2007年01月29日

800Mz帯を再編する理由は何か(EJ第2008号)

 孫社長は総務省を相手どって行政訴訟を起こす根拠として電波
法第1條を持ち出しています。電波法第1條には次のように記述
されています。
―――――――――――――――――――――――――――――
 電波法第1條:この法律は電波の公平かつ能率的な利用を確保
 することによって、公共の福祉を増進することを目的とする。
―――――――――――――――――――――――――――――
 これをベースとして、孫社長は総務省で次官や局長を務めた人
間がNTTドコモとKDDIに多数天下っている事実をつきとめ
公平でオープンであるべき電波の割り当て業務を密室的談合で決
めているのではないかという主張を展開するのです。
 孫社長は一般的には技術畑の人間と思われていますが、彼は技
術的知識だけでなく、日本の法律を実によく勉強しています。そ
して、議論の場では自身の正当性を主張するよりどころとしてそ
れを巧みに利用しているのです。
 こんな話があります。ソフトバンクはADSLで北米方式の通
信機器を採用しているのですが、その方式の申請のさい、それが
日本方式の機器(ISDN)と干渉するとして締め出されそうに
なったことがあります。普通の通信会社だったら、それであきら
めてしまうでしょう。
 しかし、そのとき孫社長は日本がWTO(世界貿易機関)に加
盟していることを持ち出し、次のように主張したのです。
―――――――――――――――――――――――――――――
 国際標準である北米方式より日本方式だけが優遇されるのは国
 際間の自由な貿易ルールを定めたWTOの趣旨に反する。
  ――日経コミュニケーション編、『風雲児たちが巻き起こす
                 携帯電話崩壊の序曲』より
―――――――――――――――――――――――――――――
 結局、最終的には総務省側が折れて、北米方式が正式に認めら
れたという経緯があるのです。孫正義という人物、一筋縄ではい
かないのです。私はかつてあるパーティ会場で孫正義氏と会い、
話をしたことがあるのですが、物腰はやわらかで腰が低く、とて
も魅力的な話し方をする人物という印象があります。普通に話を
している限りでは強引さは感じられないのです。
 そもそも総務省はなぜ800MHz帯の再編をやろうとしたの
でしょうか。それには歴史的な経緯があるのです。
 1990年代は「ニューメディア時代」といわれ、当時の郵政
省はいろいろな無線サービスを立ち上げているのです。例を上げ
ると、陸上ではテレターミナルという名のデータ通信サービス、
港湾にはマリオネットという港湾専用の電話サービスなど、そし
て自動車電話サービス(後の携帯電話サービス)もそれに加わっ
たのです。つまり、サービス多様化政策を取っていたのです。
 しかし、携帯電話以外はことごとく事業が失敗して撤退してし
まったのです。役所のやることはすべてこのように計画性がない
のです。しかし、正式に失敗ということになると、郵政省の責任
になるので、唯一業績を伸ばしつつあった携帯電話サービス――
NTTドコモ(当時はNTT移動通信網)とDDI(現在のKD
DI)に頼み込んで、事業を引き継いでもらったのです。
 そのため、NTTドコモやKDDIは、10Mヘルツ幅、3M
ヘルツ幅、2Mヘルツ幅などの細切れの周波数帯を飛び石状態で
利用するという不便さを強いられたのです。そういう歴史的な経
緯を一切無視して、孫社長が正論を唱えて800MHz帯に割り
込んできたので、NTTドコモやKDDIの幹部はアタマにきた
というわけです。
 実はもうひとつ800MHz帯をいじる必要が総務省にはあっ
たのです。ADSLに上りと下りがあるように、携帯電話にも上
りと下りがあります。
 つまり、携帯電話は上りと下りの2つの周波数帯に分けてサー
ビスが提供されているのです。しかし、日本の場合、上りと下り
の周波数の配置が逆転しているのです。これは世界的に見てきわ
めて特殊なことなのです。
 その理由は、アナログテレビ放送で利用している周波数との混
信を防ぐためです。携帯電話機の送信電波によってテレビ放送に
ノイズ障害が起こる可能性があったのです。
 しかし、その後テレビ・チューナーのフィルター機能が向上し
干渉を防ぐことができるようになったし、アナログテレビの放送
自体が2011年に終了するので、このさい800MHz帯を整
備して上下逆転を修正したいと総務省は考えたのです。このよう
に日本の電波の割り当ては計画性がないことは間違いのないこと
であるといえます。
 ソフトバンクの提訴を受けて総務省は、「携帯電話利用周波数
の利用拡大に関する検討会」を開くことにしたのです。この検討
会は、2004年10月21日を第1回とし、2005年2月ま
で、計8回開かれたのです。
 しかし、総務省は利害関係のあるNTTドコモとauと連携を
取り、ソフトバンクの800MHz帯への参入は断固認めないと
いう方針で臨んだのです。
 このときソフトバンクと並んで800MHz帯への参入を希望
したのは、イー・アクセス、アイビー・モバイル、平成電電であ
り、それぞれの会社のトップが一堂に会してそれぞれの主張を述
べたのです。そのとき、守る側の総務省の考え方を代弁したのは
auの小野寺社長の次の発言です。
―――――――――――――――――――――――――――――
 仮に新規事業者に800Mヘルツ帯を割り当てると、我々は現
 在使用中の帯域のサービスを一部中止し、移行先周波数への対
 応設備を作らなければならない。しかも瞬時にやらないと利用
 者に迷惑をかける。そうなると費用は一兆円を超える。どう考
 えても無理だ。            ――小野寺au社長
           日経コミュニケーション編の前掲書より
――――――――――――――――・・・・ [通信戦争/16]


≪画像および関連情報≫
 ・携帯電話の上りと下りの周波数
  ―――――――――――――――――――――――――――
  無線通信などでデュプレックス通信(同時送受信)を実現す
  る方式の一つで、上りと下りの電波がぶつかりあわないよう
  に、それぞれ別の周波数帯を利用するもののことである。通
  信経路の周波数帯を半分に分割して、送信と受信を同時に行
  なう。     ――これについては明日のEJで解説予定
  ―――――――――――――――――――――――――――

日経コミュニケーション編の本.jpg
posted by 平野 浩 at 04:38| Comment(0) | TrackBack(0) | ケータイ通信戦争 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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