報道が流れたのです。日ロ首脳会談は、今年の9月8日にロシア
のウラジオストクで野田首相はプーチン大統領と会談し、12月
にロシアを訪問したいとの意向を表明したところ、プーチン氏は
「歓迎する」と応じたもので、これを延期するというのは、ロシ
ア側が野田政権を見限ったことを意味します。
おそらくロシアは日本国内の政治状況を調べたものと思われま
す。野田首相が野党から解散を迫られ、総選挙になれば政権に復
帰するのはほとんど困難と考えられる状況の首相と大事な会談を
して約束しても、ロシアとしては意味がないと考えても不思議は
ないのです。
野田首相としては、日ロ交渉で何らかの成果を上げて、政権浮
揚につなげたいと考えており、少しでも成果が出れば、その勢い
で解散に打って出るつもりだったのでしょう。しかし、首脳会談
延期ということになると、野田政権はさらに追い込まれるのは確
実な情勢です。
ロシア問題に詳しい袴田茂樹・新潟県立大学教授のレポートに
よると、プーチン大統領の本意は、「領土問題を棚上げして経済
交流を活発化させる」というものであり、北方領土に関しては次
のように述べているに過ぎないのです。
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外交当局間で議論させる用意がある
―――――――――――――――――――――――――――――
つまり、ロシア側にとって領土問題は日本と交渉するさいの通
過儀礼なのであって、本気で議論する気など、さらさらないので
す。プーチン氏は日本の経済協力を得るためにポーズとして北方
領土問題の話し合いに「ハジメ」の合図を出したに過ぎない──
袴田教授はこのように述べているのです。
さらに袴田教授は、東郷和彦氏のプーチン大統領の発言のとら
え方について、鳩山由紀夫氏ではないが、「宇宙人」のような現
実感覚を欠いていると厳しく批判しています。東郷氏の発言とは
次のとおりです。
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(プーチン氏は)領土問題を解決し、経済関係を発展させ、日
ロ関係を大きく動かしたいとの明確なシグナルをだした。もし
これからの1年ほどの間に、日本側がこのシグナルを見落とし
領土問題を解決することができないなら、わが国は千載一遇の
機会を失することになる ──東郷和彦氏
『アジア時報』毎日新聞社/2012年6月号より
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どうも日本人は、領土問題に関しては当該国の首脳の発言に一
喜一憂し、彼らから少しでも前向きな発言が出ると、どうしても
それに過度の期待を抱いてしまうものです。しかし、東郷和彦氏
は、長期の日ロ交渉に携わった経験から、プーチン発言に一縷の
可能性を見ており、交渉の好機ととらえたのであって、過度の期
待などは抱いていないと私は思います。この点については、後で
述べることにします。
しかし、袴田教授は、日本との領土問題に関するロシア人の考
え方は、非常に厳しいものがあることを強調しています。袴田教
授は、最近ロシア下院の国際問題委員長に就任したアレクセイ・
プシコフ氏と会い、意見交換したさいに、日本との領土問題につ
いて次のやりとりをしたことを明らかにしています。
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プシコフ:(領土問題の解決は)永遠に不可能とは言わない
が、中国的な時間の物差しで考える必要がある。
袴田教授:1000年を1年とみるということか。
プシコフ:そうだ。
──「日経ビジネスオンライン」掲載の袴田茂樹氏の論文
http://business.nikkeibp.co.jp/article/opinion/20120424/231349/?P=2
―――――――――――――――――――――――――――――
なぜ、ロシアは日本との領土交渉に意欲を示さないのか──こ
の理由について、袴田教授は、最近日本で翻訳書が出版されたモ
スクワ・カーネギーセンター長のドミトリー・トレーニン氏の次
の意見を紹介しています。
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ロシア側は今この問題で動くことに利益を感じていない。日本
はいま脅威ではなく、将来も脅威とならないからだ。
──ドミトリー・トレーニン著、『ロシア新戦略』/作品社刊
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つまり、ロシアにとって日本は脅威ではないのです。したがっ
てプーチン大統領としては、領土問題を一時棚上げにして、経済
交流を活発化し、国と国の関係が、お互いに信頼し合える状態に
なったら、島の返還もありうることを示唆しています。もちろん
その中には北方四島の共同開発事業というものも含まれてくると
思われます。
確かに領土問題が存在する国同士の関係は、けっして「信頼し
合える状態」にはならないものです。したがって、しばらく領土
のことは差しおいて、やれることから手をつけようではないかと
いうのがプーチン大統領の考え方です。
現在、日本にとって最大の脅威は中国です。そして最大の懸念
は、中国とロシアが手を組むことです。もっと具体的にいうと、
中ロ同盟によるユーラシア大陸の席巻です。もともと中ロは、最
近のシリア情勢を見ても、連携がみられます。したがって、日本
の戦略としては、その中国とロシアの間にクサビを打ち込んでお
くことが必要になります。そのために、日本が領土問題を逆手に
とってロシアと組むことも考えられるのです。
ロシアにとっては、日本との経済交流は十分メリットがあるの
です。だからこそ、四島を完全に実効支配していても、交渉に応
じようとしているのです。よほどのことがない限り、「領土問題
は存在しない」とはいわないのです。それはロシアにとってそれ
だけのメリットがあるからです。 ── [日本の領土/29]
≪画像および関連情報≫
●「12月の日ロ首脳会談延期/NHKニュース」
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野田総理大臣は、北方領土問題の解決に向けて、来月、ロシ
アを訪問し、プーチン大統領と会談したいとしていましたが
ロシア側から、日程の調整がつかないなどとして、会談の延
期を打診され、政府は、12月の訪問を見送る方針を固めま
した。野田総理大臣は、ことし9月にロシアのウラジオスト
クで行ったプーチン大統領との会談で、北方領土問題の解決
に向け、来月をめどにロシアを訪問し、改めて首脳会談を行
うことで一致しました。これを受けて政府は、ロシア側と外
相会談や次官級の協議を行うなどして、首脳会談の日程や議
題などの調整を進めてきました。しかし、政府関係者により
ますと、ロシア側から「ほかの外交日程が立て込んでおり、
日程の調整がつかない」などとして、来月の会談の延期を打
診されたということで、政府は、対応を検討した結果、野田
総理大臣の来月のロシア訪問を見送る方針を固めました。ロ
シア側は、プーチン大統領が多忙で、健康状態が必ずしも万
全ではないなどと伝えてきているということですが、政府内
では、ロシア側が衆議院の解散を巡る日本の政局の行方を見
極めようとしているのではないかという見方も出ています。
──NHKニュース・ウェブ
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野田首相訪ロ見送り


