2001年10月16日

●千の働く油屋は昭和初期の疑洋風(EJ第722号)

 毎日の新聞、テレビ報道は、テロ、報復、不況、それに狂牛病
などなど、暗いニュースばかりです。こういうときには、「千と
千尋の神隠し」のようなメルヘンチックな映画の話題もいいと思
います。今週はこの話を中心に話を展開する予定です。まだ、映
画をご覧になっていない方はぜひご覧になってください。シニア
の方は子供料金で見ることができます。
 現代っ子である10歳の女の子が、異世界に迷い込んで決定的
に厳しい状況に置かれたときどのように行動するか――そういう
シミュレーションをやったのが、宮崎駿監督の「千と千尋の神隠
し」だと思います。
 両親をブタに変えられ、自分の身体が透明になって消えかかる
瞬間、ハクがくれた丸薬を飲んで元の身体に戻った千尋。ハクは
「両親を元に戻す方法がわかるまで湯屋『油屋』で働くのだ」と
親切にアドバイスしてくれます。この町では仕事を持たないと、
動物に変えられてしまうのです。
 油屋は、八百万(やおよろず)の神々が疲れを癒すためにやっ
てくる温泉なのです。その油屋を仕切っているのが「湯婆婆(ユ
バーバ)」という魔法使いなのですが、油屋で働くためには、そ
の湯婆婆と契約をしなければならないのです。湯婆婆は恐ろしい
魔法使いであり、彼女に逆らうと、この世界では生きていけない
のです。
 つまり、この世界では、自分の発することばには取り返しのつ
かない重みがあるのです。たとえ10歳の女の子といえども生き
るために自ら働かなければならないし、自分のことばに責任を負
わなければないないのです。それに「いやだ」とか「帰りたい」
などと一言でもいうと、湯婆婆によってニワトリに変えられてし
まうのです。
 現代では、ことばは限りなく軽く、どうとでもいえるあぶくの
ようなものと受けとられているといえますが、それは現実がうつ
ろになっている反映であるといえます。これは、宮崎監督の発す
るメッセージなのです。
 結局、千尋は、ハクが紹介してくれた油屋のボイラーマン、6
本腕の「釜爺」の協力を得て、湯婆婆と契約を結び、油屋で働く
ことになるのです。しかし、千尋は湯婆婆によって「千尋」とい
う名前を奪われ「千」という名前を与えられます。
 自分の名前を奪われるということは、相手から完全に支配され
ることを意味します。千尋はそういう状況において「千尋」とい
う名前を忘れていく自分に気が付いてぞっとします。ハクは自ら
魔法使いになることを志願して湯婆婆に弟子入りしたのですが、
自分の本当の名前を忘れてしまって元の世界に戻れなくなってし
まったのです。
 さて、この映画の舞台装置である油屋について少し考察してみ
ることにします。この油屋は昭和初期によく見られた「擬洋風」
の建物になっています。宮崎監督は、江戸東京建物園(東京都小
金井市)に行って自らデッサンしているのです。
油屋は、銭湯と温泉宿とを合体させたようなものと考えればい
いと思いますが、内部がとても変わっています。正面玄関には、
こけおどしの湯の滝があり、一歩内部に入ると、浴室場の上部が
天井まで吹き抜けになっています。周囲に回廊が取り巻き、その
外側に宴会場や客室が配置されており、エレベータで上下すると
いう作りになっているのです。
 油屋に関する宮崎監督が書いたコンテを見ると、湯婆婆の部屋
については、「日本風俗悪の頂点、豪華絢爛様式、ゴタマゼ成金
東アジア形」とあり、正面玄関の滝については「目黒ガジョエン
と並ぶ俗悪さ」とあります。それに、神々を乗せるフェリーは、
ギンギンに輝く絢爛豪華たる屋形船ときているのです。
 私は、この映画を見る少し前にテレビで「吉原炎上」という映
画を見たのですが、油屋はその吉原の建物と内部が大変よく似て
いると思うのです。要するに、一度見たら二度と忘れられない悪
趣味でギンギンの絢爛豪華な建物をあえて描いているのです。
 さて、この不思議な建物、油屋で働くことになった千尋、すな
わち千は、キリリとタスキがけをして姉さん格のリンと一緒に、
浴室でいきいきと働くのです。両親と一緒のときのようなブチャ
ムクレの表情は一変し、時おりハッとするような非常に魅力的な
表情を見せるようになるのです。自立して、自分の行動に責任を
持つようになると、人間は変貌することを教えているのです。
 さて、千とのかかわりを持つ登場人物で忘れられないキャラク
タを持つ者が「釜爺」と呼ばれるボイラーマンです。釜爺は菅原
文太が音声を担当しているのですが、彼は蜘蛛を思わせる伸縮自
在の手足を使って、まさに獅子奮迅の仕事ぶりです。
 彼はガラスの広口のビンのフタを開け、中から木の根のような
生薬を出し、これを挽きながらレバーに手を伸ばして動かし、そ
の内にもう一本の腕でハンドルを回転させ、さらにもう一本の腕
で、お札(各浴室から指示がくる)を上げたヒモをぐいっと引き
木槌でススワタリ(ススの精)に号令を出して石炭を火に入れさ
せ、そして時折ヤカンの水を呑むという働きをするのです。
この「釜爺」と小泉内閣の塩川財務相の愛称「塩爺」とは何か
関係があると思います。というのは、このニックネームが若い人
の間で自然にいわれるようになったからです。
 釜爺の音声を担当した菅原文太さんは、釜爺について次のよう
にいっています。
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 『釜爺というのは俺向きの役だったしね。宮崎さんはきっと今
の日本の人々と対比して、古い昔の日本人というほど古くない
 かも知れないけれど、ただ何も厭わずに働いているお人好しの
 日本人を釜爺という人物に置き換えたんじゃないのかな』。
−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−
 釜爺を見ていると、本当に菅原文太さんのいう通りであると思
います。千尋が現代っ子の代表なら、確かに釜爺は現在日本のシ
ニアの人たちを指していると思います。
                  −− [千と千尋/02]

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posted by 平野 浩 at 00:00| Comment(0) | TrackBack(0) | その他 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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