。そして、何とか千の
歓心を買おうとするのです。しかし、千に「わたしの欲しいもの
はあなたには絶対に出せない」と断言され、キレて油屋の中で暴
れ回ります。
宮崎監督は「みんなの中にカオナシはいる」といいます。確か
にそういう性向を人間は持っていると思います。ところで、宮崎
監督が作詞したカオナシの歌『さみしい さみしい』をご存知で
しょうか。
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『さみしい さみしい 僕ひとりぼっち
ねぇ 振り向いて こっち向いて
食べたい 食べたい 君 たべちゃいたいの
君、かわいいね
きっと寂しくなんかならなすんだね』
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さて、油屋を支配している湯婆婆ですが、彼女には双子の姉が
います。その名前は「銭婆(ゼニーバ)」といいます。その銭婆
が途中から登場するからきわめてわかりにくくなります。銭婆は
竜の化身であるハクが、湯婆婆の命令で私から大事なハンコを盗
み出したことを千に伝えます。そのハクは竜の姿になって瀕死の
状態で横たわっているのです。「何とかハクを救わなければ・」
と考えた千は、竜の姿をしているハクを釜爺のところまで連れて
いきます。そして、千は、河の神様がくれたお団子をハクに飲ま
すと、ハクは銭婆のハンコを吐き出します。
ところで、湯婆婆がハクに盗ませたハンコは油屋の労働協約の
改正にからむもので、これによって湯婆婆は油屋の従業員を奴隷
にできるのです。あとでそのことを知ったハクは「そんなこと飛
んでもない」と盗んだハンコを飲み込む――そのようにコンテに
は書いてあるのですが、この分はすべてカットされたので、その
いきさつはわからなくなっています。
−− [千と千尋/03]