したとき、中国は冷静だったのです。地方自治体の長がいってい
ることだし、最後の最後は日本政府が何とかするだろうと考えて
いたからです。しかし、石原知事の行動が次第にエスカレートし
遂に日本政府が国有化を宣言したとき、当時の胡錦涛国家主席は
これは何とかして止めないとまずいことになると考えたのです。
彼としては、今日本にことを起こして欲しくはなかったのです。
胡錦涛国家主席といえば、江沢民政権のときと比べると、愛国
教育は反日的色彩が薄く、中国国民の団結を目指すものになって
おり、胡錦涛氏自身が影響力を有する「中国青年報」の報道も他
のメディアに比べて反日報道が少ないのです。つまり日本にとっ
ては優しい中国の国家主席であったといえます。
「9月6日にAPEC首脳会合がある。そこで野田と会って話
をつける」──このように胡錦涛氏は考えたのです。しかし、日
本としては、この時期に胡錦涛氏とは会いたくない。なぜなら、
先方は必ず尖閣諸島の問題を出しているからです。したがって、
日本側としては日中首脳会談の申し入れはしなかったのです。と
ころが意外なことが起こったのです。日本のノンフィクション作
家・石川好氏の次の発言を読んでいただきたいと思います。
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ところが突然、中国側が、胡錦涛と公式会談ができなくても、
15分でも20分でも立ち話でいいから、と言ってきた。「立
ち話」という言い方が時々あるわけです。日本の外務省は驚い
たんです。胡錦涛が会いたい、立ち話でもいいということは、
どういうことだ、国家元首でしょう。国家元首が「お願いしま
す」ということは、お願いしたことは実行してもらうときにし
か言わない。(中略)向こう側が会いたいといっても、こちら
はその意思がないことがわかっている以上、会うのはおかしい
んだけれども元首から会いたいという申し込みがあって、ノー
とは言えない。それで会ったんですよ。胡錦涛さんは案の定、
「これは困ります」と言う。野田さんは「それは配慮します」
と言うと思つたら、彼は用意した紙を読みあげたわけですね。
胡錦涛は、話が違うじゃないか、俺がここでこう言ったのに、
そういう答えが出るはずないではないか、となった。そこから
大騒ぎになるんです。 ──孫崎亨編
『検証・尖閣問題』/岩波書店
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つまり、野田首相は胡錦涛氏の面子を完全に潰してしまったわ
けです。胡錦涛氏は、日本が尖閣諸島を国有化するといっている
のを即撤回させるのは無理としても、何とか少しでもいいから、
決断を延期させたかったわけです。胡錦涛氏としては時間を稼ぎ
たかったのです。そのため中国側から「立ち話」を要求したので
す。こんなことは珍しいことなのです。
日本側としては、会う予定がなかったのに立ち話でもいいから
会いたいといってきたのです。その時点で野田首相は気がつくべ
きだったのです。これはきわめて異常なことである、と。そして
素直に胡錦涛氏の話を聞いてみて、その真意を確かめてみようと
考えるべきだったのです。一国の首相である以上、そういうハラ
があってよいはずです。
ところが、野田首相はそんなことはまったく考えなかったよう
です。それまで外交ルートを通じて国有化の狙いを中国側に伝え
てきているが、胡錦涛氏に会う以上、間違えると困るので、野田
首相はわざわざメモを用意したのです。そして胡錦涛氏が「あれ
は困る」といってきたので、予定通りメモを読み上げたのです。
これは「あなたの話は聞かないよ」といっているのと同じであり
無礼な話です。これでは、メモを見ながら、胡錦涛国家主席と会
談した菅元首相とまるで同じではないですか。
実際に胡錦涛氏は、野田首相に何を話したのでしょうか。確認
しておきましょう。
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ここのところ、中日関係は釣魚島問題で厳しい局面を迎えてい
る。釣魚島問題に関して、中国の立場は一貫しており明確だ。
日本がいかなる方法で釣魚島と買おうと、それは不法であり、
(購入しても)無効である。中国は(日本が)島を購入するこ
とに断固反対する。中国政府の領土主権を守る立場は絶対に揺
るがない。日本は事態の重大さを十分に認識し、まちがった決
定を絶対にしないようにしなければならない。中国と同じよう
に日中関係の発展を守るという大局に立たねばならない。
──「日経ビジネスオンライン」
http://business.nikkeibp.co.jp/article/report/20120918/236932/
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胡錦涛氏の意図は明確だったのです。中国側から「立ち話」会
談を日本に要請し、野田首相に直接伝えれば、「日本が少しは事
態の重大性に気づくだろう」という期待感がわずかながら胡錦涛
氏にはあったからです。そして「中国と同じように日中関係の発
展を守るという大局に立つ」ことを守るために、今回のことは自
制して欲しいと訴えているのです。言葉のウラには「野田首相な
ら抑制的な判断をするだろう」と期待したのです。抑制的判断と
は「尖閣諸島問題棚上げ」を意味しているのです。
しかし、野田首相は胡錦涛氏の期待を裏切ったのです。野田首
相は、そういう胡錦涛氏の言葉を当然そのようにいってくるもの
と聞き流し、自分のメモを読み上げたのです。野田首相は胡錦涛
氏のメッセージを上の空で聞き流し、無視したうえ、翌日の9月
10日には何事もなかったように「尖閣国有化」の閣議決定を宣
言し、11日には閣議決定をしているのです。
この野田首相の決断に対して胡錦涛氏は「戦う」ことを宣言し
たのです。「日本だけは絶対許さない」。それ以後のことはすべ
ての日本人が知っているはずです。野田首相は、人の心が読めな
い未熟な宰相でした。彼は「決められる政治」という言葉に酔っ
ているところのある政治家です。彼はきっと今でも自分の考えは
間違っていないと思っているでしょう。─ [日本の領土/64]
≪画像および関連情報≫
●発火点は野田総理と胡錦涛の「立ち話」/遠藤誉氏
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中国が国連に持って行った領土問題に関して、中国が引くこ
とは、もうない。日本に見切りをつけて勝負に出た中国の決
意は固い。「土地の国有化」ということが、「土地はすべて
国家のものである」中国にとって、どれだけ大きな意味を持
つか。その国際理解のなさがもたらしたツケは大きい。筆者
自身はもちろん、尖閣諸島を国有化することによって日本政
府が安定的に管理する方がいいと野田首相が判断したことは
分かっている。それが中国で何を意味するのかを理解するだ
けの読みの深さがなかったことを指しているのである。尖閣
諸島国有化に抗議する声明を出した中国の政府機関の中に、
もちろん国家海洋局も入っている。農業部管轄下にある「漁
政局」も例外ではない。海洋局と漁政局がタイアップしなが
ら、尖閣諸島の周りに押しかけてくるのは時間の問題だ。そ
の数、一千艘とも一万艘とも言われている。休漁期間を終え
た漁船が「漁船団」として尖閣諸島を囲んだときに、何も起
きないという保証はない。 ──「日経ビジネスオンライン」
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胡錦涛前国家主席と野田前首相


