2007年02月05日

ケータイ関係者が全員ゆでガエルになる(EJ第2013号)

 ソフトバンクがボーダフォンを買収してすぐやったことがあり
ます。それは、携帯電話の販売体制を販売代理店経由から直販に
切り替えたことです。何でもないことのように見えますが、これ
は大変勇気のいる、意義のある意思決定なのです。
 販売代理店――現在の携帯電話市場は、数社の大手販売代理店
の影響力がきわめて大きいのです。それらの大手販売代理店の多
くは、複数キャリアのブランドショップ――ドコモショップや、
auショップや量販店を運営しています。
 現在、携帯電話機――ケータイ端末の店頭での平均価格は、か
なりの高級機でもせいぜい2〜3万円程度です。安いものなら、
1万円以下もありますし、少し古いタイプなら100円端末もあ
りうるのです。どうして、そんなに安いのでしょうか。
 実は、端末メーカーからキャリアへの卸価格はもっと高く、5
〜7万円もするのです。それならどうしてそんなに安く売れるの
でしょうか。
 それは、キャリアが販売代理店に支払う「販売奨励金」――ま
たは販売インセンティブと呼称−−があるからです。その金額は
キャリアによる多少の違いはありますが、端末一台について4〜
5万円という高額なものなのです。
 販売代理店としては、ケータイの契約ができるとこの販売奨励
金が入るので、端末代金を大幅に値下げできるのです。ケータイ
端末が作られるまでの流れを整理しておきましょう。
 キャリアは端末メーカーに仕様を示して制作を依頼します。端
末ができると、端末メーカーは見積書を提出し、キャリアが買い
取ってくれる数量を教えてもらい、その数だけを生産します。こ
れならノーリスクです。そのときの一台の卸価格は4〜7万円も
するのです。
 キャリアはこれらの端末を大量に仕入れて、自社直営店で販売
するとともに販売代理店に対し、販売奨励金を支払うことを約束
して端末を卸します。販売代理店は販売奨励金を勘案して端末の
価格を決め店頭に展示します。販売奨励金の額は一台について約
4〜5万円もあり、他社との競合もあるので、端末価格はかなり
安く設定されることになります。
 ユーザとしては、かなり高機能の端末が比較的買い易い価格で
手に入るので、購入するユーザは多くなります。しかし、キャリ
アとしては、その販売奨励金相当額をユーザが支払う通信費用の
中から数ヶ月かけて回収しているのです。
 何のことはない。ユーザは本来の高い端末の代金をそれと知ら
されずに払わされているのです。そのために通信料はかなり割高
に設定されているのです。もっと別の言い方をすると、あまりケ
ータイを利用しないユーザの基本料金が販売奨励金の原資の補て
んに当てられているといってよいと思います。
 海外の大手携帯電話メーカー幹部は、日本のこの制度について
次のようにいっています。
―――――――――――――――――――――――――――――
 販売奨励金の原資がどこにあったかといえば、利用者が支払う
 割高な通信料。その費用をなぜ通信料金に還元しないのか。そ
 うすれば、日本の携帯電話料金はもっと安くできるはずだ。
―――――――――――――――――――――――――――――
 しかし、販売代理店に対する販売奨励金制度は、ケータイビジ
ネスの立ち上がり期には、絶大の威力を発揮して携帯電話の加入
者を増やし、普及を加速させるのに役立ったのです。
 そういう普及期には、キャリア、販売代理店、端末メーカー、
ユーザのそれぞれがメリットを享受するウィン・ウィンの関係に
あったといえます。
 ところが今や端末販売の80〜90%が買い替えが占め、回収
の原資となるARPU――平均利用料金も料金値下げ競争によっ
て従来よりダウンしていることを考えると、この販売奨励金制度
が制度疲労を起こしつつあることは確かです。
 さらに、新規契約で安い端末を入手し、数ヶ月で契約を解約す
るというユーザが現れるに及んで、キャリアと販売代理店の間で
販売奨励金をめぐるトラブルも出始めています。こういうケース
では、キャリアは販売奨励金分をユーザから吸い上げる前に解約
されてしまうので、大赤字になります。まして、MNPが始まっ
ている現在ではユーザの流動性は一層加速することは避けられな
いのです。奨励金で釣って売る方法が限界に達しているのです。
 それなら、キャリアが販売奨励金をダウンさせたらどうなるで
しょうか。
 そうすると、端末の店頭販売価格は一挙に高騰します。その結
果、販売数は減少し、販売代理店の収入は減少します。既に述べ
たように販売代理店は複数のキャリアのブランドショップを運営
しているので、販売インセンティブの高いキャリアの販売に注力
することになり、販売奨励金をダウンさせたキャリアの販売数は
ますます減少することになります。
 おそらくこの状態にキャリアは3ヶ月以上は耐えられないと思
われ、再び販売奨励金を上げざるを得ない――こういうわけで、
キャリアは販売奨励金がいずれ自社の首を絞めることになること
が分かっていながら、結局はやめることはできないのです。
 キャリアが置かれているこのような状態を「ゆでガエル現象」
と呼ぶ人がいます。野村総合研究所の情報・通信コンサルティン
グ部上級コンサルタント北俊一氏がその人です。
 水槽にカエルを入れて、少しずつ火を加えていくと、水が少し
ずつお湯に代わっていき、一瞬にしてそれが熱湯に変わる――カ
エルは程よい温度のときに酩酊状態になってしまい飛び出せず、
ゆでガエルになってしまうことがわかっています。
 北氏はこの実験の例をひき、キャリアと端末メーカー、販売代
理店を水槽の中のカエルに例えて、販売奨励金というほどよい温
度にひたっていると、そのうち飛び出せなくなると警告を発して
いるのです。しかし、孫正義社長はボーダフォンを買収すると同
時に水槽から飛び出したのです。 ・・・・ [通信戦争/21]


≪画像および関連情報≫
 ・北 俊一氏/ゆでガエル発言
  ―――――――――――――――――――――――――――
  野村総合研究所(NRI)は1月26日,携帯電話市場の継
  続的で飛躍的な発展のために,競争構造を見直すべきだとい
  う提言を発表した。同社が毎月発行する報告書最新号の中で
  北俊一・上級コンサルタントが指摘している。「いまのまま
  では,携帯電話事業者もメーカーも販売代理店も破たんしか
  ねない。少しずつお湯が熱くなっているのに気付かないでい
  るカエルが,結局“ゆでガエル”となって死んでしまう話を
  想起させる状況にある」と。
  http://itpro.nikkeibp.co.jp/free/NCC/NEWS/20040126/138754/
  ―――――――――――――――――――――――――――

NRI/北俊一氏.jpg
posted by 平野 浩 at 04:41| Comment(0) | TrackBack(0) | ケータイ通信戦争 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
コメントを書く
お名前: [必須入力]

メールアドレス: [必須入力]

ホームページアドレス:

コメント: [必須入力]


この記事へのトラックバック
×

この広告は90日以上新しい記事の投稿がない ブログに表示されております。